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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

ラブコメの魅力を「女子からの好意」「モテること」に見出すのは、つまらない

アニメ ラノベ

ツイッターで僕が思ってることを掘り起こしてくれるいいつぶやきを見つけたから紹介させてほしい。

 

 SAOがわかんない僕みたいな人のために、ちょっと別作品に直してみましょう。

 

 

他に化物語やIS。(あとは実写だけど「桐島、部活やめるってよ」もそう。)…「織田信奈の野望」がボーダーライン、「僕は友達が少ない」はギリギリ圏外だとしても、バカな男子向けの「モテるという事実が大事なラブコメ要素」はつまらない。

 

 

それを「何がどうつまらないのか」をごちゃごちゃ言いながら、「今の子はこういう作品をこういうふうに見ろよ!」と言う老害に片足突っ込んだようなだけど、言いたいので言わせて。

 

最近、これをちゃんと言葉にまとめる奴が減っちゃったので。(最近はいないだけで、新しい話ではない)

 

  •  ラブコメはむしろ好意より揺らぎを描いてほしい

間違いがありそうだから先に言い切るが、「ハーレムだからだめ」じゃない。

 

ハーレムがダメなら「僕は友達が少ない」もダメな例に入れてるがソレをせず、禁書や化物語、ISなどのラブコメ要素をどうして好きになれないか?

それは「男女それぞれの揺らぎを描かないから」だ。特に禁書とISが露骨なのだが…ブコメ要素が描かれているのに、女子の好意を「嫌がらせしてるか、ホモ野郎かでなければ説明がつかない」ほど無視してみせる。

 

ホモなの?と疑念を抱きながら続きを見ていたら、なんと男の方が「唐変木」なだけだという。つまり、両思いの恋愛がちゃんと始まってない。

そんな状態で女の子がクネクネと片思いを一方的にぶつけるような内容が、一部のハーレム作品・俺TUEEE作品(でかつ、モテる作品)では繰り返され、憧れる男子がいるそうだ。

 

序盤で「織田信奈の野望」はボーダーラインと言った理由は主人公側にも信奈に好かれたいという願望から揺らぎがあるから。(ただ、信奈以外のキャラからの好意には鈍く、ラブコメらしい両思いな感じや付かず離れずの生暖かい空気が流れないことから、ラブコメ要素が完璧に機能していると言い難いから「ボーダーライン」という言い方をした)

 

一方、ちゃんとしたラブコメ要素があると「僕は友達が少ない」に感じている理由は読み進めていくに連れて「ラブコメ要素を登場人物達がわざと拒んでいる」ということを明らかにしているためだ。

「メタラブコメ」(ラブコメ要素・ラブコメ的心情を傍観者のように俯瞰してその状態から逃げる心理)というくくりでまとめる人もいるが…これは底が浅い作品とはまたぜんぜん違う定義で論じられるべきものだ。

 

低俗なモテ作品ならば、そもそも恋が始まってない(主人公が主体的に選択せず、女子の言うがままになってるだけ)。

しかし、これがメタラブコメになると「恋愛からの逃避」となり、友達として付き合っていく事・恋愛関係を持ち込んで友情に揺らぎを加える事を拒否する選択をしている。

 

相手に要望を伝えたり、要望以前に自分や相手に嘘をついたり、何が言いたいかもまとまらずイラつく「揺らぎ」、そして恋仲になったらなったでお互いにわかっていながらもわざと口裏を合わせて空気に振り回される「思わせぶりな会話」などがラブコメ要素をふくらませていく。

 

ツイッターで語っているときはエヴァtrue tearsを好例に挙げたが、これは前者の「揺らぎ」の部分の方だ。エヴァの方が有名だからエヴァで説明する。シンジとアスカの関係…むしろ、アスカの恋愛観は好きとか嫌いとか、浅ましいラブコメにありがちな好意でも、何が愛らしいか…という萌えの話でもない。

 

語りかけてから

「(アニオタの中では最凶の知識量とこじらせを誇る)ガイナックスファンを敵に回して死にたくない」

という恐怖したから、エッセンスしか言わない。深い解釈を言おうとすると、ブログのコメント欄が宗教戦争になるから、肝心なところだけ言うぞ。

 

あの二人は恋仲ではないのよ。恋仲ではないどころか、本編中で何度か喧嘩してるわけ。喧嘩してるが、シンジ元気のないアスカ見ると「いつものようにバカにしてよ」と言う。逆にアスカもアスカでまんざらでもなく接していたり「シンジ、キスしようか」なんて台詞がある。

 

アスカは表面上のコミュニケーションだけで見れば、退屈(という誤解を招くような口実)で好きでもない男子とキスしたり、好きな相手には小さく膨らんだ胸を魅せつけるような人だけど…内面的なガードは恐ろしく硬い。

彼女の中にある恋愛観や(頭脳や能力ではなく人格的、人間的に)「誰かに認めてほしい」欲求の強さから出て来る強い揺らぎが行動や嫌悪感として出てくるからあのキャラクターは深い。

 

私もエヴァを初めてみた時はウザキャラの部類だと思ってみた。だが、後にかまともな作品、もうちょっと親切に「揺らぎ」を説明してくれる作品郡を見てアスカ観(シンアス観)がかわった。

「好きにも種類がある」し、「愛情表現にも相手がビビってしまうものもある」し、「一見すると望むべきじゃないことを相手に望んでしまう事・自分自身との関係の中では誰も羨ましそうに見えなくても幸せに思えること」があるのだなぁ…と。

 

化物語は少しだけそこへ踏み込んでいる。アララギというキャラクターがそれを意図したり、その立ち位置を維持するために葛藤したりする描写が少ないから「低俗なモテ要素」に見えてしまうが…相関図で見たり、好意の形を細かく考えてみるとあの作品はあの作品のバランス感覚があって面白い。

true tearsのアニメは更にそれをわかりやすい形にしてる。主人公の葛藤なり、「好きの形」というところに比重を置き、単純に羨ましい「モテ」に納めてないところが面白い。

 

ブコメをモテることではない。もっとシンプルな思いやりや人間関係のもつれ・ボタンの掛け違いとしてみると奥が深いが、なぜか記号的で単純な色分け…極端に言えば、「Yes/Noまくら」ぐらいの安直さでラブコメ要素を表現・説明してしまうのが寂しく感じる時があるのさ。

 

  • 本当にしたい奴が「Yes/Noまくら」使うか?

揺らぎとは似ているけど、少し違うのが「狼と香辛料」や「涼宮ハルヒシリーズ」のように「本心は揺らいでないけど、気づいて欲しい・言い出してほしいからわざと揺らいで見せる」という種類のラブコメ要素だ。

 

単純にモテるだけの作品だと、女の子が一方的な願望と仕掛けだから「女心」と説明されるけど、別に男だって口にしないけどその気になってほしい・いいかっこさせて欲しいみたいな心情はある。

 

それをもうちょっと具体的に言うと次の記事みたいな話になる。

僕は風俗・お水での童貞卒業なんか絶対に認めない! - とある青二才の斜方前進 僕は風俗・お水での童貞卒業なんか絶対に認めない! - とある青二才の斜方前進 

別に恋愛でもお見合いでもいいから「恋路」をくぐり抜けてない人が、物理的につながったり、見たことないソレをみたから「僕は大人の階段登りました」とか「女の子のことをわかってる」と言われると…キレそう。

キレないけど、「はいはい」といなす程度には興味がなくなる。

 

「Yes/Noまくら」は関係がかたまってたり、それほどムードを大事にしない・恥じらいなく言い出せるという状況下ではいいのかもしれない。

でも、する時なり一歩進んだこと・変わったことに誘い込む・踏み入れて行く時はお互い「手を引いて欲しい」「本音はそうだけど恥ずかしくて口に出したら萎える」ものだ。

両思いでさえない、恋が始まってなければ、相手に対して気持ちや態度が揺らいだこともなく、揺らいでいるフリもしたことがない…そんな恋愛モノはつまらない。

 

「バーチャルだから」という理由ではない。「自分から楽しむ事・恋愛や恋路を二人で作っていくものだ」というスタートラインにさえ立とうとしないところが、好きになれないのさ。

 

 

 作品が完結しちゃったせいでこれからどんどん埋没しそうだから、敢えてこれを貼る。

 

ブログでは言及しなかったけど、荒川弘作品(ハガレン銀の匙)におけるラブコメ要素はとても奥が深くていいよ。あの、あれこれ考えぬいて見事に空振りする情けない感じ(でも、それは待ち望んだ台詞だから嬉しい)という空気が好きです。