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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

『おまえをオタクにしてやるから、俺をリア充にしてくれ!』を読んだよ!

読書日記

「最近のラノベ」を読んでみようと思って、いかにもラノベっぽいタイトルの本を読んでみました。

 

おまえをオタクにしてやるから、俺をリア充にしてくれ!<おまえをオタクにしてやるから、俺をリア充にしてくれ!> (富士見ファンタジア文庫)  

 

でも、アマゾンで好評なことからも分かる通り、そこそこには面白い。
しかも、予想外なぐらいにラノベっぽくなかった。いや、もうちょっと言うとライトノベルにしたことで損をしてて、ラノベじゃなかったらもっと面白かったんじゃないのかな?という気持ちにさえなりました。


簡単なあらすじ

タイトルの通りすぎて説明することがほとんどないです。

強いて言うならオタクであるかどうかも疑わしい「ネット脳な男子高校生」が、リア充だスイーツだとネット脳の被害者意識を押し付けられてやり玉に上げられてる「かなり、性格のいい女の子」とお互いがお互いの好きな人を射止めるために、共同戦線を張る話

そこ、とらドラ!やろ?」は禁止!俺も思って読み始めて、とらドラよりもラノベ感が薄くてびっくりしたんだから!

 

 

全てはこの本の帯を書いた人物が物語ってる。

…何を隠そう、この本の帯を書いたのははてな村の歴史家であり、マンガ家の「小島アジコ」さんだ!

 

僕は中古で買ったから、アジコさんがどんな推薦をしたかは知らない。(あとがきで小島アジコさんが帯を書いたこととそのお礼があったから知っただけ)

でも、小島アジコさんの作品を知ってる人なら
801ちゃんがやったことを10年代風、青春小説風にやったんですね(;´∀`)」

と思うような作品であり、小島アジコさんの名前が出てくると『そうそう、そんな感じ』としっくり来るような作品です。(作者本人も、801ちゃんの読者だと言ってるし…)

そして、同じく『10年代風801ちゃん』だと僕が考えているブログが2つある。
それが「じゃじゃ嫁日記」であり、「はなこのブログ」だ。

 

 


「売れっ子作家と、フィクション性のないブロガーを一緒にするな」

という小島アジコファンの女性ファンからの殺意の眼差しを感じますが…よく考えてくださいよ?

小島アジコさんの作風はとてもブログ的で、ネット民が考えそうなことで、オタクが好きそうな種類の女の子にオタクエキスをぶちまけてリアクションをもらうような作品ばっかりじゃないですか!

 

悪く言ってるようにしか聞こえないけど、僕も女の子にそういうことするのが大好きです。

オタクエキスかけられた女の子が、やおい汁かけ返してくるにしても、常識的にムスッとまともなことを言うにしてもそれってくっそかわいいじゃないですか!!生き物として滾るじゃないですか!!


…ごめんなさい、僕の偏った趣味の話はいいんです。大事なのは、小島アジコさんの作風の話ですよ!

 

彼の偉大な…そして、00年代っぽい所は、彼はマンガを描く時にはブログ的な意見を抽象化(フィクションっぽく)させて、現実の話じゃないかのように現実そのものを語るところだ。

この手法が彼のブログと、作品を別物にし、それぞれの魅力で楽しめるようにしてる。

仮にブログと同じことを言うにしても、それを女の子に言わせたら、怪物に言わせたら、設定や背景で表現したらどうなるかをきっちり考えられるところがアジコさんのすごい所だろう。

 

この手法を実在する夫婦や、親子の話にするとブログの話になるが、暗い世界と女の子、怪物と真人間という関係性にすると小島アジコ劇場になる!

話を件のライトノベルに戻そう。

僕は「おまえをオタクにしてやるから、俺をリア充にしてくれ」をライトノベルだと感じない!

なぜなら、記号的なキャラ(ツンデレヤンデレなどのキャラクターがおおよそ固定された人)が出てこないことや、フィクションっぽい設定や仮想性が出てこないなど「ラノベと呼ばれるものが本来なら取り入れていること」が入ってないからだ。


同時に、「はなこのブログ」や「ジャジャ嫁日記」…商業どころで言うと西原理恵子さんが一言でバッサリと読者の悩みを斬るようなお悩み相談系の芸当を女子高生と男子高校生というファーマットでやったのがこの作品だ。

 

ラノベっぽくこそないものの題材選びからして、ネットの人が好きそうな作品ではあるのだ…。面白くないわけがない!

作者がちゃんと女子高生を勉強するために文化祭に潜りこんだり、雑誌を買ったりして女の子が言いそうなことを想定した上で書いているのだから、なおさらいいものができること、間違いないのだ。

 

なんで、ライトノベルにしちゃったんだろう?ラノベ要素が全部裏目に出てるのに…

面白いには面白いのだが、ジャンルを「ラノベ」と定めてしまったことが作品を制約してしまった不幸な作品でもあると感じている


ここまでフィクション性が低いんだったら、ブログでやるか、フィクション性が低いなら低いなりに青春小説として売りだしてくれるガガガ文庫電撃文庫の中でも実用的なラノベとして売りだした方がもっと、本としての完成度があがったんじゃないかな…と思わずにいられなかった。

この作品のライトノベル要素が全般的に鬱陶しいというか、空回りしていると言うか、安直さの言い訳になっていて、緻密に作りこまれている部分をぶっ潰しているというか…そう見えて仕方ない。

まず、主人公のネット脳ぶり。

作中では「オタク」と言ってるが、オタクとしてなにが好きなのかが曖昧。ただ、ネットに書いてありそうな偏見やルサンチマンや、妄想を一通り持った上でオタクっぽいことをしゃべっているだけでオタクだと自分のことを言い張ってる不思議なキャラ。

 

この手のキャラクターなり、実際にネット脳な人はもっと「自分なりに調べた・考えた・経験や仮説があるからこそ、強く断言するから痛々しい」という部分があるのだが…それが弱かったから序盤と終盤でキャラが変わってて困惑した。

 

決めつける割に根拠が乏しかったり、勇ましくネット脳みたいなことばかり思ったり言ったりしている割には、簡単に揺らいだり、頭よく振る舞おうとする変なプライドの高さ(強がるところ)もなくて、「こんなネット脳いるのか?ここまで魅力がないのか…」という気持ちになった。

 

いや、魅力がないなら魅力がないキャラ、ひねくれているならひねくれてるキャラ、ブサイクなら…という風に挿絵を入れてくれていたら、別にいいんです。

 

イラストのイメージが全然一致してない。
これは、イラストレーターの画力の問題でもあるし、ライトノベルに向かない「記号的に解釈しにくいキャラを設定した作者の責任」でもあるし、何よりも編集者の責任だと思うんだけど…とにかく、イラストと作品がミスマッチしてた。

 

「え?作中でクラスでトップ3に入るほどダサいと言われている主人公にはダサさが感じられず、ヒロイン言うほどビッチに見える特徴がほとんどない(主人公がどこをどうビッチと誤解しながらビッチ呼ばわりしてたのかが全くわからない)。

だから、最初の数ページのカラーイラストと本編は一致してないし、何よりもヒロイン二人の描き分けが弱くてどこがどう魅力的かが伝わらない…。」

とツッコミどころ満載だった。


よく言われる「ラノベは絵」がプラスに働いているのが「僕は友達が少ない」や「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」だとすると、この作品は「ラノベは絵」がマイナスに働いた貴重な例だと思った。

あとはオタクとかオシャレの基準が高校生というよりは大学生の話に偏ってるし、オタクとしての生態もやっぱり高校生っぽくないのも、裏を取るべく人に聞いている時に「あれ?」と疑問に感じた。(※実際ラノベにしては珍しく、大学生になってからの話に9巻以降は突入する。)

(主人公のブサイクを抑え気味で)イラストを付ける、終盤の展開でティーンに共感できるような安直さを取り入れる、作中での恋愛理論が実践されにくい高校生以内の設定にするといったライトノベルというフォーマットに押し込めるためにとりあえず、やったこと」が作品をつまらなくしてるように見えてならない。

ヒロインの設定がかわいかったり、ノベルで言ってる指摘がまともだったりする分

「これ、ブログか、4コマか、ショートショートでやればもうちょっとやりようがあったよね」

と感じる作品で、読んでいて別の意味で頭を抱えた。

何度も言うように、面白くないわけじゃないから僕もAmazonでレビューするなら☆3つはつける。でも、この3つは「ラノベにもブログにもなれない中途半端な作品」って意味での3だなぁ…。

 

作者には才能はあると思うから、もっとちゃんとアイデアとかキモさとかをぶち込んだ作品を書いてくれたらまた読んでみたいですが…これの2巻まで読みたくないかな…。

 

 おまえをオタクにしてやるから、俺をリア充にしてくれ!<おまえをオタクにしてやるから、俺をリア充にしてくれ!> (富士見ファンタジア文庫)

 でもこれ、ブロガーさんが日常系小説書こうと思ったら、かなり(ブログでやってることを小説に押し込めるためには何をすればいいか)参考になるから、小説やりたい人でブログならできる人にはオススメかも…そこそこ面白いし。

 

メルマガやってるよ〜

お先に、青二才します。