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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

柄じゃないけど、「お母さん、ありがとう」的な話

くねくね

最近、うちのブログが愚痴っぽい・下品だとクレームが多いなので、たまにはいい話を書く努力をする。

 

はっきり言って苦手な書き方なので、もう二度とやらないと思うし、うまく書けないからもう一回やれと言われてもムリだが、たまにはいい話を書く努力をする。

育ちって大事だと思うよ?いや、本当に。

断っておくが、僕は母を恨んでさえいるほど嫌いだし、発達障害に対して理解のない育て方をされたことでどれだけその後の人生でつらい思いをしたかがわからない。

 

でも、そんな僕でも母親に感謝せずにはいられない時がある。例えば、無教養で育ちの悪い人のニュースを見た時だ。

「ペヤング」愛好家に広がる“禁断症状” 騒動から1カ月 「なぜか似た味」の袋麺でまぎらわす人も 

こんなものに依存してる人は私に言わせてもらえば、「育ちが悪い人」だ。ろくなもの食って育ってこなかったジャンク舌だとしか思えない。

 

僕だってしょうがなくジャンクフードを食べるような生活を送ってるが、日に日に食べ物の趣味が「食事数を減らして、自炊をしてでも家庭的で健康なものを食べよう」と言う方向にシフトしてる。ましてや依存症になったことなどない。

もっと若かったり、家庭料理のありがたみがわからない頃は僕だって麺喰いでジャンクフード好きな時期はあった。だが、結局は実家で和食を食べたり、自炊してしまうと「あーこれがちゃんとした食事というものだ」と気持ちがジャンクフードから離れるように体が食べ物の味を覚えてる。

 

美食家でもグルメでもないが、食べ物と旅行については「健康で文化的な生活とは何か」を実家暮らしの間に叩き込まれたから僕は無教養で不摂生な連中に疑問を覚えるようにはできてる。

 

だから、僕が母親に対して数少なく立派だと思ったのは実家にいるうちはちゃんとしたものを食べさせ、学校の遠足や修学旅行・野外学習で行くようなまともな旅行をうちの中で企画して、家族を巻き込んで連れて行ったことにある。

 

僕に「健康で文化的な生活とはどういうことか」を貴婦人として実践し、子どもに実践してきたことにある。

皮肉にも、貴婦人すぎたから子どもがバブル崩壊後でも戦後最低の3.11後の世界を生きてる実感とかがまるでないからその後軋轢が生まれたが、子どもの頃だけなら僕が発達障害者であることを見て見ぬふりしたことを除けば…まともな教育をしてたよ。

 

こんな風にならない程度にはね…

京都といえばイオン!?最近の修学旅行生の訪問先がヤバイことになってる 

これ、ゴシップじゃなく僕の時代から本当にあった話だ。

何しろ、僕の修学旅行(高2の5月で友達転校したばっかりで友達がいない班に強引に割り当てられた)では…本当にこんな感じだったから。

 

自由行動の間に札幌の街を散策せずに、札幌のゲーセンにずっと班の大半の人が溜まっていて修学旅行を潰されたから…

 

本当に親の顔が見てみたいよ…僕の母は確かに無頓着で自分勝手で人間としてはバカだと思うけど、無教養に貴重な体験を投げ捨てさせるような教育はしてこなかった。

 

そのことは僕の誇りだ。

 

躁うつ病になって生活をきちんとしないといけない時もこの経験はすごく役に立ってる。もともとは自分で料理ができて、文化的な生活をするためにはどんなことをしてれば良いと時間さえいただけると生活をきっちり自分で立て直せる。

 

当たり前のようでいて、以下の人を見てると「金にはならないけど、一応スキル」ではあるのよね…。

・修学旅行でジャスコに行くほど無教養で文化的なことからかけ離れてる人

・料理のさしすせそが大学生になって言えない一人暮らし学生

・販売中止になったのをチャンスにインスタント食品を断つかとおもいきや、自分からペヤング依存症で批判から180度転換して激励の電話なんか送っちゃう人

 

別に誰かを悪く言うつもりはないのだが、こういう人のニュースが定期的に出まわったり、僕自身が彼らに無自覚に被害に遭わされると「あー僕は恵まれてた方なんだ」とこの時ばかりは自分の生い立ちを誇れる。

 

ヒエラルキーなんてみじんもない。できれば迷惑だし、そんな非生産的なことで騒ぎ立てたくないから日本中がもっと育ちのいい教養のある人間だけになってほしいと心の底から思っている。

 

それ故にある程度のところまでしか生活水準を落とせなかったり、精神的にわびしいと感じる限界点が短かったり、悪く言えばボンボンな所も僕には備わってしまったけど、ボンボンだからこそ気づく世界というのもあるんだということをおとなになってから近頃知らされる。

 

それ以外の件に関してははっきり言って母親を憎らしく思ってるぐらいだし、たまにメールが来るだけで精神的にやつれて鏡の前で白髪が増えてないか確認するほどに母親にメンタルをすり減らしている僕だが、この件だけは「母さん、ありがとう」的なことを思う。

 

…まぁ、僕には似合わない話なので、もうこれっきりだ。

世の中を恨んでて、ネットで居場所を作ってなかったらきっと精神が壊れてたぐらい追い詰められた人間がたまーに「お母さん、ありがとう」といびつに思う気持ちなんて誰も見たくないだろう。

 

言い方がいびつでかっこ悪いし、何より僕が恥ずかしい。

ただ、僕のブログを読んで「青二才の人は四六時中怒ってるか、煽ってるか、愚痴ってるようにみえる」と言う人に言いたかった。

 

感謝の気持ちなんかいちいち口にしないだけだし、シャウトせざるを得ないのは感謝よりも危機だから僕は言わないだけ。

僕だっていいことがあれば、ありがとうというし、良い物を見つけたら子どものように笑うし、うまいもの食ってうんちくをツイートする時間を楽しみたい時だってある。そういう気持ちにしてくれた相手ならたとえ僕にとって「敵」だと思ってる人であってもそこは感謝するぐらいの度量はあるつもりだ。

 

ただし、言い訳がましく書かないととても書けないぐらい照れくさくて、心が折れちゃうんだけどさ。

 

…なんだ…その…忘れて欲しい。たまーに思うから書いてみたが、やっぱりこういうことをネット上に残すのは良くないよ。キャラがブレる。忘れて。気の迷いなんだ。

 

 

トイレの神様  

 ありがとうばっかり言うラップもそうだけど、トイレの神様なんかもそうだよね…平気でああいうふうに人に感謝の弁だけをズラズラと歌える厚顔無恥な強い心がどこから来るんだろうね?

 

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