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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

お金に執着しないことも案外才能の1つかもしれない…


フォロワーさんの一言に救われるできごとがあったから、その話をしてみたい。

 

・あらすじ

胃もたれするほど嫌なことがあった。僕がブラック企業にいた時に経験したトラウマをそのまま具現化したオッカナイ企業がはてなブックマークで注目された。

 

日本エスリード「年収1000万円なんかに憧れるな。俺ら4人の年収合わせて8000万円超。」  日本エスリード「年収1000万円なんかに憧れるな。俺ら4人の年収合わせて8000万円超。」 : 市況かぶ全力2階建 

 

 なんでも資産運用型マンションの販売をやってる企業だそうだ。そして、この記事の冒頭に出てくる「4人」の上司が男が僕のいた職場にいたレオパレス出身のヤツに似てたため、トラウマが蘇った。

 

 アマゾンの先住民は、雨乞いをすると必ず雨を降らすことができるそうです。
なぜなら、雨が降るまで、雨乞いを続けるから、私たちの仕事も、それと同じです。

 

僕がレオパレスくんとよんでいる彼も夜中の1時に営業をかけて契約がとれた話をしてたよ。営業先で水をぶっかけられた話とセットで、契約に結びついたとか何億の契約を当てたとか自慢してた。(※レオパレスの全ての部署・支店の方針ではありません。そういう働き方をしてる人もいるという話があるだけです)

 

ブラック企業をやめてから1年半が経過するのに、今になってこの話をする理由は「話しても信じてもらえない」と思ってたからだ。

でも、インターネットにこうして金の亡者みたいな不動産関係企業が注目される今なら僕が出会った信じられない発言と、その発言を張ったりだと思わせないサイコパス振りを信じてもらえると思い、胃腸の痛みを堪えながら書いた。

 

…とこのような恨み節を3000文字書き殴るつもりでいた。狂ったように「正義感」に駆られて「僕が命をかえて、こいつらだけは会社を潰すぐらいの悪評をつける。やまもといちろうのアブラハム殺し以来の快挙を僕が成し遂げてネットの最大勢力に踊り出る」と今朝はお見せできないほど荒れてた。

 

その荒れていた時にフォロワーさんの一言に救われた。

  •  足るを知ってる人はそこまでして稼げない

当ブログの古参読者である民フルさんからこんなつぶやきを頂いた。

 

このつぶやきを見て、思い出してこんなつぶやきをした。

 

 

 確かに長い時間働き、苦労も多かったから短期間ながらそれなりの収入には結びついた。羽振り自体は良かったが、毎日のように夜中まで動きまわる生活は心身を疲弊させ、健康で文化的な生活から遠のく毎日にわびしさを感じていた。

 

ガッツリ働き、ガッツリ稼ぐ会社に不本意ながら迷いこんでしまったため、僕はそういう環境に馴染めないといけないという義務感や強迫観念にうつ病になってからも強くさいなまれるがあった。でも、彼のつぶやきを見て少し救われた。

「頑張れば稼げる」ことばかりが、才能であり能力だと言う劣等感があったけど、考えてみれば、3000万あっても4000万円あっても満足できない(日本エスリードの求人サイトより)とはそれもまた不幸な話だ。

 

だからといって、年収200万程度で満足すべきなどと極論は言わない。でも、稼げない中でも貯金を作ったり、ただ同然のコストで楽しめる趣味を作れる人はすごいし、その凄さを認める生き方やそういう生き方を目指す人にも目を向けるべき人もいることを病んでからは感じ取る機会が多くなった。

 

格差のある社会にいるからこそ、あるいは様々な能力の人間が生きてる社会だからこそ、「多様な成功の形」「多様な幸せの形」が世の中で語られるべきだ

  • マンガの世界ではもう始まってる

出版物として貧乏での幸せは「金持ちが机上の空論を述べているだけ」と感じるものが多く、また貧乏経験をしたことのない人が書いている場合もあるため割愛する。しかし、マンガの世界ではそういう世界やその場所の苦労と喜び描かれた作品がもっとそれが報道やテレビの世界にも波及してほしい…という思いからマンガを紹介していきたい。

 

例えば、実家が住職であることから兄の修行の様子をインタビューしてマンガにした坊主DAYs、作者の師である荒川弘さんが実家の農業ネタを詰めあわせた百姓貴族、銀の匙。そして、これはあからさまに貧乏な人が出てくるわけではないけど、山賊ダイアリー山賊ダイアリーについてはおまけ漫画で登場するすっぽん釣り…それだけで生計を立てているニートが一時、掲示板で話題になっていた。

 

 坊主DAYS (1) (ウィングス・コミックス)

 (これだけブログで言及したことなかったので、貼っておきます。かなりいい漫画です。)

 

コミックエッセイというジャンルまで含めると「ツレがうつになりまして。」 もそうだし、いい話では決してないが「トコノクボ」 という榎本よしたかさんという絵描きの半生を描いたエッセイマンガもすごく良かった。

 

 トコノクボ ―とある絵描きの半生記―

 

もちろん、生きていくためにはお金がいるのは否定しない。でも、お金だけ稼いだって、その金額を振りかざすようなことだけ勝利で、幸福のように言われると…それは違う。

 

「収入1000万円ないと結婚できない」「うつ病から復帰するために運動をして処世術のセミナーを受けてうつ病になる自分から社会に適合できる人間にならないとダメ」「(収支だけを見て)勝ち組負け組」…まぁ、この手のゴシップとレッテル貼りにうんざりしてる。

 

一部を切り取ってるだけでストーリーとしてどうなってるかとか、どんな苦労があるかにも着目せずにきらびやかに「お金があります。苦労して稼ぎました。」と言って、お金を持ってほしいものを買ったら何がどう変わったかなんてこれっぽっちも説明しない。(説明する知性がない場合もしばしば)

 

足るを知らない人がお金を稼ぐ生き方ばかりが着目されてるけど、足るを知ってない収入をやりくりする生き方しかできない人/その生き方を選択をした人/お金よりも大事なもののためにお金のなさを克服していく人は負け組で異端なのか?

 

お金を稼ぐこと自体はすごいことだし、大変だし、必要なことだ。だけど、それを画一的な勝ち負けの基準・人生の目標に定めるのは貧しいことだ。

 

むしろ、自分自身が冷静になって金を振り回す人の心の貧しさに気づかなければならない。

さもなくば過剰な労働、法律的に黒・グレーな会社の甘い誘惑、社会からのレッテル貼り、何より自分自身の見栄に振り回されてしまうのだろう。それらを捨てて楽になるための決別をしないと結局は自分自身が欲の重たさに食べられてしまうのだろうな…。