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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

地方は都市民の観光地じゃない!~ゆるキャラとB級グルメから始めたらいいじゃない!~


まぁ、神戸市に住む前は本当にサティーとジャスコが街の中心…みたいな兵庫県のスタンダードな田舎に住んでた私としては…この記事に一言あるのよね。

 

 ゆるキャラとB級グルメが地方をダメにする 地元を安売りするのはやめなさい  ゆるキャラとB級グルメが地方をダメにする 地元を安売りするのはやめなさい : 陽平ドットコム〜試みの水平線〜 

 

天下の常見陽平様ともあろうお方が、ゆるキャラB級グルメの存在意義を良くわかっていらっしゃらないとはね… どのぐらいわかってないかというと、こんなことを言ってるぐらいわかってない。

 

観光地、名産地の非日常感とは、そこに強い日常があるからこそ成立する。とってつけましたという、ゆるキャラB級グルメではなく、普通に地方を見せて欲しいのである。だいたい、ゆるキャラは、いまや全然ゆるくないというのもツッコミどころだ。

 

ゆるキャラ以前のところから丁寧に説明するよ!なんだよこの観光客目線はよ!どこの土地だって住んでるのは地元の人で観光客じゃないんだよ!

例えば、兵庫県の昔住んでた辺りはそろばんとか金物とかで有名な街があるあの辺だ。信長の野望などをプレイして、戦国大名の知識がある人は「三木城」「別所氏」とかそういう言葉を聞けば、「ああ、あそこら辺ね」という街だ。(小学校の遠足が一度だけ「三木城跡」でした。小学生が戦国大名の中でもかなりマイナーな別所さんなんか知ってるはずもなく、当時はわけがわかりませんでした)

 

また、山田錦という日本酒の元になってるお米の産地としても有名で決して地方色として「何もない」と感じるような街ではないのだ。…知識さえあれば。

 

三木・小野・加西と言った東播のちっさい町にもそのぐらいの地方色や誇れる街の産業がある!本当に何もない地方の方が正直少なく、地味だと言われる島根や北関東なんか産業や特産品を調べてみると意外と面白いものがあるのだよ…。

 

でも、暮らしている人はシャッター街の商店街や便の悪い電車しか通ってなくて、ジャスコのゲーセンがナウでヤングだと思ってるだっさい町…という!自分でダサいとまで言わなくても、たまに近隣の都会に遊びに行く、大人になって東京に出てくると「ジャスコとは何だったのか…」という気持ちになる。

 

決してなにもないわけではないが、便利で栄えている都市部を少しでも知っていると自分達の街が栄えてたり、何かしら誇れるような実感が少ないことにわびしさを感じる時がある。

 

常見さんのような冷めた東京モンにはきっとそれがわからないのです…自分達が住んでた街の田舎振り、世間の狭さに「もうちょっと何かある街に住みたい・そういう実感を感じさせるものがほしい」という気持ちがわからないのです。

 

常見さんは悪くないです。東京モンとはみんなそんなもんです。

自分達の街からみて、便利かどうかぐらいしか考えてなくて、地方の人がどんな気持ちで原発を抱えてるかとか、話題の観光地・特産物が近くにある街でさえ「暮らしてみると平凡で何もない」「話題にはなってるけど、実はそれほど儲かってない」というわびしさがわからないし、考えもしないのです。

 

僕は田舎者でも都市民でもあるから、そこら辺のバランス感覚みたいなものがない人を見ると…見下したくなるよ。

 

ご当地キャラとかゆるキャラがどうして誕生するかだけど…これはもっとご当地に込められたメッセージだと思う。

 

兵庫県にもはばタンというかわいいご当地キャラがいる。(元は国体のマスコットキャラ)きぐるみになるとシュールだけど、イラストはかわいいので是非とも検索を。

 

地元のゆるキャラがあると、親近感わくよ。

自分がどこに住んでるかという盛り上がりは、都市の人が見てる観光地や特産品の話より、地元のある範囲の人だけが日常的に見るものへの共感だ。

関西人というカテゴリの時もあるし、兵庫県の…という話もある。

ゆるキャラと言うのは外への発信のように捉えられがちだけど、色んな地方にあるというものが自分の地元にも一つあると親しみが湧き、ホッとする。

ケンミンショーではないが、県民のあるあるを話すこと、そこに住んでいる人しかわからないネタを持つことで「自分はこの地域に住んでいる」という実感が持てる…という効果もある。

 

外側へのアピールのように捉えられがちだが、実はもっと地元の人に向けられたメッセージや話題性でもある。だから、ゆるキャラがダサいとか言われても、それを話題にできる人の集まりができ、その話題がわかることで「僕・私はここに住んでいるんだ」と実感が湧けば役割を果たしているといえる。

 

次に、B級グルメだけど、これも同じ。

町おこしなんて目的や宣伝文句はほとんど後付で、ピックアップされてから付いたものであることが…ある。

 

B級グルメと言うとラーメンもその1つに入るけど、富山のブラックラーメン、福岡のとんこつラーメンなどが町おこしのために作られた安っぽい宣伝文句か?と言われるとそれはぜんぜん違う!どちらもお客の要望に合わせて変化していってああなった。(とんこつラーメンは急ぎの人が多い場所に店を開いてた結果細麺になり、ブラックラーメンはご飯を持ち込むお客が多かったからしょっぱい味付けになってる)

 

あれだって立派な地方色・地域色だ。非日常的なものばかりが特産品だと言われてるけど、むしろそこに生きてる人間がいるから新しいものができていくのだ!

 

そこを履き違えてもらっては困るし、B級グルメというどこの誰が作ったかもわからない定義が不明確なカテゴライズに踊らされて、レッテルを貼り付けて批判の材料にしている常見陽平さんこそ、僕には「どっかの広告代理店に踊らされているのでは?」と勘ぐってしまう次第だ。

 

B級グルメでも、ゆるキャラでも生活の中にあるものが全国区で流行ったり、話題になると「自分達の地元にも何かがある」と感じられて地元の人は嬉しいのよね。

 

 昔の人が作った工芸品や一部の建造物だけでは生活している地元の人の欠落感やそこに住んでいるという実感を与えられないのよね…。

もっとキャッチーでわかりやすく、溶け込んでいる存在…そういうのは東京モンにはいらないかもしれないけど、そこに住んでる・他でもないこの街に住んでるという実感を感じる上でとても大事なのよね…。

 

ビジネスライクな発想でばかり見られ、価値の創造だ持続的な利益だのと言われるけど、価値に金を払ったり評価するのは人間であり、ゆるキャラご当地グルメも一番最初に評価するのは地元の人だ!(外に向けて出すものとして作られても、結局地元の人の協力・賛同なしには作れないし、作っても持続しないのよね…)

消費者、あるいは生産者として地元の人が認めた上で「この土地の食事だ」「ご当地の味だ」と言って何が悪いのか?

 

いいことじゃない!自分の地元に新しい特産物、全国的に見ても実は通じるような文化が会ったことがわかってくる(あるいはわからせようとして新しいものをつくろうとする)流れができてくるなんて!

 

僕にはそういう風に思いますけど