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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

君は多分、愛し・愛され慣れてないんだよ〜俺ガイル6話を見て〜

アニメ ラノベ

まぁ、アニメの感想であり、評論のように基軸を設けて論じようというものではないのだが、心当たりのある話だったから、チラッと雑談をさせて欲しい。


簡単なあらすじ
犬を助けたことで怪我をして高校デビューに遅れひとりぼっちの高校生活を送っていた主人公は犬の飼い主であった結衣がやけに優しく、気を使っていたことに対して、気持ち悪さを感じていた。犬を助けた主人公はその事実が結衣に気を使わせ、他の友達と付き合いにくくしてるのでは?と思い込み、自分との関係をリセットしようと試みるが結衣は…


僕は「俺ガイル」って作品が嫌いです。少なくとも6話に関連した話以外はね。また、高校生という年齢設定でああいうキャラクター構成にしちゃうのも許せない。がんばってさえないやつに青春ラブコメなんか来ること自体が間違ってると思ってるし、人と群れる人は群れる人なりに苦労してるのにああやって小馬鹿にする作品を作る辺りが「ああ…こいつは砂漠のど真ん中にぶち込まれて死んじまえばいいのに」と思うわけだわ。

俺はこいつよりはウハウハモテモテだから嫉妬もやっかみもないんだけど…ただ、ウザかった。こんな作品がアニメ化され思春期の学生達に見られることが僕個人としては我慢ならず、初めてPTAのオババみたいな気持ちになった。

でも、6話だけ…この話だけは共感できる部分・思春期を迎える人らが見てもいい話だと思ったから僕は少しだけ大人な身分として「5話、6話のような気持ちになれたら、君は多分人にも、自分にも優しい人になれていると思うよ」って話をしたい。

説教がましい言い回しだし、あんまりまともな大人じゃないけど…まともじゃない割には真面目に生きてきたから、壁にはぶち当たってきて、失敗もしてきて、そういう話ぐらいはできるわけだよ。

「ああ…やっちまった。俺みたいな失敗したらかわいそうだから、せめて笑い話にして語るぐらいのことはやろう」って。躁鬱病だって、ブラック企業に入って死にそうになりながら働いたことも、売れなくて・先輩と殴り合いするほど酒に付き合ったのも…「誰か得する情報」(誰得)になると思ってかこうって。求められてからやるなら、書物なんかやめちまえ!!

お前の愛はオーダーメイドか?お前のロックもオーダーメイドか?違うだろ!好きだから、叫びたいから作るんだろ?僕のブログだってそうだよ!ブログが好きで好きで堪らないし、それが誰かの役にたてた時に「生きてて良かった」と少しだけホッとするから、書いてる。頼まれて書いてるんじゃない。


照れくさいんだよ!ありがとうなんて野暮なセリフはよ!
お礼を言われ慣れてないから、個人的にお礼を言われること・それをにこやかに返すことが気持ち悪くて、仕方ない時期があった。


友人を自宅に泊めた時に…二度も三度もお礼を言われることがそれは気持ち悪くて仕方なかった。汚い部屋だし、うちにあるハガレンをずっと読んでただけだったし、見返りどころか僕が彼を尊敬してたから「彼の頼みを断りたくない」と泊めただけで、彼にお礼を言われるようなことをした覚えがなかった。だから、見返りを求めたわけじゃないのに尊敬してる彼からありがとうと数回言われることは居心地が悪く、背中が痒くなるような感じがした。


彼はスペックが高い。学歴的な意味もそうだし、行動力だってある人で関西の某大学でサークルの立ち上げに携わって、もう大学時代の間から「大阪を盛り上げよう」と言って行動してた人物だ。エリート・インテリ嫌いで通ってる僕だが、彼にはそう言うエリートっぽい臭いはしなかった。もっと上の次元の…プロの匂いがした。

僕が多分、初めて会う同年齢のプロフェッショナル。それが彼だった。未だにツイッターで時々絡んでくるけど…この人は技術があるとか、ずば抜けて創造的だとか…能力的な特化(単体での高評価)はないんだけど、目線をいつも先に持ってゴールを見失わない。それでいて、チームを組んだ人全体の顔色までつぶさに見て、「結果」だけでなく「がんばってるかどうか」まで丁寧に見てる。プロというと能力や実績でそう判別されがちだが…彼の場合は圧倒的な「貪欲さ」だった。目的や仕事を達成してもなおその先を見据えた最高の形を求めて行動できる数字や結果に収まらない人格こそが彼という人間に感じ取った「プロっぽさ」だ。(行動への目的意識が明確だからこそ、行動を結果に結びつけたり、仕事をバリバリとこなしていくスペックの高さに結びついていく)

同世代相手に「憧れ」という言葉を使うのも気味が悪いし、変だと思うけど、そう言う人を家に泊めるのに下心もなにもないよ!むしろ、人徳ゆえ「俺ん家汚いぞ!他当たったほうがいいんじゃね?」と内心思ったし、言っちゃったし、それに他が当たれると思った(笑)本人からすれば仰々しい内容かもしれないけど、尊敬や憎悪は案外そういうものだから言葉だけじゃわからないし、態度を見ててその人が何を考えてるかなんてわかんない。わかんないからこそミスマッチが起こるしお礼を言われた時に、そこはかとなく気持ち悪くなった。

「青二才は感謝され慣れてないんだよ。」

彼は僕がお礼を言われたことに気味悪がってると、彼はこんな言葉を僕にくれた。言葉の分野でさえやっぱり彼はプロだなぁ…よく人が見えてる。プロであり、「人の上に立つ人」と彼に期待するのは、人が思ってること・考えてることを言い当てる「言葉の重み」ゆえだ。おだててるわけでも、媚びてるわけでもない。視野の広さや経験の豊かさがないとできない。できないことをサラリと即興でやらかすから僕がすごいと認めてる。

…ブログアイコンに美少女キャラ書いてくれたら「わ、私に認められたんだから、誇りなさいよね!お世辞も公認もめったにしない私が認めたんだからね!」と書き足すと絵になるのだが…私には彼のような人望がないので、誰も美少女アイコンを書いてくれない(´・ω・)

  • 多分、大人ってのはそう言う「言葉の重み」を持ってる人で、その重さに気づける人のことを大人って言うんだと思う

ちなみに、更に上の段階がフミコフミオというブロガーさんの「わざと、言葉の重みを下げる(本当であっても嘘っぽく見せる、嘘を嘘らしく言う)」という技術なんだけど、僕はこのレトリックの使い方がわかんないのよねぇ…。

ただ、今回題材にした俺ガイルもそうだけど、「言葉の重み」を主人公が理解できないから勘違いしたり、話してる相手を間違えてコミュニケーションそのものに消極的になるんだろ?いや、実体験がそうなんだけど、人は思ってるほど暇じゃないのよ。作為的でもないし、知らぬ人と積極的な会話も望んでない。ただ、好意が感謝を自分に抱かないのか?と問われるとこれもまた違う。

相手も人間なんだよ!人並みに感謝もするし、友達もいる。「親切な言葉=俺に気がある」と思う思春期男子の発想は心療内科の先生によれば、「男の脳ってそういうふうに思うようにできてるから別に、不思議なことじゃない。でも、女の人がそんなに色目をしょっちゅう使わないし、女だって普通の人間だから、ちょっとしたことで相手を好きにならん」というわけだ。

俺ガイルというアニメ(ラノベ)の主人公の自意識過剰な部分って脳みそとしては適切な成長の通過点でそれを過剰に恥ずかしがったり、卑屈になったりする必要もないのですよ。そして、そういうコミュニケーションの失敗ってどこかで気づくんだよ。

高校時代って人間関係が劇的に入れ替わることが少ない(部活や同中というクラスタがあって、クラスタ内でしか動かないからそう言う人間関係同士の失敗とかコミュニケーションの失敗を挽回するチャンスって少ない。悲しいほど相手を先入観で見るし、できあがったクラスタの絆に阻まれるから…僕は「俺ガイル」は高校を舞台にした作品にすべきでないと言ってる。)

もっとはっきり言えば、人間関係をいくらでも再構築したり、無理やりにでも人をクラスタ内に引き込んでいかないといけない場面が多い大学生の方がそう言う「コミュニケーションに関する思い違い」って気づきやすいから僕は大学生を舞台にしたり、フリーターを舞台に「俺ガイル」を描くなら面白いと思うんだけど…まぁ、「てめーが書けよ」ですよね。サーセン(  ̄っ ̄)

いや、連載中の作品だからまだ「高校生である意味」はあると思うんだけど、とりあえず現時点や原作1巻を見た範囲では「俺ガイルは高校を舞台にすることで軽薄な作品になっちゃってるなぁ…」と僕は思うわけです。

高校生ぐらいで「社交辞令」っていう意思表示やアクションが目につくようになって絶望して、大学入ってしばらくしてから「あ、以外とみんなそれほど考えてないんだなぁ」ってことに気づいて、会社入ったり就活すると「コミュ力と呼ぶほどちゃんとコミュニケーション取れてる人がそもそもいねーじゃねーか(笑)」と気づかされる。そういうふうに成長に合わせて周りとの接し方であったり、周りが求めてくる距離感って変わるから俺ガイルって作品には無理やり高校生にそれを押し込んで学ばせるような作品にして欲しくないと思ったけど…一視聴者のないものねだりなんで聞き流してください。


『要は…人を好きになったり、気になったりした気持ち…覚えもないのに優しくされる事を経験した大人はそれを相手にする時に、もっと深く相手に思いを伝える「意志の重み」「言葉の重み」を持つようになる』ってこと。そういう「言葉の重み」を理解したキャラクターがその先にあるコミュニケーションであったり、幸運(福音・縁)を提示できると作品として深みが増していくと思う。

そうやってみるとこのアニメも楽しいし、何かしてもらったことの意味・期待に応えようと悩むことは人生をすごく楽しくすると思うんだけど…楽観的すぎますかね?

僕は躁鬱病患ってからもそうだし、商売をしていた時も「生かされてる」「助けられてる」という実感があって、それがあったからこそどうにかなってたし、それをくれる人はつまんないなりにでもその理由があって…まぁ、そう考えるんですよ。このブログを読んでくれた人だって、なんとなくだったり、たまたま見つけたがきっかけでも、僕からしたら手を握って「ありがとう!君は天使だ」と褒めたいぐらい嬉しいのですよ。嬉しいけど、それをそのまま言ったら、気持ち悪がられるから、どう言ったら素直な感想がもらえるか、明日も読んでもらえるか…ブログやTwitterあるいや商売の中で考えてることはいつもそこなんだよね



俺ガイルの主人公はそう言う人が大人になって、あるいはなりながら悩んでいく葛藤に足を踏み入れた。彼がもし、僕がいうような悩みや葛藤をしながら前に進んでいこうと思っているキャラであり、それを描けるほど重厚な作品であるならこの作品を応援したいです。そのぐらい、評価が変わりました。アニメ見てて


デザイン的には結衣が好きなんだけど、キャラの初期設定が流行りもの、かぶれものみたいなキャラが多くて「ああ、またこのたぐいか」とうんざりさせられたのが、見るきっかけが奪われた大きな理由だったりします。そこらへんもどう面白くしていくかが見ものなんだろうけど…見る方に体力要求する原作だなぁ(;´Д`)


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