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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

たいていの創作物は足し算よりも引き算の方が難しい

ゲーム

久々に「こんなつまんねーゲーム、久々にやったぞ!」というゲームに3日もかけてしまった。

 

ただ、技術力なら今までやったフリーゲームの中で上から数えた方が早いぐらいによくできていた。

なんと「キャラの初期能力以外はすべての要素をカスタマイズできる」というかつてない自由度の高さを誇るゲームだ!

 

名前や容姿はもちろん、しゃべり方も「幼なじみ」「丁寧語」「中二病」など好きなように変えられる。

技はアイテムを使えばいくらでも変えられるし、持ってる武器も然り。

 

…でも、つまんなかった。

 

自由度が高くなればなるほど、キャラクターに愛着が湧かなくなり、ゲーム上のキャラが無機物的で記号的に感じられた。

愛着のないキャラクターを操作する時間は敵にやられようが、合成などを理由に素材として投げ込もうが何の関心もわかなかず、ただ苦痛だった。

 

しかも、これだけキャラを無機物に取り出したり、いじることができるにもかかわらず「冒険中に死んだ仲間の仇討ちを手伝うことで世界を守る話」だから、ストーリーとゲームの仕様が矛盾した違和感でゲームに対して前のめりに楽しめない。

 

…技術的に言っても、作品の概要もすごく面白い作品だ。

・片道勇者のような(かなり似てる)アクションRPG

テリーのワンダーランド方式でいくつもの世界を自在に旅ができ、また冒険にでかけた先で仲間を増やせる

・幾つかのフリーゲームで見かけるようなキャラクリエイト要素

 

…つまらないわけない「みんなが大好き」が詰め込まれたゲームなんだけど…つまんないんだよなぁ…。

たいていのことはおおむね正しく、だいたい面白い

特に元ネタがある作品は「面白い作品を参考にして、その面白いと感じた部分をきっちりと描きたい」と思って創作するのだから、もうすでに「面白くなるべき方向」へ向かってるはずだ。

 

だが、モチーフに対する感動がチープな人、感動する部分を積み上げるだけでそれをまとめられない人は技術的に優れてても駄作になる。

理由は単純で「何に対して一番感動しているか、面白くて創作をやってるか」を人に伝えられていないからだ。

 

様々なゲームの面白そうなところを詰め込んだゲームの話をしたが、創作物は全般的にそうじゃないかな。

 

創作に限らず、文章や話術は「正しいことを言ってるかどうか」も大事だが、それよりも「正しい順番、文字数で言えているかどうか」のほうが大事ではなかろうか…。

言ってることは間違ってないと思うけど…

関係なさそうに見える話だが、最近になって1年〜2年前に書いたブログをいくつか直してみた。

直して気づいたのは「言いたいことは今の僕から見てもそこまで変わらないが、もっと短い言葉でスパッと言うべきだったのでは?」ということ。

 

僕が下手な時、うまくいかない時の文は「言いたいことを最短距離で言い表そうとする語順」「必要最小限の情報」でないことが多い。

頭の中で浮かんできたものを順番や例え話を頭に浮かぶまま書き連ねるため言い分こそ正しくとも、テンポよく読みすすめることができない。

 

頭から浮かんできたものをよく整理しないまま書くから言い回しが遠回りしてる。並べただけだから、文字にするといらない修飾語や語順のおかしい部分がある。

 

僕はブログを良くも悪くも話し言葉のようにブログを書いていたため、いらない例え話や語順のおかしい部分を残したまま文章に残ってしまうことが多い。

 

パソコンやタブレットなど目が疲れない・スクロールもしないじっくり読む、僕自身のことをよく知る人がぼくの話し方や身振りを想像しながら読むならば、この書き方でも良かった。

実際、説明口調の話し言葉をブログにしてる人はなかなかいなかったこともあって、かえって好評であることもあった。

 

ところがだ!

これをスマートフォンで、それもグーグル検索から来た人が読むと話し言葉のように頭に浮かんできた言葉や説明に必死になって思いつくまま例え話を積み重ねていく書き方はとてもうっとうしい。

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また、目の前にいる人に説明するのと完全に自分のことを知らない他人、それもブログを書いてから何ヶ月も経った後に当時の自分の書いたものを見る人にはとてもその時々の例え話や話題性を配慮したジョークはわかってもらえない。

 

作る方が人からの評価や数字などにこだわらないなら別に内輪に伝わる、その時に読んだ人だからわかる書き方でも良い。

 

だが、フリーゲームもブログもその時々のネタとしてではなく、ずっとオンラインには残り続け、評価され続けるから、一時のブーム以上の評価をえ続けたいなら、自分の好きなものや気になるものばかりで作ってはいけない。

 

作品に触れる人がどんな人で、その人が触れるため、伝わるためにはどうしたら良いかを考えて「つまり、こうだ」とシンプルに伝わる部分を用意しておいてあげないと多くの人から評価を得続けるのは難しい。

 

好きなものや目の前にある自分が気になっているものを積み重ねていくのは確かに大事なことだ。それさえない人は自分の力で文章や話、創作を積み上げていくことはできない。

 

ただ、ある程度自分で話やネタを積み上げられるようになったら人に伝わりやすいようにその中でも一番好きなもの、自分の言いたいこと、自分がわざわざ人様に見せるものを作ってでも伝えたい感情を選べるようになったほうがいい。

 

選んだ上で、伝わりやすい順番・見栄えのいい形なるよう並び替えたり、いらないものを削ぎ落としたりとシンプルに見えるための「引き算」が必要になる。

 

世の中にはどんなモノであれ「みんな大好き」を詰め合わせたであろう作品は多い。

ところが「みんな大好き」を詰め合わせたものでもみんなに好きになってもらえたものは意外と少ない。

むしろ「みんな大好き」を詰め合わせたことが不信感となり、「作者が本当は何が好きか、何がしたいかがわからない」「私が好きなものの成分が足りない。全部ちょっとづつ出てくるだけでこだわりを感じない」となることだってある。

 

そうならないためにも引き算は大事。思ったことやしたいことを全部形にしてしまうと本当に好きなものに目を向けてもらえないかもしれない。

 

本当に好きなもの、言いたいことに目を向けてもらうためにいらない部分を引いてしまう潔さが作る以上、作ったもので評判になりたい・自分のことを知らない人にも作品を手にとってほしい・ブームや時事ネタで終わらないモノを出したい人には必要だろう。

 

 

 だんえた3

 話題に出してたゲームはこれではないんだけど、ローグライク系でした。

ローグライク系というジャンル自体は好きだし、作業っぽくゲーム自体をこなし続けていく作品も幾つかやって、嫌いではないとは思うんです…。 

 

ただ、キャラに愛着があったり、ストーリーを攻略するという楽しさあってこそ楽しめてる自分にとってはゲームの仕様ばかりを突き詰め、ストーリーがおまけ程度の(ストーリーを成立させるための不自由さがない)作品は辛いんですよね…。

 

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