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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

そこそこのレベルの人が来るオフ会に行く度にモヤモヤすること

オフ会

半年ほど前におおつねさんがブロガーサミットで登壇して、ツイッターの様子を「花見っぽい」と述べた節が残ってる

 

サイボウズ式のオフ会に行って、僕が感じた事にかなり近い。

 

「座談会を口実に集まる飲み会」というのがはせおやさいさんがメインに出るイベントでの立ち位置ではあるため、批判する気はない。いや、僕自身座談会と飲み会でも違う収穫をして帰れるから毎回参加してる。

 

だから、悪口でも要望でもない。当然、これからも気になるイベントであればいく。

 

ただ徳力さんクラスの人が仕切るブロガーサミットも、はせおやさいさん及びサイボウズ式のイベントも、有村さんとお茶してた時にも…僕には大差なく「同じもの」に見える。

 

その「同じもの」の先がどうやったらできるか?とか、どうしてそこに来てしまうのか?ということが行くたびに気になるので、個人的に持論を語ってみたい。

  •  僕らは1000人に一人いるかどうかのブログ管理人

うちのブログのはてなブックマーク総数は8400を超え、本気で毎日書き続けるとはてなブックマークを毎日のように賑わす程度の実力がある。(というより、複数回やった)

 

参考記録だが、今回行ってきたイベントの登壇者であるファーレンハイトさんのブログ「My Favorite, Addict and Rhetoric Lovers Only」で9700ほど。(参考記録、はせおやさいさんのブログが2万5000、脱社畜ブログは4万3000ほど。)

 

みんなジャンル、更新のスタイルも違うため単純な比較はできないよ。

でも、何が言いたいかというと「別にライターのお誘いは頂いてないが、ブログとしてヒットした経験なら遅れはとりません。ある程度語れます」という事。

 

そして、そこまでヒットした経験をするための試行錯誤を多少はしてる。

僕も登壇されていた人達も以前から有名人だったわけではないが、読者次第ではタレントや評論家のブログと互角か、それ以上の人気を持ってる。

 

当然、人気があって呼ばれたこと・普段同じことを考えている人ばかり集めるのだから「人気を持つまでに試行錯誤した話、普段考えている話」が中心になる。

 

でも、これにモヤモヤする。もちろん、僕は書籍化とか、営業かけてブログで食ってる人の話は面白い。話も期待している。そのぐらい上位の経験値は僕にはないから「え、裏話教えて」となる。

 

でも、はてブ数3000以上のブログ管理人ならおおよそ体験している「アクセスを稼ぐための試行錯誤」「ヒットさせるためのコツ」みたいな話は…正直どこに行っても聞けてるような気がする。実際、後々聞いてみると「そこまでブログを熱心にやってないから、全然違う世界を見た気がする。」と答える人もたくさん見かける。

 

新鮮という意味もあれば、親近感がわかないという意味もある。

 

ブログパーツ何かを見た限り、全体の1000人に一人ぐらいのヒットを出した人のあるあるネタは良くも悪くもそれらに興味のない人にはわかりにくい気がする。何か「さわり」がないと、足りない気がしてる。 

  •  さて、どうやって入っていくべきか?

「親近感を抱くとっかかり」がブログの内容/思いつくまでの話でいいと思う。

「それをつくるまでの話をじっくりしてもいいのかな」と内容に興味を持って読む人が来る以上、それを伝えるレトリックの前に、気持ちの共有から入ってもいい気がしてる。

 

 ひとつのヒット記事の誕生・あるいはジャンルを確立するまでの話何かをふくらませて、話題にしてもいいのかな?と思う。

 

 実際、ありふれた日常しか僕にも、僕よりもっと人気な人にもない。それを普通に書くことはほとんどの人にもできる。

ただ、ブログのイベントでは「誰もが抱く平凡な気持ち」というスタートラインを軽く見てしまってる気がする。

 

アクセスが増える・読者が増えるということが「誰もが抱く平凡な気持ち」…特に「話したい」「共感して欲しい」と熱っぽく変化していくまでの段取りをもっと語って欲しいと僕は思ってる。 

 

普通に書いたらヒットしないはずの経験を「調査してウケる文を研究した」とか、釣りがどうと言う話もブログをよく書いている人にしか伝わらない細かい話にみえる。 

 

「解像度を上げて」とファーレンハイトさんが言い、ペルソナマーケティングをすべきと脱社畜さんが言ってた。それ自体は正しく、僕自身もしてる。けど、もっと細かい自分の中の小競り合いの話みたいなのが説明する段取りで必要がある。

 

僕の例で言えば、最近お寿司の記事がそこそこヒットした。

食にうるさくなくても、寿司屋と回転寿司の違いや、行くたびに「もっとこんなのが欲しい」「これはすごいと思う」という考え方を書いて、そこそこ反響を頂いた。

 

確かにファーレンハイトさんの言うように「解像度をあげるため」に寿司と回転寿司を時間をかけて往復して「年配者が見ても恥ずかしくない体験を語る」ことに努めた。

社畜さんの言うように「ペルソナマーケティング」として、味のわからない人に不満な理屈っぽい人達を巻き込むことをシミュレーションしながら書いた。

 

ここまでは昨日座談会で出た話。

でも、きっとヒットなんて考えてないブロガーさんが知りたいのは「そこまでやって、何が起きるのか」で、それが説明されてない。「それをどう説明したらいいか?」で僕は悩んでる。別に人前で話す予定はないけど、もっとどうにかならんか?とは内心引っかかってる。

 

で、ここからが自分なりの答え。

ブログをヒットさせるとは部屋…それも本棚や机の片付けのようなもの。

部屋を片付けなくても配置がわかっていれば、使いたいものが使えれば問題ない。しかし、敢えて掃除する。

 

掃除しているうちに見つからないものが見つかったり、片付け中に小休止で余計なものに手をつけて癒されてみたり…このように「片付いた」結果以外の達成感がある。ブログ自体の楽しさや身につくスキルは「知識と体験という本棚を整理していく行為」にこそあると信じている。

 

一言で言えるような言いたいこと・気になることを調べ始めたつもりが、どんどん考えや好奇心が広がっていく。この段取りが楽しいから続け、そして人には言えないけど、一人でその楽しみを持ってる人がブログに書くことでつながれる。

 

そのために、ブログはヒットしていたほうがいいし、より気持ちよく知識や経験を整理できる文章がかけたほうが一層に「ブログを楽しむ」ことができる。

 

寿司屋の話で言えば、ヒットしたことで自分の食事するうえでの不満や感動がみんなが思っていることであることや気にかけていることがわかった。そして、調べている過程では寿司や魚について以外と知っているような顔をして知らない人・気づいてない人が多いことにも気づいた。(「握る」の意味なんか特にね。)

 

そんな外堀の話をそろそろ誰かがするブログ座談会があってもいい頃だと僕は思うんだ。

 

僕みたいなインチキ臭いやつじゃなくて、美男美女のまともなブロガーさんがさ。

 

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 このマンガがまさに僕の言ってるようなことを書評の世界で体現してると思う。

「本の付き合い方」みたいなところに着眼して書評をやってるところがね