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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

【寄稿】あなたの作品快楽を底上げする方法

寄稿

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アニメ、ゲーム、ラノベといった作品の快楽をもっと上げたいという方にピッタリな内容になっているはずなので、この記事を参考にしてトライしてくれれば幸いです。

またコメントで「他にもこういう方法もあるぜ」というツッコミ待ってます。

それではどうぞ。

①作中の要素を調べて、学ぶ

 

作中に出てきた諸要素を調べて学び、「知識」と「実感」でもって物語快楽を底上げしていきます。

例えば『純潔のマリア』だったら「百年戦争」「魔女」「政治」「天使」といった要素の現代に至るまでの成り立ちから時代背景を調べてみたり、私たちの世界とマリアの世界の差異を比較し、さらには作中で出てきた「実在する作品」も手にとってみるのもよいでしょう。

『純潔のマリア』だったら聖書、『リトルバスターズ』だったら『匣の中の失楽』、『グラスリップ』なら『『転落・追放と王国』』であり、『Forest』なら『ジュマンジ』、『エウレカセブン』なら『金枝篇』、『SCE_2』なら『SCE』といった具合に――関連作品も含めた――知識によって物語快楽を内外から上げていけるはずです。

 

匣の中の失楽 (講談社ノベルス)

匣の中の失楽 (講談社ノベルス)

 

 

ここから派生して作品から得た知識を実際に試してみたり、あるいは何かしらの資格を取得してみるのもいいでしょう。

例えば、『とらドラ!』ならば高須竜児流タケノコご飯を作ってみて味を確かめたり、『ギャングスタ・アルカディア』で実装された論戦<バトル>をやってみて如何に人を納得させるのが難しいかを実感し、『Forest』を読んで物語を創る魔女と語る賢者の役割を2人にふりわけ実際に即興で物語を創りだしてみたり、『グリザイアの迷宮』をプレイして大型二輪の免許を取得し北海道まで"日下部麻子流"の旅をしてみるのも面白いに違いありません。

 

 

「まぁ、とにかく本を読め、そして気になったことは試せ、それが生きた知識となって、オマエを生かす糧になる…」

「本ってのは著者の生き様そのものだ、他人の人生が詰まってる」

「そして気になったことを試せば、他人の人生を自分の中に取り入れることになる、まさに人生丸儲けってやつだ」

「オマエは馬鹿にするかも知れないが、本が読めるってことは素晴らしいことなんだぞ? もっと人生を楽しめよ…読書ってのは、人生の糧だ…」


――日下部麻子.グリザイアの迷宮(原作)



ただし、覚えておきたいのは「○○を学んで理解できるのは○○だけ」ということでしょう。

金枝篇を学んだからといって分かるのは金枝篇だけでエウレカセブンが分かるわけではないし、SCEをプレイしてもSCE_2が理解できるわけではないです。

バイクで北海道に言ったからといってグリザイアが理解できるようにならないのと同じように。

分かるのは調べ・学んだ部分だけであり、作品を構成するその一部分を理解できるだけです。とはいえ、その学びは楽しいものですよね。

 

 

 

②視点を切替、追加していく

 

作品を読む際、「視点」の使い方を知っていると作品の視え方が変わってきます。

ある視点では分からなかった事が別方向から捉える事で面白みを増したり、モノクロから色鮮やかな景色へと切り替えることだって可能です。

視点を切り替え、追加することは作品快楽を積極的に促しますが、ただし万能ではないことを覚えておいてください。

まずは視点切り替えについて語っていきますね。これは「意識」するだけなので簡単なはずです。

 

 

a)あらゆる人物に視点を合わせていく

 

主人公に限らずヒロイン、敵、脇役といった作中に登場するあらゆる人物に視点を合わせていきます。

例えば『うみねこのなく頃に(原作)』だったら、ベアト、縁寿、ヱリカはもちろんのこと熊沢、ドラノール・A・ノックス、フェザリーヌに視点を置いてうみねこ世界を覗いてみるのも楽しいです。

右代宮戦人はゲーム盤を守り愛していますが、フェザリーヌの視点で覗けばあんなのは愉悦を引き出すためだけの暇潰しに過ぎません。またそんなふうに今までに様々な物語を殺し続けてきた彼女から見える世界は「たった一度きりの人生が、一度きりではなくなった人生」の表れでしょう。

そんな人生を歩んでいる彼女が見ているであろう景色に触れると――圧倒的な虚無がそこにはあるようで――呑み込まれそうになります。

 


ゲーム『明日の君と逢うために』だったら、ヒロイン・若宮明日香の視点で見てみると、記憶が欠落した世界はあんなにも空虚で泣きたくなるほど "なんにもないのだ" とわかってしまう。頼るべき縁も、依るべき接点もないからこそ、足元ががたがたとぐらついてしまう。だからこそこの作品では、過去ではなく「明日」を手に入れる為に何が必要か自ずと見えてきたりするよね。

うまうま♪

 

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大図書館の羊飼い(原作)』に登場するあるヒロイン視点ならば "あ~はいはい、わかってましたわかってましたよ~わたしの人生に価値が無いってことくらい" って呟きながら自殺してしまう辛さが滲んできてしまう。自分がいるべき世界はここじゃないと知りながらも、ここで生きなければいけない不条理を受け続けてきたその苦痛を。肌で感じてしまう。

そんな苦悩を心にかかえているからこそ、筧(主人公)の差し出す手の平のあたたかさが染みるわけで。



アニメ『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』では、ヘスティア視点でこの世界を眺めてみると、ベルくんがめちゃめちゃ可愛いことに気づいてしまう。彼のひたむきな冒険への姿勢、強さを求めてダンジョンで頑張っている所、そのやさしい性格、気遣い、思い遣りにキュンキュンしてしまって思わずぎゅーっと抱きしめたくなってしまうのは間違いないのである。ヘスティアが毎度毎度ベルくんに抱きつきアタックをしているのも頷いちゃうよね

 


web小説『無職転生』ならばヒロイン・エリスにピントを合わせてみると、主人公・ルディに彼女が寄せる想いを一身に感じることができてすごく幸せです。あんな高純度の感情を持っているだけでくらくらと恍惚としてしまうし、好き好き!!となってるエリスフィルターがかかったルディはこう視えるのねなんて事も発見できると思います。

 

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――こんなふうに主人公以外に視点を切り替えて、その人物の見ている景色を捉えようとしてみるのは楽しいのでオススメです。

一作品につき読者の視点は一点に限定される」という固定観念を持っている人ほど、視点切替やってみると物語快楽がより上がりでしょうか。それに作中につき視点が1つという考え方はただの思いこみだと思いますので、この機会に取っ払ってみるのも良いかもしれません。

あらゆる登場人物にピントを合わせるのって要は想像力と感受さえあればできちゃうので、個人的にはこれってそんな難しくない事だと思います。

とはいえ、もしも難度が高いという方は、"主人公"という概念が希薄な『冬は幻の鏡』や『Forest』をプレイしてみたり、登場人物の視点が交錯することが多いオーガスト作品で視点切替の訓練をしてみるとよいかもしれません。

 

【参考リンク】

 

 

b)作中キーワード

 

先の視点の切り替えが「人物」ならば、今度は「キーワード」に焦点を合わせる方法です。

例えばゲーム『いろとりどりのセカイ』ならば、作中に登場する「祈り」「約束」「願い」「恋」のキーワードのうちどれをメインとして"視る"かで受け取る物語が大きく変わってきますし、別ベクトルの「偽善」「自己満足」に焦点を合わせるならば本作品の持つ美しさが粉々になるので爽快です。

主人公・鹿野上悠馬が引き起こす悲劇も、二階堂真紅が訴える恋も、視点を入れ替えるだけで千変万化に――まさにいろとりどりに――移ろいゆきます。これによりある人は悠馬が憎いと言うでしょうし、またある人は悠馬を許せると言うでしょう。

「キーワード」でもって作品を視ていくことで、今までになかった"いろとりどりのセカイ"を目にすることが出来るはず、いやあ物語って豊穣だね!

ちなみにこの方法は、プレイ中でも可能ですが、プレイ後、作品を振り返ったときに一番やりやすい視点切替だと思います。

 

 

それとこのキーワードで視点を変える方法は、「人物切替」よりいくらか意識的に取り組まないと難しいかもしれません。

まずこれの何が難しいというと、「自分が既に知っている視点を使う」のではなく「作中に散らばるキーワードを使う」からです。

つまりハーレム類型、青い鳥症候群、ヒーロー文脈、ゴールテープ問題―――そういった過去に他者or自身が錬鉄した既存フレームを使うのではなく、あくまで作中で「言及」されたもののみを使用します。

こうすることで、作品とは全然関係無い文脈で解釈するのを止められますしその個々作品に応じて独自の視点が生成されていく。既存フレームでは「よくわかんねー」と投げた作品でも、作中に散見する言葉で見ていくと「あれ?!」と思うことがあり今までの作品への印象が反転することさえあります。


なので、すこし慣れが必要かもしれません。

 

 

c)視点をインストールする

 

前述したのがキーワード切替が「作品にアジャストする視点切替」ならば、今回は「誰かの視点を意識的に取り組む視点切替」です。

やり方は簡単で、他人の感想記事を読んだり批評集を漁ればいいだけです。他人の感想はすなわち「新しい視点」の宝庫なので、その中で気に入ったものを覚えて実践していくことで自分の中にインストール可能です。

もちろん実践が難しい視点もありますけど、でも基本的に知識依存のものばかりなの「言葉を読んで」「理解」できるならば何度か使っているうちに使いこなせるものだと思います。

手前味噌だと、《物語そのもの》もまた役立ちそうな視点の1つかもしれません。

《物語そのもの》とは「文字や絵で構成された表現物を読んだ時に読者の中で生まれる観念とし、外部(現実にいる私達)へと繋がりを保たれつつも独立している一つの"世界"だ」、とする私的な造語です。



・参照



ここから意味を拡張していくと、作品はそれぞれ確固たる1つの世界であるならば原作とアニメ化を比較するのは無意味ですし、また物語類型という考え方も価値が薄くなっていきます。

何故ならば、物語類型とは物語同士に共通項を見出し分類化する試みです。しかし《物語そのもの》の視点を挿入すると、例えある別々の物語同士に似た要素があるとしても、まずは「そのひとつの物語をひとつの世界を見做す」ことからはじまります。

なので、物語を分類する行為よりは、まず先にその物語の内実に目を向けていくことを優先することになるでしょう。その意味で分類化する価値が薄くなっていくということです。

分かりやすく言うと、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』と『僕は友達が少ない』は「友達類型」に分類されるかもしれませんが、「いやいやそもそも"似ても似つかない"2つの世界を比較する必要があるの?」と問いかけるようなものだと思ってくれればいいです。

この視点は、あらゆる作品は社会が産み出した"商品"として視るのではなく、"別の世界"として捉える方法です。

なので、物語に接したときこの視点を持っているならば、作家論で作品を語ることもありませんし、逆に作家は作品を生み出す装置でしかなく、そこに「答え」を求めても無意味だと思うようになります。



・参照



1つの物語世界は私たちの世界といくらかの繋がりがあるとはいえ、「物語世界同士」は繋がっているとは見做していません。

しかしもしも――大きく断絶しあっている――物語世界同士が繋がっていると見るならばどんな考え方ができるでしょう? それは「自立した世界同士が繋がっている」という見方であり、「願いの同一性」という視点になります。

例えばアニメ『Charlotte』では『Angel Beats!』に由来する人物がよく登場します。高城は高松にそっくりですし、Charlotte4話に出る福山は日向への面影があります。しかしもちろん彼らは同一人物ではありませんし、CharlotteとABの世界観による関連は全くありません。

ただこのときに『Angel Beats!』で野球に苦い思い出がある日向の「甲子園への願い」を、Charlotteの福山へと繋がっているのだとしたら――そう私たちが思えるのならば――胸の内があたたかくなるでしょう。

願いの同一性とは、こんなふうに関係しあっていない物語同士に「願い」の関係性を結びつける視点だと言えます。



・参照

 

 

といままで語ってきたのが「他者視点」です。私が見ている作品風景ですね。

ここで言っている《物語そのもの》、「作者は装置」、「願いの同一性」は別に難しい概念でもなんでもないので、気に入っていただければ今日からでも使えるかなと思います。

 

 

 

③誰かと、ガッツリ作品対談する

 


作品は視聴して終わり。

でもいいと思うんですが、たまーに視聴後に心がもやもやして「誰かと話さなきゃ!いや話したい!」と思う作品に出会うときがあります。

そんな時は、親しい人と時間をかけてガッツリガッツリお話してみると濃厚な体験を得られるはずです。

曖昧だった自分の気持ちを言語化することも快感ですし、相手の当該作品をどう見たかを知ることが出来ますし、かつお互いに作中の謎に迫るような対談が出来た時は脳のギアがガチンガチン上がりあっという間に時間が過ぎていく楽しさを味わえるのでオススメです。

その分、やり終わったときはもうヘトヘトになってる事も多いですが……(笑



こんな感じにです↓

 

 

お相手してくれる方と、自分の作品の接し方の相性もあり、もしかしたら毎回楽しい対談になるとは限りませんがやってみる価値はあると思いますよ。

ちなみに私は今まで4回対談させて頂いたんですがどれも楽しかったので、「作品対談は楽しいもの」という認識が出来上がっていたりします。

 

あと上述した対談は「1対1」がメインですが、複数人で話し合う「読書会」形式もあるので、目的と人数にあわせて開催してみるのもよいかもしれません。

ちなみに自分は今まで読書会をやったことがなくて、つい最近ですと(それでも2014年)に行われたbulldraさん主催の『「風の歌を聴け」読書会』が初でした。計7人での文字・音声コミュニケーションが入りじ交じったもので、これもまた新鮮だったなと。

 


・参照

 

 

対談経験値が低いですが、最初は「1対1」でやってみて対談の流れを体験したから、「複数人」での対談をしたほうが戸惑いが少なくなるのでよいかなーと思います。

対談の面白さって言葉でいってもうまく伝わないので、一度実践してみてほしいですね。

それと一番重要なのは、対談してくれる方を見つけることかもしれません。

 

 

 

おわり

 

作品快楽を底上げする3つの方法を語ってきましたが、されどうだったでしょうか。みなさんの参考になれば幸いです。

 

 

今までのまとめ

 

  1. 作中に出てきた諸要素を調べて学び、「知識」と「実感」でもって物語快楽を底上げする

  2. あらゆる「人物」「キーワード」に視点を切替ることで、単一な作品印象から多面的な作品印象を掴みとっていくことが出来る。さらには他者の視点をインストールすること、その幅をより広げられる

  3. ガッツリ対談することは楽しい

 

 

この記事の筆者:bern