読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

「クズかどうかを決めるのは自分」だと言われて、「クズです」というのをやめようと思った話


いい話で、なおかつ電流が走るほどカルチャーショックだったから書いておきたい。

 

僕がブログを教えた人の一人から
「就活で、マーケティングをしてる企業の人事担当者と話す際に三沢さんとブログレッスンで、マンツーマンで話したことが役に立った。レッスンしてくれた三沢さんにマジ感謝!」

お礼を言われた。

 

僕は、社交辞令と謙遜を込めて
「クズな私でもお役に立てて何よりです」
と言った。

 

すると、

クズかどうか決めるのは三沢さん自身ですよ

と言われた。

 

…たった一言だったのですが、電流が走るほど衝撃的だったから記事にすることにした。

まず、「クズです」と認める方が傷つかないから、クズだと言ってた。

自分から「クズ」とか「何もできない」と言ってしまったほうが、

「だよねぇ~クズだよねぇ~」

とクズな友達からフォローされるし、まともな人からは

「そんなことないですよ~三沢さんすごいじゃないですか~」

と、強引とは言えど相手に自分を褒めさせることもできるから、自分で自分のクズだと言ってる。

 

僕は素直かもしれないけど、謙虚ではない。
だから、謙遜してクズだと言ってるわけじゃなくて、ホンマにクズだと思ってる。
だからこそ、自分の不甲斐なさを共有できる友達を得て安心するか、めったに言ってもらえないすごいところを言ってもらって安心したいだけ。

 

でも、「クズかどうかを決めるのはあなた自身ですよ」といわれたら、…僕のセコい依存欲求を見透かされたような気がして、ドキッとした。

 

客観的で社会的にはクズだもん!でも、みんなバカだから俺をクズ扱いしてるとも思ってるから

自分がクズを名乗るもう一つの理由はインターネットから、母親から先生から…受験や就活から、ダメだと言われ続けたから。

 

…客観的で公平で、平等にチャンスがあると言われているものからことごとく見捨てられ続けてきたから「僕ってクズなんだなぁ」と言われているうちに思うようになったから。

 

素直な僕だから自分がダメという位置を一度は取る。
だが、客観的で社会的で平等で公平な基準とやらに虐げられたこと…生きていく権利さえ否定されかけていることには、流石に素直に受け入れたら死んじゃうから、全力で抵抗している。

 

東に「このクズ!!」と罵る人がいれば、

「クズじゃなかったらこんなことしてない」って言い返すし、

 

南で「僕は正しいんだ、よく考えたんだ、優秀なんだ」とか言ってるやつがいたら
「クズな俺を倒してから言えや、ドアホ」と、笑いながらやりこめて、

 

北でバカなことを言うやつを見かけたら

「クズな俺でも見破れるバカなことが世の中が蔓延する・何かしらの肩書をぶら下げてるなんて、社会って、客観性って間違ってますよね」と開き直って笑い者にして…

 

見返すため、潰すための努力は常にしてますよ?
まともな世界にしかないものに憧れることだってありますよ?

 

でも、クズって烙印を客観的で社会的で権威ある基準に押され、それを鵜呑みにした採用担当者と母親と先生から「そういう扱い」を受けてきたんだ。

だったら、「クズです。クズに負けたら、あなたはゴミクズになるから負けないように頑張ってね。」と言ってから戦うようにしている…。

攻撃されたらクズであることを盾にする。

 

…でも、そういう態度が、
「いつでもクズを理由に逃げ腰になってて、与えられた責任を果たす気がないこと」
「クズ扱いしたやつを見返したいようでいて、実は自分がクズじゃないことを証明できない状況に未だとらわれていること」

の裏返しになっている部分もあるのよねぇ…。
そんな相反する態度で、負けず嫌いだとか、戦ってるとか言っても、それは戦ってるんじゃなくて、ただ当たり散らしているだけなんだよねぇ…。

 

「クズかどうかを決めるのはあなた自身ですよ」と言われた時に、クズじゃない自分の位置を作るのも、逃げ道を断ち切ってプレッシャーと向き合うのも自分自身だと言われたような気がした。

言霊に自分を束縛させるな!

最近、地元の先輩であるガッキーさんと会うたびに俺に言ってることをガッキーさんが万人向けに、ブログを起こしてくれた。

真心は人の胸を打つ。
下心は見透かされる。

だから、真心を持って本音でぶつかれば、必ず道が開ける。
どんなに不器用でも、その時は伝わらなくても、必ず届く。

だから、否定を恐れるな。
否定することを躊躇するな。

否定できるのは、相手を信じることができるからだ。
そしてもし、相手に伝わらなかったとしても君は悪くない。

次の言葉を躊躇するな。
我武者羅に生きている言葉は、言霊だ。

 

本音で生きる。本気で生きる。処世術を知って、自分らしさを捨てるのもう辞めない? - ゲシュタルトの祈り

 

付き合いが長くなってきたせいか、最近ガッキーさんの態度が、キチッと大人扱いしてくれるようになって、細かいことを注意されるようになった。

 

ただ、この人の面白いところは、僕が上の空でフワフワしている時には、細かく注意してくるところ。
であると同時に、この人は僕が本気で悩んでいること・一度真剣に考えたからこそ出た言葉には頭ごなしに細かい注意はしない
むしろ、芯の部分をキチッと褒めた上で、小手先に走ろうとしたり、深く考えてない所をきっちり削ぎ落として「ブレるな!」と背中を押してくれる。

 

…関係ない話のようで、実は関係がある。
いや、むしろガッキーさんにも僕は客観的にみるとあんまり優れてなくてそのことで自信が持てないことは散々言ってる。

 

言葉としてグサッと来たのは

「クズだと思ってるのはあなた自身ですよ」

なのだが、これはガッキーさんの言い方にすると

「ブレるな!」

であり、

「我武者羅に生きている言葉は、言霊だ」

なのだろう…。

 

自分のことをクズだと謙遜しているうちはそれって我武者羅な態度ではないんだよ。
だから、見透かされて「クズだと思ってるのはあなた自身ですよ」と言われた。

…同時に、僕が自分で「心の底から思ってないけど、どうやらそうらしい」程度に思ってて、内側では「客観性ごときに認められていい気になってるバカなんて、俺がぼこぼこにしてやるし、正直そのぐらいの力はあるわ!!」と気合を乗っけて動いてきたからこそ、その部分のプライドとか意識を見て「ブレるな!」という言葉になったんだと思う。

 

…内面的な努力や闘争心やプライドは今までも本気だったよ??
でも、態度とか、比較されることとかに対して、自分ってモノを出しきれない所があったから、まだまだ本気になりきれない部分があるから、肝心な時にフワッとしたり、逃げ腰に卑下したりしちゃうんだろうなぁ…。
「人として軸がぶれている」ってつもりはないけど、まだまだそう見えてしまう…。

 

「宇宙で俺は俺だけだしな」なんて歌ってた人が、同じ曲のなかで「錆びた方位磁石など使えねぇ」と歌ってる。

 

客観性とか社会…それを口実に牙を向いてきた人達なんてものは錆びた方位磁石であって、今現在の方角じゃないのかもなぁ…。

◆関連記事:普段の僕の活動

【求む】ブログ教えるからメシおごって!! 

 就活に役に立てるかどうかはその人次第ですが、マンツーマンでブログの悩み相談に乗るサービスを腰を据えてやっているのはうちぐらいです。話の種には確実になると思います。

ご当地アイドル:宮内桃子さんと共演して、焼き肉して「大人の世界」を見てきた話 

 ガッキーさん絡みの記事であり、最近の僕の変化のきっかけになっている記事。状況が変化している時期だけに、それに見合ったメンタルを付けていきたい。