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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

無気力を肯定して生きていくには理解者と適職がないと難しい


僕の周りには軽い広告収入程度しかないニートだったり、ほぼ家から出ないプログラマだったり…意識が低い系な人が多い。

 

意識が低いくせに生きてる人の多くは、「意識高く生きようと思ったけど、病んでしまったから生き方を変えるべく意識を下げた」という。

かくいう僕もカテゴリーするなら「意識が低い系」に入ると思うのだが、小野ほりでぃさんが意識低い系に攻撃を仕掛けてきた。

まるで搾取!?”無気力肯定ビジネス”が怖すぎると話題に  まるで搾取!?”無気力肯定ビジネス”が怖すぎると話題に - トゥギャッチ 

 

自分の賛同しない主張を述べたら「搾取」とは…なんと視野が狭い!

違法労働・無賃労働を強いてるわけでもない。

若新雄純さんが提唱する「ゆるい就職」や与沢翼らの情報商材のようにより金のかかるサービスに誘導してるわけでもない。

自分が興味ないモノを罵る上で便利として「搾取」と煽るのは実にけしからんことだよ。

 

無気力も大変なわけで…

無気力を肯定するのは意外に難しい。

 

まず、「意識が高い人・体育会系の人・道徳的な説教を人にする人から真っ先に攻撃される」のが意識が低い系だからだ。

意識が低い理由がうつや仕事柄などに起因してても相手はそんなことわかってくれない。意識が低くなくても楽してるように見えただけで「どうしてもっとがんばらないんだ」と追い立てられた経験ぐらいはあるはずだ。

意識を低く生きると決めたら彼らを遠ざけて生きるか、個性として認めさせるぐらい一目置かれないといけない。

 

そのために、理解者と「意識が低くても生きていける方法を自分で考える」必要がある。

無意識肯定「ビジネス」と揶揄されたが、意識が低い人は生存戦略として圧倒的に情報を仕入れ、マイノリティであることの辛さと対処法を理解して自らか「適所」へと身を置かないといけない。

 

精神疾患発達障害…あるいは趣味や家庭の事情で気づいた頃にはマイノリティとして生きていく宿命を持った人間はなおさらそうだ!

 

例えば、ゲームに1日のめり込めるのはレビュアー(ゲームライター)やテストプレイヤー、あるいは製作者なら才能だが、才能が活かせない位置にいたらダメ人間である。

例えば、科学技術に詳しい人も年配者と絡む肉体労働者や、営業マンになってしまえば「そんなことより話の種になるテレビタレントの1つでも覚えろ!」と言われるのが関の山。

 

才能や特技があってもそこに仕事が無いと社会からは否定される。でも、現実には「扱いにくい才能しかない人」もいるから悩む。理解されないから居場所とコミュニティを求める。

勘違いされがちだが、ニートだから働きたくないわけでも何もできないわけでもない。8割のニートには就労経験があることがデータとして証明されていて、半数は精神科・心療内科に受信した経験があることが厚労省の調査で明らかになってる。

 

無気力肯定は無気力に生きていくことが向いてる(意識が高い人、集団の中で生きていくのが不向きな)人が自分の選択肢を探す上で必要なことだ。

 

もうちょっと突き詰めよう!

 

意識が低いに限らず、ライターが何かを語る意義は「100人いたら100人のためのノウハウ」ではなく、むしろ「自分みたいな境遇の100人に1人いるかいないかの誰かにかっちりハマってくれること」をかけるかどうかにある。

100人に1人のために書いたことが予備軍や、興味のある人にも届いて100人中10人ぐらいに人気になるのが書き物である。

 

このブログの読者がそれを一番わかってるはずだ。

なぜなら僕のブログはうつ病でもゲーマーでも、ニュース読まない人から見たりすれば「何キレてんの?」「イタい」「テキストがくどい」と言われる内容だ。

 

でも、「似たような病状だからこれを書いたことで知ってくれる人が増えて嬉しい」「良いゲームを薦めてくれてありがとうございます」「わかりやすいと思います」と言ってくれる世の中で、0コンマ程度の少数派が読んでくれてるから書き続けられる。また、自分に似てる人がつながることで僕も相手も新しい選択肢を作り出せるからやる価値がある。お金だけの話じゃない!お金になれば嬉しいけど、大多数は気持ちの問題。

 

「本がみんなのためにあるべき」「少数の人にしか当てはまらないことを流布する搾取」と言う前に深呼吸して考えて欲しい。

編集者という第三者が「本になる」と思えるほどの特技・実績を積むことができた人間が世の中にゴロゴロいて、彼らが基準で世界が回ったら大変だぞ?

 

本が出せたり、人気の出る書き物が作れる時点で少数派だよ!

大衆芸能や時間を超えて賞賛される名作でもない限りは少数派同士がつながり、著書は似たようなやつ同士がアイデアを出し合う・居心地よく生きていくための仲介ツールだよ!これは読者にも筆者にも同じ

そのぐらい生き方に悩むし、自分に適したところに行きたいと感じる。無気力も気力がある人も関係ない。 そう思った人は書き物を読み、化けた頃に書くのだ。

 

ましてや、自己啓発や生き方・ダイエット本など個人差が出やすいものはなおさらそうだ!その人の正解はあるが、万人の正解はない分野では筆者が個人の正解を突き詰めていくしかない。読者もまた情報として参考にしながら選ぶしかない!

  

何が無気力肯定ビジネスだ!

「別に持続的に食っていけるならスーツ着なくても、会社に行かなくてもいい」

と言っても白い目で見られなくなったのはとても歓迎すべき進歩のはずだ!その進歩を歓迎できない人がライターから…それもネットから出てきたことが僕からすれば理解に苦しむ。

 

みんながみんな希望した仕事、世の中で歓迎される価値観の中で生きていけるなら苦労しないよ。

苦労に苦労を重ねて「僕は意識低くないと生きていけない」と思った人に選択肢と情報を与えて何が悪いと言うのやら…。

 

おまけ:本にターゲットがあるのはなんでや?

野暮だけど、ちょっとメタ的な出版や作家ビジネスの話。

 

ニーズがなきゃ出版社は取り合わないし、説得力のある経験や知識がないと本を書かせない。ましてや、本を書く事自体大変かつ割が合わないほど時間がかかって不確実なのに、それを「搾取」と言い放つセンスがわからない。

 

確かに、聞こえのいいことを好き勝手言う本も、記事もある。 売れてしまう現実もある。作家として儲けるためには必要なことだが、いい加減な読者・ブームが冷めると去っていく読者を煽っても仕方がない。

ブームに騙せるだけ騙してトンズラするネオヒルズ族計画倒産狙いの投資家作家でなければ、もう少しマトモな商売をする。

 

そのため、次回作も読みたい・イベントにも来たいと言う熱心なファンを作り出したり、熱烈に薦めてくれる人が作れなかったら本を書いても儲かる方、本を出したことによる影響力へつながっていかない。作家でも、そうでなくとも本を書いた以上はその労力が次に繋がることを考えるのが合理的なはずだ。

 

作家だって情報も次の仕事も欲しいし、そもそも本だけじゃ単価が小さくて儲からないからね。何作品も出さないと作家なんぞ元が取れない。

これはあらゆる創作系商売に共通してることだが、1作目が注目される・評価が高くなりがちな理由は先行き不透明だから出し惜しみせずに本気出してぶつかるからだからな?

 

ある程度作品出せることが確定してくるとネタを出し惜しみしたり、量を作るために小慣れたりする人が多いけど、1作目はとにかく信用を勝ち取りたいから全部を注ぎ込む!(元記事ではニート本の人、ダイエット本の人を例に出してたけど、どちらの人も著作が少ない。ダイエット本の人なんか別分野では有名だったが、ダイエット無名の人だったからさぞかしその分野の本を出す上で本気になっただろうね。)

 

あ、新しいことは書いてません。行く所に行けば、書き物界隈にいればただで入ってくる情報しか書いてません。タダで入るレベルの情報で「あ、ほりでぃさんは嘘を言うために煽ってるな」とわかってしまうんだよ…ファンだっただけにげんなりだよ

 

 

無気力肯定と言われてるが、「無気力=何もしない、怠惰」とは違うよね~「無気力を肯定できる環境を作る」「無気力に理解のある場所に行く」「無気力な人間として意識高い人と戦う」が正しい

 

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意識が高けりゃいいってもんじゃない。

病んでから問題にするなよ!病むような「構造的欠陥」に対策しろよ!

無気力な人・意識の低い人はむしろ社会構造から生まれてる部分あるよ