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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

童貞こじらせbarに行ってきたよ…はぁ~


もう一週間も前のことですが、id:showgotchさんという人から誘われて、童貞こじらせBarという場所に行ってきました。

 

でも、実際に登壇してたのは

女性たちはSEX and the LIVE!!|卜沢彩子|noteのメンバーで、

男性たちは広域指定★暗黒通信団のメンバー。

 

ここに来るきっかけになったしょーごさんには、以前秋葉原でやったオフ会をやった時におしゃれな店を手配を手伝ってもらったり、未だにデートや暇つぶしのスポットとして活用している「アーツ千代田3331」を教えてもらったり…とにかく、秋葉原をオシャレに使う達人なので、一度会ってみたいと思ってて行った。

 

…が、行った先で展開された議論は、オシャレとは正反対!!
「本当に2017年かよ!?」と言いたくなるほど、非モテこじらせていて、最近のネットではぐちゃぐちゃになりつつある議論のマナーが未だ忠実に守られてた場所。

そして、今ではブロガーとして古参と言われるようになってきた僕でさえ、伝聞でしか聞いたことのない非モテ論壇が、そっくりそのまま生き残っている不思議空間。

 

不思議空間だったからこそ、直接それを話してもピンとこない人も多そうなことが平気で行われていた。

そこで、今回は「非モテとはどういう人か」という説明を中心にしながら、どんな人達がそこにいて、どういう人が非モテとして同じような考えを持つのかを語ってみたい。

童貞は結果、非モテは状態

例えばだが…私は童貞ではない。
しかし、非モテではある。

 

非モテとは、女の子と関係を持ったとか持ってないとかで判断されることではない。
だから、こっちがどう思っていようが、出会いや女の子との縁次第ではモテる人も出てくる。

 

あくまでも結果論でしかないので、童貞であること自体はじつはそんなに問題ではない。

 

「非モテ」であることの方が実はずっと重要な問題かもしれない。

 

なにしろ、「モテることにあらず(非モテ)」なのだ。

「モテず(不モテ)」でもないし、
「未だモテず(未モテ)」でもないし、
「モテが・モテを絶える(絶モテ)」でもない。

そこを理解してないと、取り違えることになる。

 

ここまでの話を聞いて、

めんどくさいこと考えず、女の子楽しませて、いい気分にして、連れ込んでヤればいい!

とか、理屈っぽさがもっと女性の性質が向いた状態で

「女ってのは、言い訳を作ってあげて、秘密を共有した上で、既成事実を作ったら、口では色々行っても関係を容認する方に思考が働いていく。
だから、トライ・アンド・エラーで、どんどんアタックしていけばいい。
告白されて嬉しくない女なんかそんなにいないし、いいムードになっても既成事実が作れないならそれは特別身持ちが硬かったと思って諦めたらいい」

とか、考えられる人は非モテではないから、あんまり心配しなくていい。

 

そういう人は、恋愛工学を読むか、LOVE理論でも読んで、素直に鵜呑みにして実践したら「モテず」の状況から脱却できるので、やってみたらいいんじゃないかな??
フラれてもフラれてもトライ・アンド・エラーして、うまくいくまでやり続けたらいいんじゃない??

少なくとも、「非モテ」議論にはお呼びじゃないよ。

 

問題の「非モテ」…つまり、「モテることにあらず」の人達は、ノウハウがあるとか試行錯誤すればいいとか、そういう問題じゃない。

 

もちろん、モテる過程で行われることがわかんないからモテないわけでもない。

ただ、行為や関係性に対して汚らわしいと思ってたり、フラれた時、女の子と揉めた時のことが真っ先に行く人達であり、恋愛で相手が自分の思い通りになったことそれ自体を素直に喜べない人たち。

 

一見、女性たちからは「非モテの方がいっそ誠実なのでは?」と思うほど、フラれたり、不愉快にさせることに対して敏感で繊細な人達…それが非モテだ。
そのため、このイベントでも女性たちは、童貞こじらせオフに集まるような男性の紳士的な態度や慎重で意思を尊重しようとする態度を評価してる。

 

だが、同性として非モテを批評させてもらうと、非モテは意思を尊重しているように見えて、実は「意思を尊重せざるを得ない」だけだ。

非モテとは女性恐怖症や、自己肯定感の低さから来る

こういう人たちは恋愛のノウハウ以前の問題として、

・親や子ども時代のトラウマから女性を腫れ物扱いして慎重になりすぎる。
・自意識や美意識の観点から、ベキ論にこだわりすぎて「自分がいいと思うやり方」を押し付ける形でしか女性との関係を形成できない。
・恋愛への自己肯定感が低いため、アタックする前に心が折れたり、そもそも心はすでに折れてるから、恋愛しても自分の実力ではなく、相手のやさしさだと言い聞かせる。

 

非モテとは、モテることで救われないから、「モテることにあらず」なのだ。

 

子どもの時のトラウマにせよ、
女性を過度に怖がるか、過度に信仰しすぎるか、
恋愛のあり方からして納得してないからそれ自体を変えたいか、
自分の現状が間違っていると背徳感や申し訳無さに押しつぶされそうになるか…。

 

とにかく、モテてもモテたことで女性に対して過剰に考えすぎてしまって、モテるとかえってしんどくなってしまうような人…そういう人達だから、モテることはあっても、モテたから幸せになれるってわけでもない。

 

考えても考えても、それはトラウマの問題であり、好みの問題だから、一般的なところに解決策がない泥沼にはまってる人たち…それが非モテ論壇である。

 

ベキ論としては彼らの言ってることは正しい。
ところが、人間の関係ってどこからが友達でどこからが恋人かなんて曖昧なもので、許可だとか法規制だとか言ってるのは、すごく「人間を別の生き物として捉えている人たち」にしか見えない。

…そういう場所だったからこそ、こんなわけの分からない議論が盛り上がってた。

 

非モテと女性たちの間で「許可の理論」が大流行

「女の子と手をつなぐ許可」
「女の子を口説く許可」
「女の子とヤる許可」

をキチッと取り付けるべき…とした理論が、そのオフ会では横行した。

 

それは、「女の子に強引に意思表示するのは犯罪だ」という被害者経験や壮絶な恋愛経験をお持ちな女性達と、「女の子に愚痴られたり、キレられたり、フラれたりするリスクが怖い」という非モテのまさかの大道連立。
それが、この会場では行われていた。

 

大道連立なんて斜に構えた言い方をしているが、僕だってそれなりにベキ論や、モヤッとした気持ちを今のジェンダー観に対してあり、

「女の人が男を訴えれば捕まえられるのに、男が女を訴えて捕まえる方法がない。
それは男女平等どころか、女性有利な社会だから、恋愛なんて非常にリスキーな行為。そもそも、社会的に男を殺せる女性達は男の3倍論理的で頭の良い生き物じゃないと与えられている権利を運用することなんかできないから、教育した方がいい!
だから、世の中は間違ってる。ましてやフェミニストなんてものは2016年の今言ってるやつは、もう無条件にバカにしていい!

言論の自由とかそういう問題以前にバカ過ぎてお話にならないから、再教育すべきだ!

と。相当過激な事を言ってる自覚があるから、僕だって非モテだなぁ~と思うし、女性に対するトラウマが強い自覚もあるし、トラウマがあるからこそ(正当な犯罪は取り締まられるべきだが、)女性に不当に訴えられた男達のことを思うと、他人とは思えなくて怖い怖い…。

 

でも、その僕でさえ「許可の理論」には、流石に違和感を感じた。

えー…いいムードで抱き合きつこうとしたら、どっちかからセックス同意書とかボディータッチ同意書みたいなものが出て来る世界って、それディストピア以外のなんだ!?
男でも女でも愛情表現しようとしたら、その都度どっちかから同意書がでてくるか、あるいは教育や資格で決められた通りに、異性とコミュニケーションしないといけない世界ってなんだ??

想像した途端に、途方もない地獄絵図が浮かび、【ちょっと待ってちょっと待っておにーさん!!!】という気持ちで議論に割り込みまくってた。
どれだけ伝わってたかは知らないけどさ…。

 

ベキ論としてはわかるよ?
合意とは本来、需要の供給の一致ではない。
ましてや「軽い女だと思われたくないから、男から誘ってほしい」と、「女の子を強引に連れ出して口説いてあげないと男じゃない」とひどい需要と供給で成り立ってる世界は、あんまり正しくないし、被害者を出すと思うよ??

 

でも、ベキ論の根源が、個人的なトラウマや自己肯定感の低さ、恋愛への違和感であることを認めた上で、そんなものを持ち合わせている人ばかりではないってことを認めないまま「法律で決めろ」「資格検定を作れ」「教育のためのワークショップを開催している」とか言われることに恐ろしさを感じた。

 

教育やベキ論を論理的に考えられる頭の良さやスペックの高さは認める。
でも、「モテにあらず」な人が集まると、こんなに世の中を歪んでみてしまうのは、ある種のブラックユーモアにさえ見えた。

 

 

本来は老舗理数サークルだから、頭いい集団ではあるはずなんだよなぁ…。
でも、ハイスペックをモテ・恋愛・人生に使うと多くの人は最初の一歩を踏み外すよなぁ~

 

 

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