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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

ぼくらはゲーム会社の何にお金を払っているんだろう?


最近、フリーゲームのレビューに力を入れたいと思い、ゲームをたくさんやった。

前々から実況プレイ動画でフリーゲームの存在やゲームの進、え方などはたくさん観てきたが…自分でやると思っていたことが確信に変わった。

 

そこで1つ、思っていることを整理しながら、フリーゲームと今のソフトメーカーの立ち位置などを語っていきたい。

 

  •  裏とリスペクトで成り立つフリゲー

フリーゲームも「オリジナリティ」はある。だが、過去の名作やゲームを沢山してきた人だからわかるような文法を逆手に取ったゲームがとても多い。

 

一言で言えば「メタ構造」なのだ。二次創作であり、既存の創作物への返事として作られているものがとても多い。

 

特に自分のように子どもの頃にはスーパーファミコンやニンテンド64で覚えたゲームをする上でのゲームや操作性、あるいはギミックの配置や活用方法などを一通り覚えた人間には優しい(逆に言えば、それ以外の世代にはやさしくない)構造になっている

 

つまり、ゲームが無料で作れる時代・探せばあふれている時代になっても「過去にプレイしたゲームの財産の上に成り立っているゲーム」であり、フリーゲームが増えていくほどに「ゲーム会社が作ってきた操作性やシステム、ストーリーやギミックの文法などが世の中に広く知れ渡っている」という証拠だ。

 

よくゲーム機やゲームソフトが売れないことで会社そのものが過小評価され「任天堂の倒し方を知ってる」と言った人を見かける。でも、現象はむしろ反対のことが起こっている!

ゲーム会社のやってきた仕事が世の中に認められ、広く浸透しすぎた結果として「ゲーム会社以外の人もゲームを作るし、ゲーム会社が培ってきた財産を活用するようになっている」のだ!

 

問題はそれだけゲーム制作・プレイの作法が普及しても「お金の落ちるシステムが乏しい」ということであり、ゲームについて分析する人達がその現状をイマイチ認識しきれていないということだ。

 

現状のゲーム産業の問題は言うならば、「大起業化」し切れていないこと。

今、大手が売っている物自体は、フリーゲームソーシャルゲームなど無料でできるゲームにすごく量を増やして、「キャラクター」「ブランド」を付けて売っている「キャラクタービジネス」なんだ。

 

ゲームにお金を出しているんじゃなくて、キャラクターにお金を出している…と言っても過言でないかもしれない。

マリオやカービィみたいな横スクロールアクションだって、ぷよぷよテトリスみたいなルールのパズルゲームも…無料でできないわけではない。

 

そう考えてると「ゲーム会社のゲームと何が違うの?」と冷静に考えてみると「ステージ数や3Dやグラフィックがうんぬん」ということもできるかもしれないけど、それ以上に「カービイやマリオがゲーム画面にいるかどうか」と説明したほうがわかりやすい。(そして何よりそちらのほうが明確に違う。フリーでもステージ数が多いゲーム・グラフィックのクオリティが高いゲームはあるが、さすがに版権のキャラクターを露骨に出しているゲームは少ない)

 

では、「大起業化」とはなんだろう?後半はその話を語ってみたい。

 

  • 飯を食べるだけならマクドじゃなくてもいい

ゲーム以外の産業はわかりやすく大企業と中小企業の役割が分かれている。

 

例えば、日本中に個人のレストランはあるが、大企業の外食チェーンの何が違うか?圧倒的な量を供給できる所が違う。24時間365日、日本全国に3ケタ以上の店舗の展開…それができる飲食店は日本で限られてくる。

 

例えば、道路工事・大きな建築物の工事などは元々は大きな会社が請け負っているけど、現場には下請けの人が働いている…ということがよくある。

モノ作りの大手企業はモノを作らない…というわけではない。しかし、作る以外の仕事が多い。仕事を仕切る・割り振る・取ってくるなど、実際に現場で作業はしないが、自分の会社以外の分の仕事を取ってきたりこなしたりする側面が強くなる。(技術だけで言えば、企業の技術でしか別に作れないモノばかりでもなく、安く作る・早く作るなどの)

 

他にも、出版社・新聞社。別に出版社や新聞社を経由しなくてもライターや作家が面白いものを発表できる機会はある。それどころか、今や別にライターや作家になりたいわけでもない人も、ネットや映像媒体を使って情報を出すことができる。…けど生き残ってる。

 

出版社や新聞社がどうして生き残れるか?それは「自分達がネタを書くだけではなく、面白いネタを書く人を支援したり、普段書かない人に何とか書いてもらうという仕事をできる人が彼ら以外にはなかなかできないから」なんだよね…。(もし、彼らがいないと出版物のコストが上がり、面白くない読み物が売り物にまぎれこむ割合が増えてしまう)

 

人脈に関するところもそうだし、お金や媒体に関する準備の良さもしかり…「大きな会社だからできる仕事・立場があるからできる役割」が見いだせているから、出版不況だの、新聞の代わりはいくらでもある…と言われても相変わらず生き残り続けている。

 

さて、ゲーム会社についてはどうだろうか?

確かに、グラフィックやゲーム量は確かに大量のお金・人員がある企業ゆえにできることなのも事実だ。でも、無料のゲーム以上の価値をそれだけで出せているか?と言われるとNoだ!価値がないわけではないが、無料のもの・半値以下の同人作品で我慢できないわけでは決してない。

 

そうなると、ゲーム会社が今後どうなっていくのか?

「どうなっていく?」ではなく「どうなっていこうとしている?」という現在進行形の動きも含まれるが、「ネットで人気の作品を有料化・ボリュームアップさせる」という立ち位置で落ち着いていくのかな?と思う。

 

パズドラや初音ミク艦これなんかが良い例かもしれない。でも、今後はもっとネットの流行、ゲーム機以外の媒体(スマホ・ブラウザ・ソーシャルなど)のゲームに対して積極的に掘り下げていく方向に行くだろう。

ネット上の超有名タイトルばかりしか手を付けられていない現状なので、収益面で期待のできる作品はもっと掘り下げていくのではないか?と僕は思ってる。

 

もう一個は僕の中ではイメージが固まってないけど、ゲームを作る個々人の活動ではなくゲーム全体の地位を上げる・話題性を作っていく存在になっていくのかな?ということなんかは考えている。

 

フリーゲームについて調べたり、プレイ中の効力に困ったときなどにネットサーフィンして感じたことが「ゲームで盛り上がっている人と一般的なオタクの集団の距離感は遠いなぁ…」ということ。

その分野特有の話題性や流行りがないわけではない。だが、一般の人・他の分野のオタクを巻き込んでゲームを流行らせることができる媒体がニコ動に偏りすぎている。

 

その点でニコニコ動画はすごいなぁ…と感じてしまう。ニコニコで話題になってしまうとそれがニュースだろうがフリーゲームだろうが、ネットでの大量のアクセスを誘導する影響力を持ってる。(また、それをいいことに話題や情報が集まるような催し事もしょっちゅうやっている)

今はカービィとかマリオの新作が出たと聞くとそれはもうありがたいと感じるけど、世代が変わっていくと「キャラクタービジネス」の考え方に馴染めなく(幼い頃から触れて育った世代ではなく)なるが、そうなった時にゲーム会社はどうなっていくんだろう?

 

フリーゲームをやりこんでいくとそういうことがすご~く気になっていくのです。