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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

ビジネスであることに悦にひたってる人が多すぎない?

躁うつ病・発達障害

…昨日、ツイッターでこんなつぶやきをしてる人を見つけた。

 「世間的に」というけど、正直それほど世間の人はブロガーやYouTubeの動画主に関心があるのだろうか?無関心で、言ってもピンと来ない年配者は「ああ、インターネットのお仕事ね」とか「文章書いて生計立ててるんだ」となるのでは? 

 

モヤモヤしてると、今朝にはこんなモノが人気になっていた。

プチ起業、ママ起業が、非正規雇用の問題とつながっているということ

 要約すると「ママさんが採算度外視でお仕事をするのは、企業が労働者から搾取する構造に加担してる!不当に労働者を貶めてる」という勇ましい主張が並び立てられてる。

 

 …企業を通した仕事、「仕事であり、分相応の対価を頂きます」と言わないと許さない程の同調圧力はなんだ?

古臭いというか、視野が狭いというか…私を疲れさせる彼らの思念はなんだ?

 

と言う話。

余裕のある人に安く働いてもらった方がみんな助かる

「主婦のプチ起業・採算度外視のサービスは搾取の構造に加担することだ」とほざいてる人がいるが、安くサービスが供給できる人は主婦だけか?

 

通常通り勤務できなかったり、会社側の条件で雇われないだけで大部分の人は部分的に働けたり、生産性こそ高くないけど働けるのでは?

そう考えると高齢者でも、ニートでも、心身に病気を持ってる人でもできることはある。でも、彼らは企業ほどの対価をもらうと社会参加が難しくなるため、彼らなりの価値でしか社会進出できない。それは「搾取の構造」と呼ぶべきなのか?

 

現状の社会構造から言えば、「余裕がある人に安く働いてもらう」のを前提にしている部分があり、非正規雇用者を多く含む職場が多いご時世ではむしろ「余裕がある人に安く働いてもらう」(悪く言えば「搾取の構造」)がないと回って行かないぐらいにもうなってしまってる。リクルート上がりのおばさん一人が吠えたところで何も変わらないほど前提となった「時代の流れ」になってしまった。

 

もちろん、有利な立場で仕事する代わり過労してる人・搾取の構造の中で安い賃金しか稼げない人が二極化してることは問題だ。

しかし、その構造をより加速させてるのは働くことについて企業にいなければ認められない、「過労や自己犠牲を当たり前のように強いられないとお金が稼げない」という社会構造では?僕に言わせれば、むしろそれこそが「搾取の構造」に思える。

 

働き方の多様性を認めない人が「主婦のプチ起業を許さん」と言われても、私には納得しかねる。主婦にせよ、高齢者にせよ、病人・障害者にしても「社会参加」の道筋としてお金をもらうことをほそぼそとやる権利・ほそぼそだからこそ参加できることを優先して安くサービスを供給するのを叩くのは視野が狭いのでは?

 

これが健康でまだまだ将来のためにお金を稼がないといけない若者なら「余裕もないのに安売りするな!」と怒られるのはわかる。ところが、それがたとえニートであれ、生保であっても「雇われてない・雇われてもそんなには働けないけど、社会貢献はしたい。部分的にはできるからそこはやりたい」という人の参加を本来のルートとは別の形で認めていくのは必要なことではないだろうか?

 

…これは自分自身や今している試みがそうで、僕は世間的にはニートだ。厚労省の定義から言えばニート。ただ、週1回働くぐらいの収入はブログで作れるし、ブログがきっかけでふさぎ込みがちな僕を連れだしてくれる用事ができる事が引きこもりがちな僕の生活を明るくしてる。

 

僕がニュースについて記事を書いて、給料をもらって書いているウェブメディアよりも注目されるので、コンサルタントの言い分では「搾取の構造」に加担している。アフィリエイトなどという採算が取れないシステムではなく、企業と契約しない僕は彼女に言わせれば「悪」だ。

しかし、在宅ならともかく、企業に出勤して8時間みっちり働く事ができない。そもそも、そんなやつを雇ってくれる会社はどこにある?

だいたい、うつ病による精神のブレ・1年間療養のために引きこもった時に基礎体力もごっそり落ちたから会社勤めを今からやるのは難しい。復帰するにしても、パート・公的またはNPOによる就労支援を経て徐々に参加していかないと難しい。

 

僕のような人は世捨て人のように家でテレビでも見てろというのか?

「ライターの経験者」しかないが、そんなものがない僕はアフィリエイトを張ってほそぼそとブログで社会復帰のリハビリ、きっかけづくりさえ許さんと言うか?

 

これはマイノリティの話ではない。近頃「経験者歓迎」と求人広告で見かけるが、早期に結婚した専業主婦・ドロップアウトした若者はどこで経験を積めばいい?

求人の年齢制限に引っかかる高齢者だって、働いている方が定年退職後喪失感から来るうつ病にかからず、健康に過ごせるのだから、「搾取の構造に加担してる」と言われたって正当な賃金よりも自分が働くことを優先したっていいのではないか?

 

構造論を語るならこのぐらい思考してみやがれ

だいたい、何がリクルート上がりのコンサルタントだ!視野が狭すぎる!

 

「搾取の構造」だ?「ダンピング」だ?ビジネスとは常にその危機があるからこそ参入障壁がある分野・技術へとシフトしていく必要があるんだよ!

 

そもそも、ビジネスになるものの条件・ビジネスの役割は?次の5つだ!

1、確実性…作ったものや収めてくれる約束を固いものにする信用を得る・買うため。

2、代行…めんどくさいものを肩代わりしてくれる。家や個人でもできないわけではないが、お金を払えば代わりにやってくれる。

3、コスト削減…一人分作るよりもみんなの分を作って配るほうがはるかに安くなるモノを会社の力で作ると言うもの。

4、プロジェクト化…一人や友達数人ではまず作れないモノを会社というツテや約束で縛り付けることで多くの人を巻き込む「プロジェクト」として作って行ける。

5、技術と保守力…技術や環境を維持することにお金がかかったり、個人の力ではとても開発できないものもビジネスでやれば、資金や人手が集まり成し遂げられる。

 

個人がビジネスに変わって代替できるのは1,2,3だ。(3と4は似てるけど、3は人件費をボランティアや趣味などの名目で下げてダンピングすることもできる。来るなと言っても誰かがやるのだから止めようがない!)

4と5は無理。4の好例は「アニメ制作」で、アニメを作るには長編やTVアニメなどお金が取れる程の長さになるとどうしても人手…それもスキルがある程度保証された人手が伴う。そういう人を個人の力で賄うのはほとんど無理!部分的に原画を描く・脚本を作るのがフリーであっても結局はビジネスという枠組みがないと無理。

5は病院が好例。アレは個人の力では病気が判断できないばかりか、病院や医療器具の衛生環境だって維持できないからね。どちらもちゃんとした知識が必要。

 

言いたいことは、「個人で参入できるところにいる時点で、常にダンピングを受ける危険、ダンピングを受けたとしても代わりになる業者・個人がたくさんいて助けてもらえない危険」があるという話。

他方で、簡単にセミプロに食われちゃうようなコスト/代行するだけのサービスなら潰れても文句が言えない。極限までコストを下げるか、技術がないと入って来られないサービスへと移行するかしかない。

 

そもそもだ!次々と今まであった産業がなくなったり、人がフルタイムでいる必要自体がなくなりつつあるご時世では、技術を付けて取って代わることのできないサービスに行くか、4のように「会社に束ねられた仕事」を幾つか掛け持ちするのが懸命な働き方では?

 

社会保障制度の問題や、昔からあるメンツの問題、健康でガツガツと仕事をこなす人のことしかみてない視野の狭さという問題から「1つの会社でフルタイムで働かないヤツは認めない!」という風潮が強いが、それ自体に無理があるわ!

いや、昔から無理はあった。1つの会社に人を縛り付け、その会社を国が縛り付けたことで成り立っていた社会構造そのものがある時は大量の失業者を生む原因になったり、ある時は過労死/精神疾患を生み出す原因になってきたのでは?

 

もちろん、技術も付かない・見通しを建てなければならないほど先が長い人が「ゆるい就職」「フリーターという生き方」というキャリアプランを技術や実績を積み上げる生き方と当価値と考えることには反対だ。

しかし、先のことよりも「部分的にでもいいから働きたい」「そもそも先のことを意識できるほど健康でも若くもない」というキャリアについてはもっと多様的な働き方を前提に、安くまたは不定期で提供されるサービスがあってもいいのでは?

と思う次第だ。

 

 

 脱社畜の第一歩は自分のしている苦労を人に押し付けたり、他人の働き方を認めない人間を判別できるようになることじゃないかな?と思うのです

 

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