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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

なんで「お金のために嫌々仕事する」と「お金いらないから楽しい仕事をする」の二択しかないの?


この手の問いをされた時にいつも思う。

仕事なんて、お金のために嫌々やるもの?

なんで、「嫌々」がつくの?別にお金のためだって楽しめばいいじゃん。

 

他にも、こんな本のタイトルもある。

憂鬱でなければ、仕事じゃない 講談社+α文庫  

「憂鬱でなければ、仕事じゃない」とは、ずいぶん押し付けがましくはないか?

個人のポリシーを語るのは自由だけど、高飛車に他人を起こらせる言い回しにする必要はあるのか?

 

仕事だからこそ楽しくやるべきだと思うけどなぁ…。

寝てるよりも仕事してる時間の方が多いぐらい仕事ばっかしてる人だっているのに、それが「嫌々」「憂鬱じゃなければ」と押し付けられて行くさまを見てると「この国では仕事を楽しそうにやったら銃殺刑にでも遭うの?」と言いたくなるわけだ

ただし、金と楽しさは別問題!

かく言う私も「仕事はお金のため」の人間でね…。

就職活動の面接で「我が社を志望したのはなぜですか?」と聞かれれば、内心「お金のためです。働かないと生活できないですから」と言いたかったクチだ。

 

でも、なぜかこの国では「やりがいがあればお金はいらない」と言わないといけないといけないから、「お金がいります」ではなく、「やりがいがほしいです」と言わない。そうしないと就職活動に合格しないらしく、就活の本や面接の練習などをする時には「お金が、生活が」と言ってはいけないことになってる。

 

実際にお金が払われてるかどうか、払う信用があるかどうかは労働者にとって由々しき問題だと思うんだけど、これを言っちゃいけない事が作法であり、なんかの宗教みたいになってるのはおかしいんだよ。

 

もっと酷いと内部告発にさえ否定的な人がいたり、逆訴訟で応じる会社があるんだけど…払うべきものは払おうや。「仕事したら金払う」と言うからいろんな予定・選択肢を捨てて、仕事を優先してるんだから。まして、逆提訴なんて論外だ。

参考:会社告訴の店員を逆告訴 「すき家」運営のゼンショー 

 

お金は大前提、払われるべきだ。条件がまちまちだとしても「会社側が言ったお金は払われるべき」だ。条件だって丸一日なり、終電なり長い拘束時間にするなら最低でも相応のお金は払うべきだ。

お金の縁で成り立っているのだから、時間外まで偉そうな顔をして拘束するべきではないし、無言の圧力で買い叩けるように、価格交渉を避けるように誘導するのは卑怯なやり方だ!訴えられてしまえ!

 

労働者にだって生活がある!それは仕事が楽しいかどうか以前の問題だ!

やりがいや仕事上の役得があっても、それが今現在の生存と結びつかないならそんな仕事は誰も続けられない!

 

問答無用に「続けられない奴が悪い」と正社員であること、1つの会社に長く務めたことをこの国では何よりの財産のようにいる人がいるが、それは能力の問題ではなくむしろ、相性と適正と少しの運があってこその話。

 

お金が払われない会社はやめるべきだし、病んでしまうほど相性の悪い仕事は続けるべきじゃない。

やりがいがあるかどうかなんて本人にしかわからないし、入ってみなきゃわからないものを禅問答のごとく語らせる就職活動は宗教であり、何よりも労働の本質をぼやかしてる。

 

だから、僕は敢えて言いたい!

「働けば金がもらえること」は大前提だ!やりがいも役得も仕事について四六時中考えこむのもそれをやれば生活できるからである。趣味のサークルではないのだから。

 

仕事だと認めてもらえるからこそ金がもらえて楽しい

ただ、仕事をやる態度として憂鬱だとか嫌々という価値観には反対だ。

 

先ほど、「仕事は趣味のサークルじゃないんだから金は払われるべき」と言ったが、この言い分は逆の取り方もある。

 

「(定期的に)生活できる程度の金が払われるということは仕事にできているということ」だ。つまり、会社からお客からそれを認めてもらってやっていけているということだ。

 

これがとても大事。「お金があるからいけない」とは僕は思ってない。

「お金があるからこそ真剣になれる」という側面もあるのだ。

 

契約したからには最低限度のお金は払われるべきだと思う。

でも、お金を増やして行くために評価をもらう・それについてアレコレ考える事まで「仕事なんだから嫌々」と思いこむのは違うのでは?

 

仕事の内容にもよるから「嫌々」の仕事、「憂鬱にやるべき仕事」もある。

でも、どんな態度でやろうが、成果が出て認められればお金にできると言うのが仕事のいいところで、趣味では味わいにくいところだ。

 

僕のブログを読みに来るオタクな人はわかるはずだ!

成果物を作ることも、他人から評価を得ることもネットのように「無料の世界」では意外と簡単だと。

でも、評価としての対価を「お金をもらうのはとても難しい」と。

 

たくさんリツイートされた絵師の同人誌は売れず、絵師もブロガーも人気になっても仕事をもらえず、わさらーさんというTwitterの有名人のトークショーには1ケタしか人が来なくて…。

 

そのぐらい、みんな「お金を払いたくない」んだよ。

 

でも、働けばお金をもらえる。成果を出せば、人一倍もらえる。

そこに微塵の楽しさもないと言うならそいつは嘘つきだ!

 

お金がもらえること、評価されること自体に人間は快感を覚えるし、快感を覚えにくい人でも好きなモノをお金で買えた時には必ず快感を覚える。(貯金残高で喜んでる変人もいるけど、とにかくお金が一番人を喜ばせる)

 

宗教じみてるかもしれないが、誠意とはお金のことだよ。

やりがいでもないし、役得でもない。それらは「やらせてやってる」という人間のエゴで、お金をもらって始めて「仕事をお願いしてる」という意思表示を相手からされたことになる。

 

「お金のために嫌々」とか「憂鬱でなければ」というのに懐疑的な理由をまとめる。まず、嫌々仕事をやってる人に人間関係や信用を大事にするお仕事を頼みたいと周りは思わないだろう。よほど器用に演じられるなら別だが、信用を得る・評価を得る態度ではない。

次に、お金をもらってもなお憂鬱な人間がいるんだろうかね?「憂鬱になるぐらい仕事のことで頭を抱えて考えるべき」という考えはわからなくもないが、評価や成果を得た人間が憂鬱なわけはないんだよね…。もっと上を見てる・生き急いでる人なら憂鬱かもしれないけど、それは仕事がどうこうではなく、個人の生き方の問題だし。

 

何が言いたいかというと、仕事とは金だということ。

やりがいでも役得でも承認されることでもなく、お金という形で自分に誠意を示してくれる人がいるかどうか。

 

何万アクセスのブログでも、いくつリツイートをもらった絵師でも、学生の大会でホームランを打った野球選手も、それは「可能性」でしかない。金ではない限り趣味なんです。

趣味だからバカにする・劣るとは言わないが、やりがいだ、役得だとほざくなら仕事じゃなくたっていいとスーツ着てお高くとまってる人に言いたいわけですよ

 

采配  

ちなみに、「誠意とはお金のこと」話は落合さんから出た話だそうだ。

…僕は西原理恵子先生が本で言ってるのを読んだのが初。

 

 

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