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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

人と戦ってる時点で、程度が低いんだよ…


結果論的には自己啓発的な記事だ。正直言って説教臭い。

 

でも、僕が最近イライラしている理由を語りたくてこんな説教を書き殴って見たくなった。僕ごときが人様に説教したり、結果や成功、あるいは責任を語るなんておこがましいと思うが最後まで聞いて欲しい。

 

特に大学生に言いたい。受験を勝ち抜いたり、就活で高倍率な就職先を勝ち取って「俺たちすごくね?」とか浮かれてる連中に言いたい。

「みんなそうだ。だから、君らの立ってる場所はそれがどれだけすごくてもスタートラインでしかないんだ」

と。

 

  •  勝利は強者の義務。本質はただ山を登るのみ!

自慢話と取られてもしかたない話だが、僕は最近ブログを書くのが辛い。

ブログの知名度が上がり、購読者が病む前から2倍増になった結果、ある程度人気の記事を期待して来てる人に応えたいと願うようになったからだ。

 

ブログ界隈でファンができる事も、人気がでることも、アクセスを増やすのも僕の願ったことだけど、僕がそれだけ結果を出して気づいたのは

「結果は当然であり、プレッシャーは人気や結果を出す人間にとっては萎縮しうるものではなく背負うべき義務だ。人様が敬意を払う、数字を提供してくれる事は恩恵ではなく、期待の先払いだ!その域にも達してない自分にはもったいないものだ」

ということ。見下してるや自慢なんて余裕のあるものではない。3300人のフォロワーと(Feedlyはてなブログ合わせて)500人超の購読者を抱えた今の僕は重圧と義務感を前にただ謙虚に「精進せねば」と読者の方に頭が下がる思いが胸いっぱいに溢れて、こういう気持ちになっているまでだ。人様に自慢する余裕もそんな実績もない。

 

なぜなら、金をもらって書いたわけでも、本を出せたわけでもない小さい成功体験でしかないからだ。そして、僕の持ってるモノなんか狭い世界の狭い義務感だ。

 

それだけ聞くと窮屈に思うやもしれぬ。

 

だが、それこそがクオリティを維持・向上させて「もっと高く飛びたい」と言う自分に対する挑戦心になって、次の楽しみと結果…そして美を生み出す。

 

僕の人生を振り返ると「努力で高い順位・満足行く結果を得た時は、いつも相手よりも自分自身の記録を打ち破りたい」という野心に燃えていき、いつしか他人がどうでも良くなり名前を出す数が日に日に減ってた。

 

自慢話乙、人それぞれ、必ずしもそうではない…好きなように言えばいい。

 

ただ、プレッシャーも背負ってない人の「俺ってすごくない?」「誰々より、何万人より勝ち抜いて俺がいるんだ」などの妄言にはまるで童貞を見ているような生暖かさと哀れみしか感じない。

 

成功と性交は感覚と匂い…何より体で覚える。口で説明できるが、説明しても体験したことのない人には一生涯わかることのない緊張と開放を体で覚える。

 

そして、大事なのは継続すること。自分でもわからないうちに、少し結果を出すのではなく、結果を出し続けるプレッシャーにもみくちゃにされてもなお、その束縛を楽しみ切って結果を積み重ねること!

 

就活の内定、受験の合格…そんなものは一度切りであり就活については正直合格する理由なんていつも後になってスキルを使わなくなる頃まで理解できてないもの。

 

仕事でも、趣味でも、周りの人から期待の視線を浴びてそれに対する期待を上げ続けることとはまるで違う。テストで落ちようが、就活で落ちようが背徳感や謝りたい気持ちに押しつぶされるような思いはしない。

でも、自分自身で得意なものがあって同級生なり、職場なり、あるいは名前しか知らないネット民でもいい。誰かが僕に期待をした途端に僕自身で「僕は人の期待に答えられる力と義務と、何よりもプライドが芽生える。それをできない自分がいるとしたらそんなの悔しいよ!」と思うようになる。

 

自意識過剰でもいいよ。その性格が悩みにもやる気にもなって、読者や読者を意識している自分のことを前に結果を出そうと励むのだから。

みんながみんなそうなのかもしれない。しかし、少しでも結果と期待そして、自分自身のスタイルに悩まずに収めたような勝利で浮かれるひととは一緒にされたくない。

 

誰かに勝った?そこに立ってる奴はみんな勝ってる?テレビ局内定者しかテレビ局にはいないし、東大合格者数しか東大にはいない。そこで浮かれてるひと、自分のことをすごいとほざく前に一皮むけなよ?学生気分という名の童貞を卒業しなよ…と僕よりもすごい経歴を持ってる相手に対してもそう思う。

 

若さや気分の問題であるのはわかる。

ただ、僕は君らの言う「俺達はすごいんだ」に期待するからこそ

「本当にすごいなら続けてよ、期待してるから答えてよ!日本をいい方向にリードして見せてよ」

とエールを送りたいだけ。エールを脳天気に受け止めるヤツには伝わらなくても、本当に結果を出すことの意味・重圧を知ってるひとは僕の言葉に身震いや頭の下がるような思いで受け止めてくれるはずだ。

 

僕は意地悪で無神経だと評判だが、根はいいやつ・誠実・優しいとも評判だ。

だから、誠心誠意応援して、無神経とも取れることをわざと言って嫌われてやるよ!

 

がんばらなくていいさ。ただただ、僕は期待してる。期待してるから期待を裏切ったら怒り、結果を出しても「流石です」と微笑や小さな褒め言葉で返す。

 

それが結果を出す使命を自分と周囲の期待ゆえに背負った人の宿命だ!

その緊張感と結果を出すための努力・戦術を楽しめない人は人前に立つために技能を磨くのを辞めて歩調を合わせて生きていくといい。

 

どんな小さいことでも立て続けに人を驚かせる結果、人々を惹きつけ敬意を払われるようなことをしてる人は常に戦ってる。

 

相手は部外者でも、同僚でも、業界でも…ましてや記録でもない。自分だよ。自分が目の前にいる人の期待に応える事と、自分なりの美を探求して具現化することだ。

 

通過ポイントで他人を標的にするのはいいが、つまらない意地の張り合いやメンツを誇示するために他人と張り合うなら…その人は三流だよ。ライバルにも友達にもしちゃいけない。

視野が狭い人には期待の声が届かないし、いい意味での重圧も感じられない。そんな人のレベルに本当にすごいと言い切るような人物は合わせちゃいけない。

 

 

 ・インスパイア

「オレたち、すごくね?」キー局内定者飲み会での傲慢トークの一部始終(水島宏明)  「オレたち、すごくね?」キー局内定者飲み会での傲慢トークの一部始終(水島宏明) - 個人 - Yahoo!ニュース 

嘘かホントかは知らない。けど、よく見かけて、自分が若い時にした覚えがあって「なんてチェリーボーイなんだ」 と思ったから書いた。

 

 

 清原先生がイチローについて語ってる言葉の意味をやっと最近理解できるようになった。