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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

マッチョなキャリアウーマンを増やすのが女性の社会進出じゃないよね~


あまり好きな政治家ではないが、辻元清美さんが良い指摘をしてたので、乗っかろう。

アベノミクスで女性は本当に輝くの?

ざっくりと言うと「7割の女性は非正規雇用。その非正規雇用の女性も正社員にもなりにくく、また物価が上がって暮らしにくい状態に追いやられててる。結局は一部の女性しか輝かないのでは?」という指摘。

 

ちなみに、女性の非正規雇用の割合はこんな感じ(図では最新版なので女性の非正規雇用の割合が若干改善されている。…相変わらず、男性に比べると高めだけど)

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男性22%・女性57%は非正規…就労者の正規・非正規社員率をグラフ化してみる(2015年)(最新) より

 

マスコミやテレビのコメンテーター、それに大企業や役所の管理層は「女性の大臣が何人いるか」「管理職が何割を目指す」のが女性の社会進出だと勘違いしてるようだが…それらは一部の「点」の話でしかない。

 

また、一部の女性による目覚ましいほどの活躍を引き合いに出し「女性の社会進出が進んでる」と統計や実情のしんどさから目を背けようとしてる人が多すぎる

しかも、筋が悪いことに安部総理自身が自分の周囲に女性を据えたり、派手に広告して煽ればどうにかなると取れるような宣伝活動ばかりだからたちが悪い。

 

それは女性の社会進出ではない。たまたま育児も仕事もできるハイスペックな人がいるだけそこまでがんばらなくてもフォローしてあげられる人やシステムがないならむしろそのハイスペックな人が罪悪でしかない。

 

その人が無理やりがんばったって誰も幸せにならないよ!

女性が要職につくことより「機会と選択の平等」が大事

「女性の社会進出」に関して僕がいつも怪訝に感じる論点は3つ。

1つは先程から述べてる「管理職や大臣の数=女性の社会進出度合い」という基準

もっとひどいとママさんでキャリアウーマンであるとその人の大変さとか無視してちやほやしたり、みんな見習うように押し付けようする同調圧力になりつつあること。

 

1つは「○○系女子」に代表されるような、女性があまりやってるイメージがないことをやってると、たとえ向いてないこと・無理があることでも女性がちやほやしながら取り上げる風潮

その派生で「理系の女性が少ない」「女性の議員が少ない」「肉体労働の現場に女性労働者が少ない」など慣習や教育の積み重ねがないと解決できないテーマを今現在の人だけの問題であるかのように言うこと。

 

最後は「女性の社会進出」という言葉。「社会人」という言葉に似たような違和感がある。

主婦やパートは社会に出てるとカウントされないのか?また、正社員で子育てし続けることが正義のように言うが…負担が多すぎないだろうか?いくらフォローしても誰にでもできる水準までハードルを落とすのは難しいのではないか?

役割分担として成り立ってきたモノ、合理化の果てにできた結果・制度を「平等」という規格に押しこんで壊すのは悪平等ではないのか?(例、ドボジョこと土木系女子を増やそうという試み、学生では女子の方が数学・科学嫌いが多いのに理系女子が少ないと叩く風潮、ムダに使いにくい男女混合名簿の存在…などなど)

 

便宜上、「女性の社会進出」という言葉を使ってるが、僕の中では「定義を用途に合わせて細分化してほしい言葉」の1つだ。

 

…「女性の社会進出」「男女平等参画」なるものが進んでも、それが「機会の平等」「選択の平等」以上、過度に追求すべきではない。

機会の平等とは「同じルールで戦い、誰が勝っても同じように勝利に報いる」ということ。100点を取った子が男でも女でも、ブスでもかわいくても同じように100点分の評価をしてあげるのが平等だ。

もちろん、勝負だけではなく「選択する機会」も平等に与えるべきだ。文系に行きたい女子が多ければ、文系の女子が増えるのは当然で、それ自体を悪く言っちゃいけない。

もしも理系女子が増えて欲しいなら理数教育を増やしたり、「専門職を獲得できたほうが女性にとっては子育て後の社会復帰がしやすい技術を手に職付けられる」などの理系の魅力をもっと説明すべきだ。教員や女子高生を悪くいうのはもちろん、政治家のせいでも企業のせいでもない。理数系とは昔から男子が多く、その事自体が問題視されてこなかった時代があるから今があるだけだ。

 

ところが、世間で言う男女平等・女性の社会進出は「選択」や「機会」を平等にする目的ではなく、恣意的に女性に無理をさせたり、無理する女性をちやほやする野蛮なシステムに見えてしょうがない。

 

何度も言うが、別に子育てしたい奴・旦那のご飯を作った後にパートして生計を立てたい奴もいれば、その事自体を批判・悲観するのはおかしな話だ。

たしかに、「女性が仕事に生きる」「有能な女性が活躍する舞台を作る」選択肢がなかった時代から見れば「女性も正社員で成り上がったり、優秀な人は会社に残り続けられるようにしよう」という試みは評価されるべきだ。

でも、みんながみんな働かないといけないようにするのは不向きな女性にとってはしんどい。選択肢を設ける事が大事なのに、人の選択を強引に持ち上げたり、見比べたりさせることでかえって選択肢を狭めさせてる世論や政治決定はかえって悪平等を招く。

 

それは男だって同じだ。

子どもができたらイクメンにならないといけないように世間から圧力がかかるが、できるやつだってできないやつだっている。

 

選択肢として「仕事ができない奴にも主夫やイクメンとしてがんばれる」というならまだしも、実際には「仕事もしろ、育児もやれ、昔みたいな消費をしろ、親も世話しろ」じゃすり減って誰も責任なんか被りたくなくなる。前向きにチャレンジもしなくなる!

 

政治やメディアが推進すべきは一部のできる人を立てるだけのシンボルとしての「男女平等」ではなく、システムとして選択肢として男だから、女だからを取り除く「男女平等」の方だ!

 

これは女性の話だけではなく、ありとあらゆるものに対して日本で何かを普及したり、広めようとする時にはシステムや機会を作るために法律改正や資金・教育の支援をするわけではなく、大々的に一部の人を宣伝するだけ。

 

でも、それがテレビでやってるとみんなそうだとか、それが未来的だと思い込まされるからおっかない。

 

 

 

そんなにキャリアウーマン、キャリアウーマンしてたいなら、女性に合った職場でやってもらいたいね。周りの人に押し付けないで個人の選択としてやって欲しい。

 

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