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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

「やりがい事が見つからない病」にかかる高校生活への傾向と対策

教育論

昼間ネットを見てたら、こんなのが回ってきた。

 

 熱中教室の茂木健一郎と現役東大生の会話の一部だが…言われてみると「やりたいことが高校時代に見つかった」と言う人をあまり見たことがない。

 

小中学校でやって来たことが認められて継続しているか、大学生以降に自分にやりたいことが見つかってがんばり始めるか…多くの場合そのどちらか。高校時代は夢を諦めたり、ハードルが高く見えて立ちすくむが多いように見受けられる。

 

この現象に対して傾向と対策を語っていく。

 

あなたは暗殺教室型?銀の匙型? 

この記事を書くにあたって超進学校出身のフォロワーさんと僕の間で意見が割れた。

 

自称進学校出身の僕…特に転校して組織レベルで自称進学校以外の何物でもない学校に所属してからは「この閉塞感はなんだろう?」と思うようになった。

逆に超進学校出身の彼は高校時代に『この変人たちの中で個性とは何か』と悩んだそうだ。この「変人達の個性」問題はスポーツ校も兼ねた自称進学校にいた時に、僕がアスリートと同じクラスで同じことを感じたことがある。

 

思い浮かべにくい人のために、参考文献を紹介したい。

まず、前者の境遇を正確に描写しているのが「暗殺教室」のE組で、後者の学校生活を描写してるのが「銀の匙」のエゾノーだ。

 暗殺教室 9 (ジャンプコミックスDIGITAL) 銀の匙 Silver Spoon(11) (少年サンデーコミックス)

この2つのマンガに出てくる主人公(たち)の共通点は「中途半端に勉強だけはできたからそこにいるが、それゆえに限界に気づいて立ちすくんでいること」だ。

 

根っからのぼんくらではないのでしょぼい学校だと好成績だったり、学校で下の方ではあるけどいいところに進学できたりする。

 でも、中途半端だと知ってるからこそ「自称進学校」にいるとそれが「自称」で、先生・生徒・何よりも自分自身が「頑張ってるふりをすることで言い訳作りをしてる」ということに気づく。勉強だけでなく全てにおいて。

 

人生そのものがソフトランディング中。言い訳やアリバイ作りを繰りした惰性の中にあって、無意識に本気や競争を避けてる。そんな連中と同じ場所にいることに気づき「ああ俺ってこの程度なんだなぁ…」と自分のちっぽけさと限界に押し込められる。

ムダではないが、言い訳をするための「努力」「思い出」で、数字や競争にこだわりきれない中途半端な高校生活。…多少の知性があれば、自分の位置に絶望していく。

  

 一方、進学校やスポーツ校など「突き抜けた何かを持っている人がいる学校」に行くと逆の悩みを持つ。「僕は勉強以外何かできる?いや、勉強すら個性と呼べるほどできるわけじゃないから、正直なにもできないなぁ…」と個性を活かす自由な校風や組織を有用に使えない自分に絶望する。

 

勉強ができることも学校で習わないレベルのことができたらキャラだが、学校で習うことができるやつなんて正直個性ではない。昨日ゲームを買ったか、今日ゲームを買ったかの差でしかない。

 

周りの人がクリアしか考えてない中で裏ワザや検証を試みたり、レビューや二次創作をすることで普及したり、あるいはゲーム自体を作ったり…何か形にしてる人を見ると単純に、ゲームをクリアすることにありがたみがなくなる。

 

進学校とは勉強に対して「テストに出る以上の何か形にしたやつら」であり、スポーツ校の体育ももはや体育を超えたセミプロの競り合い「万国人間ビックリショー」になる。(うかつに本職と競り合うと怪我するレベルで体育やるからね?ガチで)

全国区の吹奏楽部がリコーダーのテストをやるともうそれは同じものを吹いてるとは思えないほどの肺活量と滑らかな音色に変わる。

 

…ありあまる「個性」をまざまざと見せつけられると「個性とはなんだ?ゆとり教育でちやほやすることでは絶対ない。俺が彼らが幼い時から鍛えてきた個性を今から獲得できるとは到底思えない」と立ちすくんでしまう。

 

高校時代に自分沈下した組織に所属するか、突き抜けたプロがいるところに行くと「やりたいことが見つからない病」に感染し、自分を低く見積もりすぎて現象に陥る。

 

本当に怖いのは失敗よりも本気になれないこと

ホリエモンがいい事言ってたので、時間がある人は良かったらこの動画を見てみて下さい。

 

 ここで堀江さんが言う通り「やりたいことが見つからない」のではなく、「やりたいことがとてつもなくハードルが高いと思い込み、はじめから切り捨ててる」のが実情。 

 

 最近、似たような話をオタク向けに書いた記事があるからその記事も貼る。

 コミケに行って「自分もなんか作りたい」などと気の迷いをほざいてる人へ  コミケに行って「自分もなんか作りたい」などと気の迷いをほざいてる人へ - 言いたくないけど、僕が青二才です

 

 コミケでも学校でもその道の達人を見て、「何かしたいが何ができるかわからない」と思い始めて、「いや、何もできない。でも他にやりたいこと(と言う名前の実現できそうなこと)がない」と決め込んでしまう。

 

でも、本当は「失敗する、批判される、自分のちっぽけさに気づく」現実にぶち当たりたくなくて、そうやって遠ざけてるだけ。 

もちろん圧倒的な差がつきすぎてるから「同じことで競え」とは言わない。でも、根本的な所は失敗を恐れてたり、いくつかチャレンジして芽が出るように賭ける感覚を圧倒的な力の差・組織レベルで本気から遠ざかってる場所の空気感を前に失ってる。

 

むしろ、自分達が「個性」だと思うほど突き抜けてる人でさえ、自分の知らない所では「失敗や負けを通って個性と呼ばれるレベルになる」のにさ…。

 

だから、今から進学する人には「なるべく個性的な人がいる所」に行って、突き抜けてる人の空気感を見てきて欲しいし、もう進学した人には「すごいやりたいものでなくてもいいから、何となーく面白そう・やってみたいもの」を手近なところからとりかかって自分の中で「本気をだすこと」を忘れないでほしいと思うわけだ。

 

それでもしたいことが見つからなかったら、勉強でも学校が薦めてることでもいい!本気でやっておけば、それは無駄にならずに使える時が来るから。

 

ムダなことは1つもない。ムダにしてるのはお前らだ。

スポーツ校での担任の口癖。実際、自称進学校で悶々とした思い出や鬱屈した感情、あるいはそこでの観察や人間模様は不愉快そのもので、当時は不安に思ったけど役に立った。

 

本当に怖いのは本気になれないことであり、努力を言い訳にしようとしてる空気に気づけないことだ。

 

自称進学校にいる人はダメな空気を噛み締めつつ外の世界に目を向けて欲しい。自称進学校の中にいるとどんどん本気の意味がわからなくなっていくが、くだらない場所のくだらない空気でもやもやした体験は外の世界に行った時に突き抜けるバネになるから。

進学校・スポーツ校にいる人は「個性」がある人が持ってる空気感を大事にしてほしい。自分が今何も持ってなくても、その人達が持ってる空気感は何かしたい時、何かしてる場所に行って必ず役に立ち、本気になれた時に彼らと同じ空気があるところに向かっていくから!

 

 ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく

 

 堀江さんの生い立ちの話についてはこの本が詳しい。

天才であることは間違いないのだが、その過程で鬱屈した感情をちゃんと噛み締めてたからこそバネにして伸びた部分もとても大きい。

 

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