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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

郷に入れば郷に従わないと、長続きしないのが仕事の世界


野球に関する記事でなかなか面白い記事を見つけたから貼っておこう。

 

プロ野球が繰り返す新外国人の悲劇 プロ野球が繰り返す新外国人の悲劇  :日本経済新聞 

 外国人助っ人と言えば、昔も今もクルーンバレンティンのように日本人ばなれしたパワー・豪速球の持ち主…というイメージが強い。

 

だが筆者によると、日本の野球に馴染む外国人助っ人は俊足の外野手、クイック/バント処理ができる投手だそうだ。意外なことに、たとえ外子機人でも日本らしい野球ができる人こそが、圧倒的なパワーがあろうが日本で活躍するそうだ。

打撃については前評判が悪くても遠く日本に来ることで「のびのびとプレーができるようになった」 という選手が長打やホームランを打つ事がある。逆に、前評判が高くとも大型補強だと期待される過ぎてプレッシャーから、打てなくなってしまうのだという。前評判に関係なく来日する外国人が、元々パワーは高め。だからこそ、日本ではいかに自分の野球を日本の中でなじませるかが大きなポイントになってくるようだ。

 

筆者は長い目を持って使うことの大切さを説いているが、この記事は僕にはもっと深いものに見えた。

 

  •  鳴り物入りで入った人が意外とハズレな理由

プロ野球という華やかな舞台でなくとも、自分の職場の中で「よそでブイブイいわせた、実績がある、学歴がいい」という人が言うほど活躍しない・やめてしまうこと光景を見たことないだろうか?

 

この世界でもその職場、あるいはその時・その場所の流行りややり方についていけない人は結果が出せないもののようだ。

 

自分のスタイルを貫くのも大事だが、何事も基礎の上にスタイルがある。

基礎が仕事をする場所によって変わり、大なり小なりその場所の流儀やローカルルールが存在することも多い。それについていけない人は新卒でも、中途でも、邦人でも、外人でも仕事を辞める。

 

合わないことを悟ってやめるわけではなく、定着せずにさまよう結果になってしまう。有能だとか無能だとかそれで決め付ける気はない。でも、無能の烙印を押されてしまったり、能力を発揮する以前のところで躓いてしまう…何よりも不幸なのは高い収入に結びつく前に仕事から離れてしまうことから貧しい生活を強いられてしまうことだ。

 

仕事が続かない理由は主に3つ存在する。

その最初の部分が「郷に入れば郷に従え」を実践できないことだ。その職場のルールやその職場の性格をちゃんと理解した上での働き方ができない人は…一番最初に出て行くか、悪い意味で浮いて叩かれる。

 

後の2つは人間関係/組織構造と待遇面だが、待遇面は一番最後だ。

 

人間関係/組織構造は、仕事をする上での責任の問題だ。不当に責任を背負わされたり、激務を強いられるような職場の人間関係、誰も責任を取らない構造、責任を取る人と命令をする人が食い違う構造…それが嫌になって辞める人間が最も多い。

責任を取らない人間の命令ほど怖いものはない。ムチャぶりしておきながら、実態がないからこっちから反論したり、命令をはねつけられない。雨のように降ってくるが雨雲のように消えたり、隠れたり、違う所へ流れていくため…自分から解決できないことがしばしばある。それがとても厄介だ。

 

最後がお給料。…お給料のことが気になり始めるのは実はだいぶん後だ。求人票や面接の段階で目安は提示されるし、はじめから良い給料なんかもらえるわけがない。そして、昇給のスピードやサービス残業がどの程度あるかも正直わからない。

成果が占める部分が大きければ、「郷に入れば郷に従え」をどれだけ実践できるかと昇給のスピードはとても密接に関わってくるため、給料の良し悪しよりも仕事をちゃんとできるように管理・教育するほうが重要だと感じることが多い。

 

雇う方は「入れちまったもん勝ち」、雇われた方は「入ってもん勝ち」で会社から辞めていく人を見下す傾向が年配者や昔の労働市場の中にはあったけど…会社の中で働き続けるのは本来なら、色んな問題があってそれを解決していかないといけない。

 

それはプロ野球のような華やかな仕事からどこにでもありふれている普通の商売まで同じことだ。

 

そのため、採用する方も採用する方で背伸びしたの人材を雇えば、職場に馴染めなくて辞めることが多い。(大卒が一般企業を意外に簡単にやめたり、億単位で契約してきた大型助っ人がすぐに帰国したり…)

雇われる方も雇われる方で自分自身の扱いづらさや、そう思われてもしかたがないという覚悟、あるいは何も知らない間には意見をしないで従った方がいい部分…そこら辺を察して動かないといけないから、採用や継続のための人事はお互いに難しい。

 

とりわけ、 「郷に入れば郷に従え」と相手に教えるためのマニュアル化しにくい人力で行う仕事については辞めてしまう人が…実際多い。これは自分が務めた中小企業や現場系のお仕事の話をベースにしているが、よくよく考えてみるとプロ野球にも当てはまるところがあることがなんとも感慨深い。

 

  • 仕事の1つとしては野球選手にも親近感を感じる

そういった意味では、プロ野球選手でさえ一般企業のような問題点が見え隠れしているところに、僕はとても親近感がある。

実際、そうやって結果を出せない人がインタビューに答えていたり、悪い意味でも高校・大学時代にスターだった経験を引きずったりしているのを見ると「高校時代に強豪校にいた時はあんなにデカかった野球部員も金や結果の前には人並みにはビビったり、結果を出そうと必死になってもうまくいかないこともある【ただの人間】だなぁ…」という気持ちがしてきて悪く言う気が失せる。

 

一方で、プロでうまく言っても解説者にもタレントにも慣れず、引退してがうどん屋を始めたり、自分の顔の入ったまんじゅうを不器用なりにがんばって売っている姿を見ているのを僕は惨めだとか、全然思わない。

 

世間ではなぜか華やかな舞台にたつことが人生の勝ち組のように言われ、その時その時で身の丈にあった発言(「結果を出せない奴は大口を叩いてはいけない」など)と言われるが…それ自体が野球選手を美化しすぎてる。

 

「野球している彼が好き」「歌ってるアイドルが好き」という考え方が僕はあんまり好きじゃない。好きじゃないというよりもいつか消えてしまうモノを愛でている「残酷なほど儚い行為だ」と感じてしまう。

 

それよりも、身近にその時その時で全力でがんばってる人を応援したい。

自分が病んで体と心を積み上げ直している人間だからこそ、一度失敗したり何かを失った人間にとってやさしい社会であって欲しいと望むばかりだ。

 

 

 この間、なれない手つきで餃子を売ってる姿をドキュメンタリーで見てなんかとても人間味があって感動したので貼っておきます。

 

ブログで色々書いているうちにふと思い出したので。