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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

人生がクソゲーたる理由は適性のある武器・ステータスがわからないまま自分というキャラを育てないといけないからだ!


かわんごさんの記事が刺激的なタイトルだったので、つい引きつけられてしまった。

ドワンゴ川上会長、「非リアは脳の問題です」  ドワンゴ川上会長、「非リアは脳の問題です」 | オリジナル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト 

記事の内容は「コミュニケーション能力について」の話。

ここで言う「脳の問題」 とは「生まれつきの発達障害」という意味ではなく、「脳の許容量の問題で人はコミュニケーション能力を文字か会話かのどちらかにしか割り振れない。それが葛藤を生む」という趣旨の話。

 

非常に本質だと感じる内容なので、深く掘り下げたい。

 人生を剣と魔法のRPGだと考えてみてください

たいていのRPGは剣が得意なやつは攻撃力が高い代わり、魔法に弱い。

魔法が使えるヤツは防御力がないかわりに魔法の破壊力は高い。

 

こんな風に「限界」があり、ゲーム開始段階でキャラに適した装備・装備に適したステータスがある。だから、はじめからそのステータスに見合った育て方ができる。

 

 でも、人生をゲームに例えると、まず「自分が何を装備していいか」を自分で気づけないといけない。親や先生が教えてくれることもあるけど、それが間違ってることが多い。

 

僕なんぞ典型的で、発達障害なのに優等生…(バブル女の想像する)慶応ボーイ的な爽やかな好青年を目指せと強要されたから、適正の真逆。

正面切って戦えない補助・デバフの魔法タイプなのに、ロングソードを振り回す勇者様だと思い込まされて、葛藤から抜け出せないまま人生の長い間を生きてた。

 

それだけならいい。ゲームみたいに助け合えたらいいし、どのキャラを選んでもクリアまでたどり着ければ良い。

でも、RPGに「勇者」「剣士」という花形があるように、人生は「クリアの難易度が驚くほど上がってしまうキャラにしかなれない人」に冷たい

 

僕みたいに魔法で自分をパワーアップさせ、デバフ(毒・麻痺・呪い)で自滅を待つようなタイプの使い手は使える場面が局地的で、しかもそんなにたくさんは必要とされてないから途中で冒険から外される。

 

ネットやメディアの力を使えば、僕は1個人で何万人に見てもらう記事を書くことも、2600人がつぶやくタイムラインを追いかけて情報を探す力もある。体調次第では丸一日ネットに張り付いてなんか作ってることだってできる。

さらにそこでの名前を活かして人に会いに行くこともできる。コミュ症で転勤族だったせいで学生時代の友達とも連絡つかないから友達もいないのに、お茶する用事ができる。

 

僕に限らず、コミュ症・非リア充と呼ばれる「ネットの住民」も突き抜ければ、いろんな事ができる。そして、それは誰にでもできることじゃない技能だ。

しかしだ!ネットという武器がない人・同じ土俵に上がらない人には「コミュ症でオタクのデブ」という誰がどう見てもいい響きのしないフレーズでまとめられる。

 

モテモテの剣士様の土俵で戦ったら僕はせいぜい目潰しで時間稼いで逃げるのが精一杯さ!彼らには確かにネットという魔法は使えないけど、対面でのコミュニケーションでは勝ってしまう。彼らの土俵で戦ったらボロボロになる。

 

RPGでは酒場に行けば、どんなジョブのやつも必要に応じて冒険に連れてってもらえるチャンスがあるが、人生では「自分を雇ってくれそうな勇者が来る酒場」も自分で探さないといけない

酒場に行かず、自分で冒険することもできるが、ソロプレイのぼっち…それも人から求められない魔法使いはそれはもう無理ゲーさ!

 

コニュニケーション能力が高いと得することが多いように、わかりやすく剣が扱える剣士の方が冒険しやすい。魔法使いはよっぽど強力な魔法がない人以外は一人で冒険、魔物や盗賊と戦うなんて無理!

 

僕の例はわかりやすすぎる構図があるが、大なり小なり経験してるはずだ。

まずは、「自分は剣士として育てられたけど、実は攻撃系魔法使いだった」「狩人なのに、ロングソード装備して冒険したから全滅して今は始まりの村で再起すべくがんばってる」などの適正の間違い。

次に「自分に得意なことしかできない」「得意なことはないけど、突き抜けるほど飛び抜けたステータスがない」というできるようになれないことへの葛藤。

 

これらの悩みをもった経験がある人は多いのではないだろうか?

特に魔法使いなり、狩人なり、あんまり人気がない別のジョブに適正があった人はこの葛藤で悩んだ人は多いのではないだろうか?

学校も年配者が幅を利かせた会社もポピュラーな剣士を優遇する人が多いし、学校に順応してる生徒もまた「剣士じゃないジョブは認めてもらえない」とすり込まれちゃってると、自分が世の中から自分の望んだ形で認められることのハードルの高さ、生きにくさに葛藤するのではないだろうか?

 

ゲームだとコミュ力のある剣士がいて、体力の高い斧使いがいて、周りを活かすヒーラーがいて、トリッキーな狩人や魔法使いがいてみんなで冒険してそれぞれに輝けるんだが…人生は優遇されるステータスが前衛系に偏ってるから難しい。

 

ステータスもターンも頭打ちするから難しい。

他にも、最近のRPGだと「ポイント制」でステータスを好きなように割り振れるゲームも多い。

 

人生もまた、自分をパワーアップさせられる武器やステータスへ限られた時間を割り振らないといけない。適正に気づいてないとムダな時間を過ごしてゲームが積んでしまう、

自分の人生をゲームに例えると、自分の時間や能力は有限だし、周りもまたその中で選択しながら生きてると気付かされる。

 

ブラック企業の時間のない場所、ムダな時間を使わされている場所を一度でも経験するとなおさら「限られた自分のポイントをこんなつまらない能力をつけるのに割り振っていいのだろうか?」と葛藤する。

 

具体例で言うと、会社の中でのバカ騒ぎや仕事の後に行った飲み屋やフィリピンパブが楽しくないわけじゃないんだよ?

でも、それにどっぷりと浸かれば浸かるほど、「なんで自分に向いてないことに時間を使わないといけないんだ」と感じ始める。

 

飲酒も、パブのねーちゃんに絡むのも僕の一番楽しいことではない。

その時間にお風呂に入りたい。いや、そもそも寝たい。もしあまってるなら久々にネットで話が合う人と盛り上がりたい。

 

何の話をするわけでもないけど、飲みに行かないと仕事場で人間関係の当たりがきつくなる、でも寝不足になって集中力が落ちたら、運転する仕事なのに危なくないか?風呂に入れなかったら客商売としては良くないのでは?

 

もっとコミュ力が高い人・寝なくても仕事が回せた人ならこんな葛藤を抱かないで済んだかもしれない。だが、僕は体力もなかったから自分のポイントが女遊びや接待というくっだらないステータスに割り振られ続けることが我慢ならなかった。それも、自分の一番楽しいこと/自分がいちばん伸びられる能力をかなぐり捨てて終電までの時間を全部そこにぶん投げてることを理解できなくなった。

 

僕が人生をRPGに例え始めたのはこの時からだ。

僕の考え方をドライだ、薄情だと言う人はいると思うし、僕は人間関係に対しても「こんなくだらないオフ会に来るぐらいならその飲み代で僕一人で焼き鳥食べに行ったほうが楽しかった」

とか考えてしまう。僕は合理的なだけだ。時間もお金も、自分に付けられる能力も有限だと知ってるだけだ。

 

その後、自分が躁うつ病だと診断され、発達障害持ちで能力に偏りが出て当たり前の人間だと知ったら

「剣士として育てられたけど、魔法使いとしてしか生きられない。剣士に割り振ってしまった分のステータスが20年少しあるが、その遅れを取り戻すべく今からの経験値は全部魔法使いとしてのステータスに割り振らないと僕はもう一度冒険に出ることができない。身ぐるみ剥がされて全滅した時よりもずっと適した武器・違う戦い方ができるようにならなければ!」

と思いながら生きてる。

 

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