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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

ネットが窮屈に感じる原因はfacebookルールと拝金主義


小島アジコさんとシロクマ先生が元旦から昔話ししてた。

最近、ブログが不自由になってきたと思いませんか?

ネットは“コミケ”から"“テレビ”になった。

 

ありふれた話だが、去年はこの傾向がいっそう強くなったので、この話をしよう。

この話をするときには2つのテーマに分けねばならず、1つはネット全体の話。ネットでくだらない揉め事が増えた理由。それを前半と後半に分けて語り、最後につなげる。

 

 

ネットをリアルの延長線として使うFBユーザーがネット作法を壊した

まずはブログ文化ではなく、ネット全体の話。

結論だけ言うと「ネットにバカが増えた。バカが増えた結果中身のない批判・炎上がヤツが増えた。それらはfacebookでネットを覚えた連中でネット作法も知らずに、傍若無人に振る舞い、彼らに配慮していった結果ネットが窮屈になった」と言いたい。

 

順を追って説明するよ。

 

まず、ネットの文法・作法が通じない人についてはAmeba・mixi普及後に増え、ニコ動の普及でまた増え、facebookの影響で更に増えた結果、かつてのようなネットは失われ、ネットとリアルは悪い意味で一緒になった。

 

Amebaはタレント以外は特に人気がなく、またブログへの執着がないためネット文化に大きな影響を及ぼさなかったが、mixiやニコ動はよくも悪くも目立った。

 

mixi・ニコ動が普及した頃の2006~08年にはケツ毛バーガーテラ豚丼事件など悪目立ちによって社会現象になる事件が増えた。それをバカ騒ぎして個人情報の特定や晒しをする…どっちもどっちなネットに頭の悪い人が増えた。

 

とはいえ、まだまだネット作法を決めていたのは2006年以前からネットにいた古参であり、その時々で変な人は出てきたが根底にあった匿名・ハンドルネーム文化は変わらなかったし、ネット自体が(人に迷惑をかけるバカをしない限り)個々人の自由だった。

 

だが、Twitterfacebookの普及後に大きく変わる。

 

今までネットを使わなかった人でかつ、ネットの作法を守らないで好き放題に個人情報を書き込む人が増えてからおかしくなった。

 

個人情報と言っても、本名や顔写真を晒すなんてもんじゃない。facebookのオフ会では「他人の顔が映るような写真を撮影するのに、許可を取らない」ほど、個人情報に無頓着なんだ…。

 

オフ会・ネット作法から考えたら「身バレ怖くないの?」「自分アピールしてるけど、自分撮りアイコンなんか誰も喜ばねーよ」と言いたくなるようなことを平然とやってるからとにかく危なっかしい。

いや、実際に炎上したfacebookユーザーは日頃、個人情報に無頓着だったからネットで悪いこと自慢して、その写真やそれ以外の悪さの写真まで自分できっちりと証拠を揃えてることが多い。

 

どうしてこうなったか?それはFacebookだけがネットの原住民が住み着いてないままユーザー文化・作法が作られたからだ。

ニコ動やmixiでさえ、ネチケットを知った古参のネット民がベースになってるから匿名文化やネットに上げてはいけないモノをアップしないぐらいの良識はあった。

 

でも、facebookだけははじめに住み着いたユーザーが違う。

それまで出会い厨で脳みそが下半身でデキてるアメ公の低俗な若者がユーザー文化が作り、それが日本に渡ってきてネットに触れなかったおっさんと新しいもの好きのミーハーに普及した。だから、ネットに晒しちゃいけないものも平然と晒すんだ…。

 

しかも、facebookユーザーはFBが日本のネットのルールだと信じてるバカっぷりでTwitterもやるし、ブログもやる。

 

facebookはまだネットの中でも隔絶されてるからいい。

悲惨なのはfacebookでネットを覚えた人がルールの違うブログやTwitterを始めて「アニメアイコンキモい」「ハンドルネームじゃなくて実名」「リツイートやリプライがキモい」「フォロワーが500人以上いる奴は業者」とかトンチンカンなことを言い始めたからおかしくなった。

 

ブログならやり取りにタイムラグが生じるから喧嘩にならないがTwitterはリアルタイムでやり取りの通知が来る・ブロックやエアリプなどから相手の意思表示がわかってしまうため、喧嘩になる。

最近のTwitterに罵倒が飛び交って不自由さ、せわしなさが際立つようになった理由はfacebookルールと昔のネチケットがぶつかる戦場」になってるからだ。

 

ぶつかった結果として、facebookルールは同調圧力を押し付け、昔のネチケットは彼らのネットに書き込まれたバカ自慢を見つけては炎上させる。

でも自分達に加害者で、ルールを破った自覚もないfacebookユーザーは気に食わないとネットオタク批判に走る。

 

…でもさ、facebookルールの行き着く先はもうmixi世代なら5年以上前に経験した「リアルと混同せず、ネットはネットで分けたい」という状態しかないんだよ…。

案の定、最近のfacebookはその狭間で葛藤する人が増えてfacebook離れが進んでるそうです…

 

昔のネット趣味は金持ちの道楽

小島アジコさんが言及してた2005年までのネットの話、ブログが窮屈になった理由も少しだけ。

 

ネットにかかるコストはもっと高かったし、ネットを使うことに対する技術的・時間的敷居も高かった。

 

何よりも通信速度が遅く、音とサイズだけは一丁前だった。

携帯電話で持ち歩けたデータが顕著で、今じゃスマホで動画再生できるぐらい早かったが、当時は音楽もままならず着メロ・着ボイスの時代があった。

 

この辺の事を今の高校生以下は知らないと思うが、ネットとはそんだけ金・知識・手間を問うアングラな「趣味」であり、まだまだインフラとは呼べるほどの普及はしてなかった。

 

言い換えると、その当時からネットにいる人はオタクとして濃厚か、金銭的に余裕があるか、情報の耳が早いか…とにかく「道楽でネットをするだけの余裕・情熱が長期間にわたってあったが昔のネットを牛耳ってた」わけだ。

 

その余裕がなくて、「ネットで儲けたい」「ネットからお金が入ってこないと困る」という空気を帯びたブロガーが増えたのは通信が早くなってからのお話。

小島アジコさんが言う「ネットが窮屈になった」はこの「儲けたい・お金のためにやる人が出てきたこと」が大きな原因ではないだろうか?

 

 

はてなでいえば、口座を晒して資金を募った有村悠さんがそれに当たるんじゃないかな?彼のブームはもうすでに通信が早くなってた2008年だったし、ニートブロガーphaさんも2007年に会社を辞めてる。(※phaさん自体ははてなダイアリーの最古参の一人だけど)

 

ちなみにこの時期はネットの転換期で2007・2008年は2ちゃんねるまとめブログも最盛期で、ネットでの書き込み・編集で儲かった人が表に浮き出てきた時期でもある。

その後、成功例がガツガツ出てきてブロガーやアフィリエイターの本が出るのが10年台前半。

 

いいことのように聞こえるが、結果として「みんなお金のことを意識するからキワドいネタ・尖ったネタを扱う人が減った」という側面も強い。

 

facebookルール」の問題と重なるのは「人口が増えて、それまでのネットにはいなかった人種が増えた結果、生じた変化」だということ。

ただ、facebook問題と違って、こちらには「金儲けのインフラが整い始めたからこそ生まれた才能」もあるから僕は良いとも悪いとも言えない…。

 

 いずれにしろ言えることは、Facebookルールも拝金主義なブログ文化もこれからもまだまだ続いていく風潮であるってこと。

彼らと距離を置くのか、うまくやっていくのかは自分がネットでどう過ごしたいかによるけど、ネット全体の息苦しさは加速していくだろうなぁ…。

 そうそう、まさしくそんな感じw

 

けなす技術  

 Facebook的な文化からは絶対に生まれなさそうな人の本を貼って終いにします!

 

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