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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

アニメの教育的意義は想像力と共感を引き出すところにあるのでは?


よく「不健全な出版物を規制しろ」「お下品なアニメを規制しなさい」と言う話が回ってくる。日本のアニメに於いてその最右翼は「クレヨンしんちゃん」で度々PTAから圧力を受けてきた。

 

しんちゃんアニメで育った僕には「妹がいて、同じぐらいの歳の差だった僕にお兄ちゃんとかんがえてることがダブって、共感できて励みになった」という感謝の気持ちでいっぱいなのに、なぜかPTAでは悪い部分しか子どもが真似しないように言われる。

 

筋違いな理由で放送の自粛を求める親はどうも万国共通で、おとなり台湾ではこんなニュースが出ている。

海外で「ドラえもんはイジメを助長」と放送中止のピンチ!? 保護者らの声を受け行政が調査へ / ネットの声「わかってない。のび太はどう見ても勝ち組」  海外で「ドラえもんはイジメを助長」と放送中止のピンチ!? 保護者らの声を受け行政が調査へ / ネットの声「わかってない。のび太はどう見ても勝ち組」 | ロケットニュース24 

 

中でも酷い批判がこれ。

発端はあるブログ記事であるようだ。そのブログで、「『ドラえもん』はいじめを助長している。子供に悪影響だ」という指摘の声があがったという。

・「のび太スネ夫ジャイアンも理想の子供ではない」
そのブログでは、何かあるとすぐに泣きつくのび太、自慢ばかりするスネ夫、気に入らないと暴力を振るうジャイアン……彼ら3人はいずれも「理想の子供像ではない」と指摘されているそうだ。

また、ジャイアンはいじめっ子の典型だし、直接暴力を振るわないものの、スネ夫ジャイアンに同調する行動もりっぱないじめ。そんな人間関係を長期間見続けると、子供に影響があるに違いない、だから見せたくないということらしい。

 

欠点のある人間ばかりがはびこる世の中で、自分も含め「欠点のある人間」を考えさせない 事の方が不健全では?

 

ジャイアンのようなズレたことをする友達/上司なんか大人になればたくさんいて、スネオのようなことなかれ主義で長いものに巻かれる人も多い。

何よりも象徴的なのはいじめっ子ののび太くんが道具を出してもらった途端にとことんまでジャイアンやスネオを痛めつけようとする人間らしさ。

 

それらはとても現実的な描写であり、観察された人間模様だ。

大山のぶ代さんが降板してからのドラえもんのび太くんが宿題をするというキャラ崩壊(改悪)を遂げてしまったけど、のび太ジャイアンがだめでちゃんと酷い目にあう所にあの話の面白さがあるのだよ!

 

ちなみに、僕は20代前半で最後の「大山のぶ代ドラえもん世代」で、口が悪いドラえもんが出てくる「ドラえもん原作世代」よりは多少健全化されたドラえもんを基準にしてる。ドラえもんファンの過激派は「ドラえもんのび太をなじらなくなった時点でダメ」とキレるだろうけど…僕はそこまでのスタンスではない。

  • フィクションは規範ではなく、想定 

よくよく勘違いしているのはフィクションに教育的価値を求めるとしたら、それは「正しい規範を示すこと」よりもむしろ「人々の想像力の先を描くことで、色んな事を考えること」だ。

 

ブログのような書き物も、イラストもその点は同じだ。

 

冷静に考えてみてみてくださいよ…。正しいことだけを当たり前にやるだけのマンガなんか何も面白くないよ?

宿題をやるのび太くん、お金持ちで気前の良さをみんなに示すスネオくん、自分の音痴を認めて謝るジャイアン…何が面白い?もしくはどこに共感がある?

 

宿題が出たら「めんどくさい」「やりたくない」「なんか楽にやる方法はないか?」ということは不健全と言われてもだれだって考える。それの何がおかしい?

 

みんながお手本通りに振る舞うフィクションなんかどの登場人物にも共感できず、ダメな人やできない人がどこへ行っても「自分が悪い」「甘えだ」「怠惰だからだ」と厳しく罵られるしかなくなる。

…小学校帰ってきてそんなアニメをゴールデンタイムに見て楽しい子どもなんかいるのか?もしくは「宿題をしてるのび太くんを見習おう」とか思うのか?それこそ親が押し付けたいだけじゃないのか?

 

最近、話題になった「子どもにこわーい声で電話が来るサービス」と同じで、親がやりたくない怒る・子どもに耳障りの悪い事を言う…それらをアニメにやりたくない親のためにアニメがあるんじゃない。

 

創作物はお母さんの便利ツールじゃない。もっと想像力をかきたてる事・考える力を養う価値があって、「活字を読め」と言われる。

そもそも、世の人は年に五冊も読んでない人が大多数を占めるから知られてないが、文学の名作って意外としょーもなかったり、不健全だったりする。

 

ドラえもんが不道徳な人物がどうこう…という人に言いたいね。子どもでもわかる・怖くない形で、教科書にも掲載される芥川龍之介の「羅生門」「クモの糸」を描くと、TV版のドラえもんになるんだと。

ほとんどの人は根は良い人だけど、クモの糸が垂れれば自分は助かりたいと思い、追い詰められれば老婆の服を剥ぎ取る。

 

ドラえもんに道具をもらう前・後両方を描くことで立場の逆転や人間模様の豹変を描くことは極めて文学的な営みであり、高度な人間観察で想像力を大きくかきたてている。それを小学生にもわかる隠喩として盛り込んでいくドラえもんという作品はとても教育的だ。

 

フィクションの教育的価値は「愚かさを正すこと」よりもむしろ「どんな時に人は愚かしいことを考えるか」「良い人・悪気がない人がどのように迷惑をかけているか」にこそ本質がある。

 

それは少年マンガのようなサクセスストーリーだって一緒だ。ある程度ダメな部分があったり、人間模様が変わったりするから面白いのであって、単純な勝利・敗北を楽しんで作品を見ている人なんかそうはいない。

 

どれだけ技術が進んでも、人間同士顔を突き合わせて生きてる限りは、人間が豹変することや立場と一緒に態度も変わることを想像する事はとても大事なことだ。

 

ドラえもんクレヨンしんちゃんも映画・テレビともにそんな教訓が全面的に押し出された教育的な作品だ。

 

表面的に下品なことがダメなら、石橋貴明江頭2:50志村けんをテレビから追い出してからどうぞ。

彼らの方がずっと教訓もなく想像力もかき立てない下品なコント屋だと思うよ?フィクションでも未完成の子どもでもなく、大の大人がセクハラされたり、いじめに近いいじりをして笑いを取る方が僕から見れば、不健全だ!

 

フィクションと現実を悪い意味で混同しているのは規制派の方で、子どもは作者のメッセージや作品を通じて想像力を養って、健全に育ってるよ!

不健全なのは規制派の想像力とやましい大人のエゴでは?

 

 PTAのバカ親に僕はこれをとにかく見せたいので、これを張っておく。

ドラえもんを貼ることも考えたけど、日本でドラえもんを不健全だという人のほうが少数派だから、僕がしんちゃんの中で「すべての映画を通じて最も泣ける作品の1つ」を張っておく。