読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

「青二才」が唯一無二のカテゴリになるまでの話


古参にも、外から来たブロガーにもはいらず、僕だけ「青二才」カテゴリとしてカテゴライズされてしまった。
http://nectaris.hatenablog.com/entry/2015/02/09/034418

思考とか人生を椎名林檎聞いてこじらせ始めた僕としては「林檎さんみたいなカテゴライズできそうでできない位置づけで、それでもちゃんと数字は持ってる人になりたい」と言う目標があった僕としてはこれ以上ない名誉だよ!

いや、他に影響受けるほどドハマりした大泉洋さんやマツコ・デラックスさん辺りも「カテゴライズできねーよな?あれ」という人なので、どうもそういう星の生き物みたいです。(彼らの1割の実力もないんですけどねw)

 

しかも、この唯一無二のカテゴリが僕の魔理沙アイコンとセットで人に知られてるというのが感慨深い!魔理沙好きとしてはとても嬉しい限りだ。

f:id:TM2501:20150210053340j:plain

 

今回はなんで僕がこんなカテゴライズになったかという話をアレコレ書いてくよ。

変わってて当たり前なんですよね…

僕は生え抜きのはてな系みたいに言われたけど、はてな系の中では珍しく(俺の知りうる限り唯一)mixiからの移住者だ。

はてなは2ch出身の人が多い印象だけど、僕はmixiが廃墟になる手前からはてなに徐々に進出し始めて、廃墟になったところで本格的に移住した難民みたいな位置づけだよw

今でこそ、「はてな的な人といえば」と言う時に僕の名前が出てくるようになったけど、もともとははてなから一番縁遠い所にいた人だよw
おまけに、肉体労働系ブラック企業や現場系のアルバイトが中心の職歴だから、ウェブ業界人とははてな始めるまで全く会ったことがなかったよ!

 

ここ3年ぐらいで自分の人生を別方向にリセットしなおしてるんだよねwブームする前の「パンピーのできそこない」から「ネット上の生き物」にね。

 

生い立ちももかなり変わっていて、高校卒業までに6回自宅が変わってる転勤族だからね。しかも1回は在学中に家庭の事情で転校してる。

ゆえに、昔の友達と連絡取ってない(学生時代はこまめに取ってたんだけど、だんだんと取らなくなっていき、mixiが衰退し始めるとそもそも僕がログインしてもいなくなってるから何もない)という状態だったからパンピーのように生きていくのも無理なわけさw

精神的なバランスが取れないんだ…目の前の人と一生懸命仲良くしようと思えず、それをやるとなんか仲良くなった友達のことを忘れてしまいそうで自分なりに抵抗してしまう。

 

青春時代を送った人間だから、「10年来の付き合い」の友達は中学の時にちょっぴりできた程度で、その友達もお互い忙しくなると…ねw

 

僕の位置づけは「ぼっちのニート」なんだが、「ぼっちのニート」というほどコミュ障で悲壮感漂ってるかというと、そんなこともないからねw

オフ会から交流が続いてる人ができるのも「友達を作る能力なくてぼっちやってる人ではないから」であって、状況や経験から「人間関係に執着できなくなってしまったから友達を作るのはやぶさかではないけど、別にそこにこだわれない」からぼっちな人なんだよね…これが人から見たらえらく冷たく映るらしいけど。

 

何が言いたいかというと、僕のしてきた体験も経歴もかなり特殊なもので、僕が変わってるのはある意味で当たり前とも言える。他の人に見えないことが見えてる代わり、大多数が当たり前だと思ってることは全く見えない人だから。

 

話が膨らみすぎてわからないから僕の変わってる部分を書いていくとこうだ。

  • 大学生ぐらいまではmixiを友達から紹介されてそれで満足してたパンピーギークの巣窟であるはてなに入ってきた。
  • しかも、先天的な発達障害持ちで実はギークやオタク界隈にいる方が実力を発揮するタイプの人間だったので、どっぷりと。
  • 知識量やテクニックならもっと上の人がいるけど、生い立ち、適正と違う教育や労働を続けたことから現状の境遇や知識量が同じであっても、それらに全然違う切り口や戦い方をする人に。
  • DQNの極地からガチガチのニュータウンまで住んで、色んな人と会いまくって…それでもなお基準がめちゃくちゃな母親に手を焼き、母からも学校の中でも、僕への評価が常にアンバランスであり続けた結果…案の定、病んでたらしい。ブラック企業での過労で病んだことになってるけど、もう双極性自体は大学時代からあったみたい。

 

幸か不幸かはわからないけど、変わってて当たり前なんだよね…。別に才能でも突然変異の奇人変人でもなく、境遇ゆえにそうなっただけ。まともに育つだけなら母親を殴り倒して親戚の家で育ったほうが真人間になれたかもしれないけど、それは過去の話。

 

で、ただでさえ発達障害持ちと言う特殊枠なのに、生い立ちまで特殊になった結果、「こんな規格外の人間がどうやって生きていくのか」と途方に暮れてるのが現状なわけです。

 

才能ではないんです。中学以降は全部札幌にいたのに変人としてできあがった大泉洋さんみたいな「才能」ではない、成り行き上そうなったことに対して僕の人生である。

 

 

それでも、僕が生きていかないといけない…それでいて、ただ敗戦処理のように生きながらえては僕は理不尽に振り回されただけで「僕ってなんのために生まれたんだ」という無念や惨めさが晴れないまま終わってしまうだろう…実際、今知りうる限りの真実からそんな気分に追いやられてる。

 

僕にとってのブログと言うのは僕が本来行くべきだった正史に戻したいと言う願望であり、僕が生い立ちに感謝して生きれるような形で生きていきたいという祈りであり、振り回されっぱなしで不愉快だという神様(運命であり、生まれであり、才能のない自分であり、何も知らない時に気づけなかった過去であり、僕を批判し続けた母親であり…今となっては覆すことのできない絶対となってしまった「神」)への復讐でもある。

 

おそらく、これだけの執着とか情念をもってブログを書いてるやつなんかいないだろうし、そこまでブログに希望や絶望できる人もいないんじゃないかな?

 

青二才と言う枠組みを別枠にしたのは正しいよ。他の人とは手段は一緒でも、動機や求める結果が根本的に違うからね。

 

大泉洋さんが番組の中で「HTBは俺の会社だぞ!」とADにホラを吹くワンシーンがあるので、僕も「はてなは俺の会社だぞ!」とホラを吹いてネタとして成立する程度まではやりたいですwww

 

 

 

僕が暗殺教室に共感できるのは中学時代に生い立ちこじらせてる子どもの話が多いからだよね…。親や先生が全部悪いとは言わないけど、影響されすぎた結果として障害になるきらいはあるのよね…。

 

・関連記事

僕がはてな村民を名乗り、オタクであることに執着する理由について 

生い立ち系記事その1。「俺がはてなだ」的な話。

柄じゃないけど、「お母さん、ありがとう」的な話

生い立ち系記事その2。愛憎の話。

お前がつまらないのはお前のせいだ! 

こじらせ系記事繋がり。お金の話。