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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

マネーの「虎」なんか始めからおらんかったんや!

オピニオン

身も蓋もないことだけど、「マネーの虎」と呼べるほどの強者なんぞ最初からいなかったのではないか?そんなことをこの記事を読んでいて思った。

 

 マネーの虎に出てた6人の社長がその後に転落した理由を推察してみた マネーの虎に出てた6人の社長がその後に転落した理由を推察してみた

マネーの虎に出演していた中でも倒産や経営縮小などで転落した6人について推察された記事である。

この記事自体はよくできていて、検索エンジンは「マネーの虎  その後」と検索したらこれを一番最初に出すべき良記事だと思う! 

 

…同時に、人が調べたいこと・知りたいことよりももう少し踏み込んだ「自分の意見」を書きたくなった。

 

それは「マネーの虎」なんか始めからいなくて、虎なんて呼ばれてた人とそうでない人の差なんかちっぽけなものだということだ。

マネーの虎」は人々に大きな誤解を与えてるから嫌いだ

いや、この言い方は正確じゃないな。「愛の貧乏脱出大作戦」や「ガチンコ」まで含めた「テレビ番組がお金を出して、ダメ人間を成り上がらせようと温情を差し伸べているんです」系番組全般が大きな誤解をばらまいていて嫌いだ。

 

理由は単純に3つ。

・やる気があるやつはこんなところに来ない

マネーの虎で指摘されてることだが、「出来すぎた計画を持ち込むと宣伝ではないかと言われ、未完の計画を持ち込むと詰めが甘いと叱責されることに問題がある」と根本的なジレンマが番組の企画自体にあって、実際に出資者側の虎も「自分でやったらいい」と言ってしまうからね…。ちなみに、ガチンコの場合はやる気のない素振り全部がやらせで、らーめん道はキッチン、ファイトバトルはジムを舞台にしたコント。しかも、製作者はアレが本気でオモシロイと思ってるから今々映像を見直すとレトロ感すら感じる。

実際にできあがったモノが軟弱

マネーの虎愛の貧乏脱出大作戦も出資者が手を入れたけど、すぐに潰れてしまった案件は多い。それどころか、マネーの虎では虎が、貧乏救出大作戦では救出のために技を教えたお店が破産してることも…。

・全国区の放送では出資した方の強さを過剰に強調した構成になる

→しかもタレントまでチンピラや店主に説教したり、失礼なことを平然とするのが「面白い番組作り」と言い張るのだから、あの時代の番組作りは何かが狂ってた。

しかも、マネーの虎について言えば群を抜いて経営者が高飛車にモノを言うから不愉快極まりない番組で、世の中に誤解を撒き散らかす番組だったと思う。経営者なんて状態に過ぎないもので、10年先どころか1年先にその会社・今の社員が続いてるかも疑わしいのに…。

 

話題になったCMを打った会社/テレビに出た経営者の会社が倒産する事などざらだ。にも関わらず、一時のことで目の前に札束を積んで人を失礼な態度で怒鳴り散らすのだから滑稽以外の何物でもない。

 

もちろん、後出しジャンケンでそう言ってるのではない。

「人の成功や失敗なんて【状態】だから、成功者の言葉を過剰にありがたがったり、自分の失敗からダメな奴だと思い込むのはやめなさい!」

と言いたいのだ。

 

マネーの虎に出ている人に限らず、経営者や成功者が書いた自己啓発本や成功してる誰かを分析したビジネス書は当てにならない。自己啓発本書いても、成功体験をつづった本を書いても潰れてる人は潰れてるし…正しくないわけじゃないが、当てにしちゃいけない。

 

もちろん、やる気を出すための理由づくりや自分が何かを考える/決断する時には役に立つ。だが、それで成功するわけでもなく、書いてあることがいつも正しい訳でもない。

 

成功してる人・成功して富を得た人を番組ではマネーの「虎」と称したが、虎なんか本当はいないんだよ!

成功も失敗もする人間で、成功した体験や成功してるという重圧に耐えられないちっぽけな人間がやっているんだから、真剣に彼らを分析する必要もないし、彼らのような人に罵られても凹むことはない…。

 

努力と運と才能でできた理不尽な世界ですから…

お金や商売なんか無情なものだ。

ゲームや学校のテストみたいに「知っていればできる」「訓練を積めばできる」というものでもない。

 

学校では「努力が報われる」と教わるが、時代を先取りするほど素晴らしい物を作っても資本の力で潰れたり、タイミングを外して負けてしまったりすることはビジネスの世界ではざらにある。

 

もちろん、参加する・参加できるための努力を続けないとチャンスを奪い合うこともできないので、努力は必要だ。でも、自分以外の別の要因に踏み潰されて努力が意味を持たないことなんてざらにある。

 

それを運や才能としか言いようのないほどの手を閃いて乗り切る人もいるけど、そんなことができない大半の人の努力は簡単に崩壊するし、置いて行かれる。

 

マネーの虎が倒産したことを理由に「何がマネーの虎だ」「あいつのここが行けなかった」と罵る人・説教気味な口調で分析する人を見かけるけど…それは「虎」だと思ってしまったから頭にくるだけのこと。

 

経営者に限らず、自分のいる分野で「虎」と呼べるほどの人物だって同じこと。それは状態でしかなく、相手の才能が枯れ果てることもあるし、自分が勝負を積み重ねていくうちに「虎」と対峙できるようになるかもしれない…。

でも、「虎」だと思い込んでしまった瞬間に自分の価値を低く見積もって、相手の価値を高く見積もって努力しなくなってしまう。

 

まして、マネーの虎のように虎が虎のなりそこないを叩いてるような番組なんか見ると委縮する…。

才能や運があるかを確かめるために参加する努力をやめてしまう。理不尽な世界だが、理不尽に人を蹴落とす側に回る可能性を自分でぶん投げてしまう

 

虎なんか始めからいやしない…いたとしてもテレビか、自分の頭の中にしか存在しない「張り子の虎」でしかないのに…。

 

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