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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

本当にゲームが好きな奴って減ったよね~三度の飯よりゲームをプレイできる人がさ

ゲーム-週刊フリーゲーム ゲーム

ものすごく頭にくる記事を見つけたので、「なめたもの書きやがって」という気分で反論する。

日本のゲーム産業の現状 

 

で、何に怒ってるかというとよくわかんないくせにフリーゲームをわかったクチで論じて、批評したこと。

 

それに自分の好きなものを目の前で踏み潰される「音」がしたから書くよ。

お前、丸一日ゲームしたことないだろ?

僕はある。そのゲームについて、24時間プレイして体を張って面白さを体験してその体験を記事にした経験が僕にはある。

フリーゲーム「巡り廻る。」をゲーム廃人になるほど遊びつくした! 

 

フリーゲームの特徴を語る上で大事なことは、子どもの頃「ゲームは1時間まで」とか親に言われてた中でも「疲れ果てるまでゲームをやり込みたい」と渇望したあの気持ちだ!あの気持ちを爆発させて難しさも長いプレイ時間も突破してゲームに没頭することだ!

 

名作と言われるフリーゲームにはコミュニケーションなんていらない。

作る方は子どもの頃没頭したあのゲームとあの熱を呼び起こし、プレイする方もまた徹夜しようが廃人化しようが楽しくて楽しくて限界までやり込む。

 

今のコンテンツは共有や他人との順位付けが楽しい物が増えてしまったが、大半のフリーゲームは一人用だ。

それもゲームをやり慣れた人でさえ音を上げるような難易度のものを必死になって、クリアするような難易度のものが名作と呼ばれ、歴史に残ることが多い。

 

だけど、しっきーさんはそういうフリーゲームの特徴を全然書いてくれない><

コンテンツを論じるならコンテンツを媒介にしたコミュニケーション論を語らないとそのコンテンツの性質や変化を説明できないのにさ。

 

家庭用ゲーム、ソーシャルゲームにあってフリーゲームにないものは時間やゲームを共有しようという発想であり、ゲームを使ってコミュニケーションを取る・ゲームがコミュニケーションのダシになるという現象だ。

特にソーシャルゲームWiiから出てるようなゲームはこの傾向が強い!フリーゲームが一人向けなのはほぼ例外はないと思ってもらってけっこう。1%もないほどレア。

 

多少濃淡はある。例えば、艦隊これくしょんのようにプレイ時は友達や他人の順位があまり関係せず、ゲームで起こったことをネットで共有するタイプのものもあり、全部が全部廃人/課金ユーザーがサーバー内のユーザーを蹂躙するゲームばかりでもない。

 

ただ、本質的にフリーゲームはプレイ中のことをああだこうだと共有しない。ルールでもマナーでもなく、マイノリティの趣味だから共有するほどリアルタイムでプレイしている人がいないことがほとんどだからだ。

だからこそ、流行りや年代に左右されず面白いゲームを自分の好きなようにプレイできる!

だからこそ、ゲームをダシにしたコミュニケーションや話題にするために惰性でプレイする人が少なく、ゲームとプレイヤーが1対1でガチンコでぶつかれる。

 

フリーゲームこそ、本当にゲームが好きな…ゲームをダシにしたコミュニケーションではなくゲームそのものが楽しくやる人達の楽園なんだ。

どんな界隈にもネタ好きの楽園は必要!

フリーゲーム周辺の記事を書いてて気づいた事がある。大きな特徴として、ゲームをダウンロードするサイトや話題のレビューでさえ「共有しようという意思」がフリーゲーム好きの間ではない。秘密主義で、閉鎖的…あくまでレビューやコミュニケーションよりも「面白いゲームがある」という情報を求めてネットをふらついているほどだ。

 

コミュニケーションを求めてないどころか、「自分が楽しんでいるコンテンツをダシに甘い汁を吸う・愛の無い扱い方をして理解のないファンや世間の目に晒すのは嫌だ」という考えを持っている人はゲームでも、それ以外でもネット上に一定の勢力を持っている。

嫌儲民、ふたば☆ちゃんねる、ニコ生やゲーム実況者批判などあまり表に出てこない分野ながら、自分達だけで楽しむためにコミュニティを目立たないようにしようと試みる集団はネット上に存在する。

 

もちろん、コミュニケーションをゲームに持ち込む、ゲームなどのコンテンツを話の種にすること自体はネット以前からある文化である。

 

ゲームで言えば、「みんなで共有しながらゲームをやる文化」はポケモンやたまごっち/デジモンなどの時代からあるにはあった!

それ以前からあったとは思うが、子どもの時から当たり前のように植え付けられた世代は初期のポケモン世代であり、89年生まれの僕はちょうど赤・緑・青のポケモンで友だちと遊んだ世代。

 

ただ、この時の共有はまだオタクとか子どもとか互いに理解し合える同士だったんだが、決定的に理解し得ない連中がゲームをやり始めた事件もある。

 

それがニンテンドーDSWiiなどで、ライトな女性や大人のユーザーを巻き込む用になってから決定的に方向転換したね。ゲーム自体が持つエンタメ製よりも実用性・生活感などよりもむしろ、媒介としたコミュニケーション…楽しいのはゲームじゃなくて友達と一緒にいること。…リア充爆発しろ!

 

インターネットにもネットオタク向けサービスのはてなリア充向けのFacebookがあるように、殺伐と馴れ合いよりも情報やコンテンツを楽しみたいネタ好きがゲーム好きの世界にもいて、それがフリーゲームだ!

 

パコ目当てならパズドラとモンスト極めてたらいい!それでオフ会行けばいいよ。 

少なくともフリーゲームはコミュニケーションとも他人ありきでゲームすることとも無縁であり、また無縁である以上コミュニケーションツールにならない。

 

使えない代わりに、作り手も子どもの頃好きだったゲームをお金の事/周りからウケるかどうかを度外視して作れる。

やる方もやる方で、自分が楽しい物を純粋に求めてプレイできる。

 

彼らに必要なコミュニケーションは攻略と楽しいゲームを見つけるための情報だけだから、はてブでいい記事を見つけてもコメントせず、友達にアレコレ勧めあって楽しむ趣味でもないから拡散しない。

 

もう少しいうと、ゲーム紹介をやっていても宣伝や人気取りありきの「実況プレイ動画」も許せないし、「ニコニコゲームフェス」みたいに全部を表彰するせいで何が本当に面白いゲームかを見失わせるような、それでいてゲームに愛がない人がいい加減な気持ちで踏み散らかしていくようなイベントさえ嫌う人もいる。

 

産業になるかどうか?ビジネスとしてどう思うか?

それは「三度の飯よりゲームが好き」というゲーマーの気持ちを汲み取る形で、ゲームを普及する・クリエイターを支援する方法ができるかどうかなんじゃないかな?

 

少なくとも居心地も良くて、人も集まって、古いも新しいも良作はある。

 

ところが、ゲーム産業自体が商業的に宣伝して消耗戦になってるか、過激なものを作れば表現規制がどうこうとなり、エロゲーのように限られた人が買い支えるモデルではクリエイターもファンも高額の負担がかかってジリ貧。ジリ貧だから即戦力じゃないと活躍できず、後継者もシステムとして文化を存続するにも至らない。

 

フリーゲーム」という形自体がそれらのアンチテーゼであり、面白いものが出来る技術があっても、世間一般には普及していかないのは「愛の無い人、ジリ貧のまま中途半端な形の商売にしようとする悪い虫触れないで大事にしておきたい」というファンの意思表示でもあるんじゃない?

 

要するに愛の問題だと思うよ?金を払うのも、時間を費やすのも愛がなけきゃできないからね。自分達の希望した愛情の形だったらお金払いたくもないし、時間をかけたくない…という言い分は分からないでもないと思うんだ。

 

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 僕の記事を読んでもピンとこなかった人はこのドラマでも見てみては? 僕は原作者が美味しそうにお酒飲んでるオマケ映像見るほうが好きですけどね

 

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