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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

結婚とか子育てとか彼氏彼女とかすらどうでもよくて「デート」がしたい!

恋愛・男女 躁うつ病・発達障害

こんにちは。

女性が結婚に求める「普通の男性」「まっとうな殿方」の定義からもあぶれるほどには、抑うつがひどくて1年のうちの1ヶ月は寝込んでて就労どころじゃない躁うつ病患者「三沢文也」でございます。

ちなみに、寝こむほどのうつは年1ヶ月ほどに抑えられるようになりましたが、年間の半年ぐらいはなんとか動いてる程度の抑うつ状態なので、少しがんばると頭痛・めまい・体が重くて動けなくなる・睡眠障害・体内時計の大幅なズレ…などの禁断症状がしょっちゅう起こります。

 

特に、人混みはめまいや頭痛の発生を早めます。

コミケをカップルで歩いてるにわかオタクのカップル」に憧れてた時期もありましたが、コミケどころか今年のデザフェス一人で小一時間歩いたら死にそうになりました。

デザフェスが小一時間なので、ディズニーランドは3時間ぐらいで滅入ることが予想されます。

 

恋人の聖地から3時間で帰ろうなんていう彼氏は女の子から見たら自分を欲求不満にさせるダメ人間そのものでしょう…この罪は体で払いたい所ですが、うけとってもらえるんでしょうか?

 

子育てなんか論外でございます。

フードコートで僕は子どもの鳴き声を聞いただけで精神滅入るし、最近はマクドナルドの店内BGMで妖怪ウォッチの曲が流れても「重力で抑えこまれるような疲れ」を覚えます。

 

はい、地球の…特にマクドナルドの重力に囚われてます。

これは妖怪のせいなんでしょうか?…それとも、天狗の仕業でしょうか?

 

…というわけで、僕はもう「彼女」とか「結婚」とか「子育て」とかは諦めた。そのほうが世のため・相手のため・僕のためでしょう。何よりも、子どものためです。

それも遺伝で発達障害を患う可能性が高い子どもなんか生まれても苦労するだけです。サヴァン症候群やギフテッドなんて呼ばれるクラスの「天才という障害」を与えてあげられるならまだしも、僕みたいな中途半端な発達障害をもらっても、子どもと奥さんには大変な思いをさせるだけです。

 

だから、子どもなんか作りたくないです。子どもや妻に不義理になるよりも、孫がほしいとうるさい母親に不義理になる方がずっとマシです。

 

ただ、それでも社会的な欲求が捨てられても好奇心や性欲が捨てられるわけではないんです。

でももヘチマもないよ、デートだけはしたい。

ほとんど世捨て人みたいな生活を送ってるからこそ言えることがある。

それは「人に会う機会が極端に減ると人はいくらでもだらしなくなれる」ということ。

 

人と会うことは「演じる」ことであり、「背伸びする」こと。

人は背伸びして、よく見せようとして、ない頭を使って、相手を見て、そして何よりも一喜一憂して…その繰り返しで自信と経験と知識を得る。

もしそれを忘れてしまうと、とことんダメに生きられる。あらゆる結果や自信と引き換えに、めんどくささから開放されてダメに生きる。

 

ネットの時代であろうが、それは変わらない。

実際に会ったことのある人の方が仕事も遊びの誘いもネット上の付き合いも濃ゆくなるから「人と会う」時に、それが男だろうが女だろうが、どこかで「背伸び」して良い自分を見てもらおうとする。

 

女性であった方がより気合を入れて背伸びするが、男にだってきちっと面白くしようという程度には背伸びはする。

 

少なくとも、僕はその程度には素直だ。

いや、その程度に紳士でいることで、多少のナルシズムぐらいは噛み締めていたい。

 

「いるべき場所、いるべき時間に、そこにいるようにしな。

着るべき服、言うべき言葉、整えるべき髪形、身につけるべき指輪と一緒に。

女らしさは運と同じさ。

運の使い方を知ってる女が、一番の女らしい女なんだ。

そういう女に限って運は右に回るのさ」

(2巻/p285/ベル・ウィング)

マルドゥック・スクランブルの名言集: ライトノベル名言図書館

 

デートはね…運を右に回すんだよ。

女性とのデートはより一層、背伸びをさせてくれる。いや、自分の全力にもう一歩プラスしてくれることだってある。

 

より身なりに気を使わなければならず、

よりシビアに相手を見てるかを問われ、

そもそも思いつかないような知らない場所を教えてくれて、

いつもと違うテンポ、匂い、見え方を感じさせてくれて…

始まる前も終わった後も緊張と余韻を刻み込んでくれる。

 

これの感覚はオフ会で人に会ったり、公私問わず男同士で会ってもこの感覚はない。

 

一度、あらゆるものから距離を置いたからこそわかる。

女性本人への期待やどうこうしたいという押し付けではなく、ただただ「最高の1日にしよう」「良いデートにしよう」と純粋に思ってる時はだいたい関係がうまくいく。

それができてる時の僕は「背伸び」してたけど、いつの間にかそれが当たり前にできるようになっていく。

 

テクニックなんかに走る前に、それができてるかをきっちり見直す…サボってたり、できてないなら相手のことをきちっと見る・聞く・どうすれば面白くなるか考える。

…僕はこの「手探り感」が好きで好きでたまらない。

 

後も先も当然恋愛ですらなく、ただ一期一会、踏み込んでも「1日という秘密を共有する友達」として楽しみたい…それを突き詰めた方がきっと面白いことができる。

いらない下心や義務感・コンプレックス・未来や他人への恐れ/自意識過剰を捨て去って、その空間がどうしたら面白くなるかだけをちゃんと考える。考えたうえで若干の背伸びをする時間を楽しむ。

 

もちろん、僕のこの姿勢や気合が空回りすることもある。

だけど、女性と会うことは僕の中にある「背伸びしなきゃ」という気持ちを取り戻してくれる。人に会ってよく見てると「自分とは全然違う面白さを持ってる人がいる」ことを思い出させてくれる。

 

口にしたらありふれてるけど、それを肌感覚で理解しないと人間なんて簡単に枯れ果てていく。同じ時間、同じもの、わずかな違いの中でしか生きられない頭の固い生き物になっていく。

 

意識が高いの、見栄っ張りだの言われるかもしれないけど、そんなことじゃない。

見栄を張る機会もなくなってしまったらそれこそ人間はおしまいだよ!

 

背伸びしよう、一喜一憂しよう、知らないことやしどろもどろなことを思いっきり相手に笑って貰おう。

 

そのことだけは続けていきたいねぇ…。

老いたり枯れたりしても、「自分と会う一日が楽しい」と言われる男でありたい。

 

女性の前で背伸びした経験や自信は後々、運を右に回す。

本人に好かれて次があればそれに越したことはないが、その時に必死に考えてたことはだいたい当人以外にも、その場以外にも活かされる場所がどっかで用意されてる。

女性に対して見返りや期待を押し付けなくたって…むしろそんなこと考えず自分の好奇心とナルシズム(見栄)に従っていい意味での背伸びした方が誰からも好かれる。

 

それでいいんじゃない?

いや、「それがいい」んだよね。

 

 じょしらく(6) (週刊少年マガジンコミックス)

個人的に、理想のデートはアニメ版じょしらくみたいな「知ってるような知らないような駅」を色っぽい話も特にせずにふらふら喋りながら歩くというタイプのデート。

 

 デートだからといってお台場や山下公園に行くような男じゃないよ…。*1

 

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彼女はお前の装飾品じゃないし、彼氏はお前の財布じゃない。

 

P.S

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*1:前にも書いたけど、僕はそんなに恋愛経験多くないから、僕が山下公園とかお台場とか行ったら、女の人の方がよく知ってるパターンがすごい多いと思うのよ…。有り体に中華食ったら「あーこいつもそうか」みたいに見られるだろうから、その事自体に凹む。ベタベタなデートに既視感を覚えられるような男ではないことが、僕がイケメンじゃない分のせめてもの背伸びであり、努力なんだけど…根本的にツボが違う人とデートしてもお互いのためにならないからいいや。