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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

被害妄想も甚だしいから言わせてもらいたいわ!


こんなの見つけた。

オタ創作の序列

 

絵≧音楽>立体>>>>>>>小説≧批評≧ROM


・音楽には二次創作および歌ってみた、弾いてみたの類は含まれない。
・立体は、素材やジャンルを問わずフルスクラッチ製作での評価。
・オタの世界ではとにかく絵師が偉い。絵師という呼び方は実は似合ってる。
・創作偉い!な価値観でROM差別をするのは決まって絵師。
・多くの絵師はアマチュア小説を創作として認めていないので、pixivの小説書きは絵師との交流には慎重になるべし。

 

出典・オタ創作の序列 オタ創作の序列

 

 絵師が「偉い」だと!?尊敬はしている。けど、偉いと思ったこともない。また、自分が絵師だと高飛車な人がうまかった試しもない!

だいたい、絵師も歌い手も、小説・批評問わず物書き全般も最終的にはその芸当が職業にも1つのライフワークにもなるのに、それに偉い・偉くないなんだ?

 

そして、以前にもこの手の論調を見たことがあるので、そろそろ一言言わせろ。俺に一言ある!

 

  •  まずお前が価値がわかってない奴に認めさせろ!

まず、その匿名投稿の言い分は「被害妄想」だと断言しておく。目立つか、目立たないかの差はあるが、絵・歌・文章各々に苦労も技術もあり、認められてた人もいる。

 

そして、それはどの世界でも上1%~5%の上位層の話で、どの創作だって上位に立ってそれなりに知られなきゃそもそも認められない。

絵師を名乗りたいだけで、絵師とも呼べないような代物の人がありがたがられることはないし、歌い手やボカロPが全て動画でいい数字をとれているわけでもない。

 

ニコニコ動画コミケの客入りをエンタメの基準にすると、より派手できらびやかで行列ができる場所ばかり見て「批評・小説が文章は音や映像に劣る」と考えてしまう気持ちはわかる。

確かに、即売会の文芸スペースは近寄りがたい。売り手側でいた時、静かすぎて「これじゃ禅寺だ!」と内心思った。だから、印象論・思い込みで抱いてしまう無力感やわびしさは僕もわかる。

 

でもだ!広い視野で見てみたら、メディアミックスの中に文章が書ける人が入り、インターネットの話題を作っている人の多くは絵師・歌い手ではなく、批評するブログや掲示板・各種投稿だ。(小説や自伝的な内容の投稿もネットで話題を席巻することが多い)

 

そして、各ジャンルの中での争いに勝った人しかどちらにしても話題にならない。絵でも文章でも音楽でも過剰供給なぐらいだ。全部は聞くことができない以上、腕がいいと評判の人や人気サイトのページに掲載されない人はおおよそ見ない。

 

絵師さんで言えばpixiv、歌い手さんならニコ動、それから批評書く人ならはてなgunosy、それに各種まとめサイト…よぽど興味のある人を除けば、話題作をまとめてくれるところに行き、話題作だけ見てる。

 

そこに掲載され続ける人であるため、毎日のように投稿することを頑張ってる人がどの界隈にもいる。毎日は出さなくてもクオリティが高く維持してくるやり手もいる!

 

なってみたら?ROM(黙って見てるだけの人)が悪いとは言わないけど、どこの世界にも話題作はあり、ヒットを飛ばし続けた人だけが入れる空気なり世界観はある。

それを目的にする必要もないけど、もし自分のしてることに対してコンプレックスやわびしさを感じるなら、評価される道を目指してはいかがか?

 

何者でもない自分に不安を抱くなら、喝采を浴びて何者かの自分になったら?人がバカらしいと言うほど何かに固執して人一倍の努力、どこかしらの道で大成できるよ?だからやれば?

 

やりもしないで「絵師さんは偉い」「でも、小説や批評はROM(黙ってる人)と同じぐらいの価値しかなくて相手にされない」とか言われるのが一番腹立つ!

内面的な悩みを自分のいる場所のせいにされても「出れば?」「逃げ出せば?」か、「がんばって克服するしかないんじゃない?」のどちらかしか言えない。

だいたい、「オタ創作の序列」というタイトルでありながら、黙ってるROMがなんで小説・批評と同格なのかが理解できない。そもそもROMが創作に当てはまること自体が謎。

 

そいつが小説書いてるのか、ROMってるのかは知らないけど、それは自分が自分のライバルやコミュニティと巡りあって戦ってないからじゃないの?

 

わびしいなら人に認めさせなよ!まずは!

話はそれからしようよ!都内か横浜川崎なら酒付き合うからさ。(あ、割り勘ね)

 

視野を広げて、自分とコミュニティを対比して自分のしてることの価値・評価を客観視してご覧!文が絵より劣るとか…その手の抽象論はどうでも良くなるよ。それが好きか嫌いか、固執できるかどうかだけに意識が集中する!

自分の「好き」を試してご覧。純朴に愚鈍に…芸に身を委ねてご覧。

 

  • 正直告白!僕はブログ書いてからほぼ〇〇してる

さて、ROMと同じ扱いにされた批評系(も書いてる)ブログの言い分を少し言わせてもらおう。

 

僕は自分の記事をほぼ再読してる。手直しを加え始めたのは去年の10月からだから半年だけど、文章がヘタだと言われた時期も再読はしてた。

 

理由は自分に取って面白いと思ってることを書いてるから、自分自身が読んでそれを調べる過程・あるいは記述したことなどを読んで楽しみたいから。(そして、実際にヒットしている記事はほんとうに面白い事が多い)

 

何よりも自分が楽しみたくて書いてる。ヒットして認められるのも気持ちいいけど、「自分の面白いとネットの多数の人の面白いが重なった瞬間」が一番面白い!

最近だと、将軍家の子作り事情を調べた記事や、清原について調べた記事は楽しく読み返した。しかも、それなりの話題作になった。

 

逆に、ヒットしないと知っていても、自分の使命感・やりたい事の延長線にあることは更新する。

同人誌・映画・フリーゲームのレビューなどは完全に僕の使命感で更新してる。僕のブログは

・社会派記事を読む人

うつ病に関する辛さをわかちあうために読みに来ている人

・そして、オタクなどなど

 

あらゆる層が読みに来ている。彼らの期待する内容のものも書くけど、彼らが普段なら手を出さないところを「少し手を伸ばして」提案したくて、やってる。

 

同世代の若い人には「実写のこの映画が面白いよ」と言い、絵やゲームに興味が無いおっさんの読者には「話題にはならないけど、無料や趣味のレベルでこんな高度なモノを作っている人がいます」と説明。

自分自身の興味の幅を広げていくことが読者の見聞を広げていくことにつながったら…と思い様々な所に首を突っ込んでいる。

 

ブログがニュースに劣るとか、「ブログでやってる批評なんてお金を出して誰も買わない」とか思われるかもしれないが、2年間ブログの人気をそこそこの水準で維持し続けた結果、(ニュースも含めた)有名サイトに載る・有名ブロガーに生でお会いする…という内側での経験はもちろん、あなたの言う「絵師さんとの比較」でも絵師さんよりもずっと話題・情報の集まる「インフルエンサー」になってる。

 

 

自分がすごい・すごくないという話ではない。ただ、やることをやりこめば、それがどんなにニッチなジャンルだって楽しい。そして、それを認めないと突っぱねる一流は少ない(いても、どうでも良くなる)と言いたい!

 

それを各種数字が僕のどんな言葉よりも雄弁に語るだけ。それを見て「やってよかった」と葛藤から開放されるだけだ。