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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

やりたいことがそこらへんに落ちてると思うなよ!


いや~さ、なんかモヤモヤするものを見つけてしまったから言及したいのよ。

 

 クリエイターと呼ばれる職業を何年かやっているのですが クリエイターと呼ばれる職業を何年かやっているのですが

 

 この記事自体はとてもいい記事だと思うんだけど、ここで言及されてる次のような奴が僕には理解できないのよね…。

 

クリエイター系の専門学校だったので「俺子供の頃から漫画ゲームで育ってきたし最適の職業だと思うんだよね」というようなことを言っていた人がたくさんいたがそう言った彼らの多くはニートフリーター卒業後の行方を知らない。

職についても「俺はこんなゲームをつくりたいんじゃない!売れなくても面白いゲームが作りたいんだ」とかいってやめた。

クリエイティブ職業における夢みたいな感じのもの押し付けられる感がもやっとしてるのかも。

 

 

この手の人種に対し、筆者は「クリエイターだって立派なビジネスでお客さんの要望に応えて仕事するんだ」とわだかまりを語っている。

 

わだかまりは僕も同感だけど、僕が更にもやっとするところは「売れなくても…」という言い方。なぜに面白いことと売れないことが相反するの?もしくは相反する現実を見たときに軌道修正して認めさせようとしないの?

 

そりゃ、仕事だからしたくない仕事が回ってくることもある。サークル活動じゃないのだ!降りること・断ることができない場合もある。

 

しかしだ!お金を稼いでる、稼いでないに関わらず、自分のやりたいことを認めさせようとする前に言い訳したり、殻にこもろうとする態度が僕は好きになれないのよ…

  •  僕が幅広いジャンルのネタを書く理由

ブログのセオリーから言えば、理屈っぽいブログを書く場合自分の得意分野に特化したほうが注目を集めやすい。

 

しかし、僕の場合はウェブ系技術以外のことはおおよそ言及している。

 

普通にやれば、埋没したりその道のファンにしか読まれないような同人誌・フリーゲームのようなジャンルから、誰もが読むようなニュースの話題まで幅広くしてる。

 

なかなか幅広い読者がつくりにくいうつ病や映画の話についても、

 

 

生活はかかってないけど、僕の場合はアクセス数や広告収入を意識する関係で「好きなものを作りたい」だけで記事を書く事はしない。

人気のないジャンルでもヒットや話題性を生むための工夫をして、いくつかはヒットさせた。ヒットしない記事でも作者に紹介されたり、自分と考えや悩みを共有する方からのタレコミ・コメントを集めることができてる。

 

自慢話がしたいのではない。

「売れなくても…」なんて気持ちでやる前に、精一杯考えて提案して欲しい。本当に好きならば、認めさせるための努力をして自分のやりたいことに自分が関わっていく環境を作って欲しい。

 

僕はそれができると思っているだけのことだ。自分自身、売れようと思って売れた記事よりも「書くべきことを書いて、わかる人に納得してもらいたい」と思って書いた記事の方が高確率で結果を出している。

 

確かに、「やりたいこと」というのは感情的な足かせであり、ビジネスや評価・人気取りと相反することも大いにある。

「すべきこと」をしても、上司の顔色や会社組織の事情で低く見られたり、逆鱗に触れることだってある。

 

ネットだとこれが「評価が上がる(下がる)」だけでいい。だが、人間同士がやり取りして作る仕事では圧力のかかり方がキツくなるため、結局は「人を見てないと仕事なんかできない」という結論に僕はブラック企業にいた時に至った。

 

しかし、感情や私情も人や仕事場に認めさせてしまえば、すんなりと仕事の中に入れてしまうことができる。そして、器用にもそんな関係作りがうまくて、会社の中にいても「窮屈じゃないよ」とか、「会社のお金でこんなことできるなんて…」と喜んでる人もいる。

 

何が言いたいかというと「認めさせるということを意識して、取り組めばやりたいこと・欲しい待遇はたとえ言い出しにくいものであっても、手に入れることができる」という事。

 

会社組織でも、ネットの中の有象無象を相手にする時でも同じ。

空気が読めなかったり、過去と事情が違っていたため、逆風になる経験もしたが、したいことの一部を結果とともにやってみせた時はだいたい認めてもらえる。事情が違って、承認されない時でもそれなりの理解は示してもらえる。

 

勝負する前から自分のしたいことに折り合いをつける勇気もなく「売れなくても…」「俺には向いてないんだ」と背を向ける態度を取る人は「したいことをするためにどうしたらいいか?」を自発的に考えてないんじゃないかな?

 

不愉快だよ。

 

本当にしたいなら、認めさせなよ!

個人レベルであれば、ネットや自分の活動で始められることもある。

会社の中であればコツコツと自信や信用を積み重ねて行きつつ、そこにやりたいことの一部を混ぜながらアピールしていきなよ。

 

やりたいことが与えられるもの・そこらへんに落ちてるものだと思ってるんじゃないよ!勝ち取れよ!評価もお金も裁量も。

 

なんで、それだけの意思もない人がクリエイターなんて、自分の仕事に大きく個性が出てくる仕事なんかできるわけ?

「したくない仕事を我慢することができない」ということをクリエイター志望者を批判する時に言われるけど、僕は違うと思う。

 

本質はむしろ逆のところにありそう。

 

「したい仕事をするために、不慣れな仕事や練習に耐えたり、他人を認めさせるだけの根性や情熱がそもそも湧かない程度しかしたくない人」なだけ。

だから、よしんばしたい通りの作品を作らせたとしてもそう言う人はきっとバックレるか、ふわふわした提案しか持ってなくて周りを困らせる。

 

四六時中それのことしか考えられない「○○バカ」なら、そのことを考え続けた挙句成長していくはずだ。けど、きっとそんなストイックさは持ち合わせていない人の「やりたい」なんて言葉にどの程度信用があるんだろう?

 

クリエイターと呼ばれる仕事の志望者や、上達しないくせに色んなことを語る趣味の人を「ワナビー(気取り)」などと揶揄されることがあるが…僕はその言葉が嫌い。

 

最初はそれでもいいよ。はじめから上手い奴なんかいるわけもなく、就職活動のように高尚な志望動機を言わないとダメである状態こそが狂ってる。

 

でもだ!でも、仕事を始めたあとも打ち込む様子もなく一向にふわふわしてうまくならない人、うまくもならないのに伸びている人・プロを斜に構えて批判する趣味の人を侮蔑したい人の気持ちはわかるなぁ…。

 

趣味であれ、仕事であれ、自分の好きなもの・したいことを強く持ってるなら言い訳にしないで自分のしたいことを認めさせようとアグレッシブになっていくはずだからね…。

 

それさえない人が「したいことができない」と言い張る言い訳と違って、どんどんしたたかになっていくはずさ…。

 

 夢をかなえる。

 

個人的に「ブログなんかお金になんないよ!」という批判をプロブロガーの話・アフィリエイトの話などで見かけるたびに、「いや、ライターに転向できた人や著書を出した人もいるブロガーより、もっと食べていけてない女子サッカーが金メダル取ってんだぞ!本当にしたいことがあるなら今現在の損得を気にする前にやってみろや!」といつも思ってます…まぁ、あくまで僕個人の考えですが。