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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

多分、僕は幸せを門前払いしてる


※この記事は「捕らぬ狸の皮算用」をするマヌケの葛藤である


前職でのことだが…社長から言われた言葉の中に
「青二才、お前には売る気迫が足りない。だから、お前と俺が同じ口上・品物を売っても、お前には売れないモノが俺には売れる。」

…会社を辞めてからもこの「売る気迫」とやらについて考え続けたが、僕の中でそれらしい結論がでなかった。未だにこの意味がわかんないし、よしんば正解を知っていても、要するに「できない」と感じて、やる気が起きない。

悩み始めたのは『僕に大口案件でかつ、僕の得意分野で声がかかった』事だった。と言っても、条件付きで競合との一騎打ちに勝てば、僕が夢だった分野で「大栄転」…負けたら、病んだ日々が続く。病む前からやっていた話が今になって再浮上してきたから、寝耳に水だったが…驚くほどやる気がでない。

自分でも驚いてる。『仕事の奴隷になって死んだっていい』とさえ思ってるし、『1年でprojectを、2年で部門を、5年で会社を乗っ取れる(もしくは同志と共に脱藩して、起業して天下取り)ぐらいのことができるだけの実力と努力と才能がある』と自負してる。…が、それでもやる気がでない。

自信をハッタリにしないだけの数はこなしてきたはずなのに…気が進まない。提案だって、今すぐの商品化&大ヒットを想定した「ぼくがかんがえたさいきょうの○○○○○○」を切れる段階まで準備した。一年後に脱藩覚悟で上役にチーム単位で持ち込む予定だったネタを前倒しにして発狂できることが嬉しくて嬉しくて仕方がない。

…と「理屈で思っている」が、心から思えない。

  • つまるところ、僕は「君を幸せにできるの」か?

僕のファンで、アンチで、ブレーンだったTM2502さんから「要は勇気がないんでしょ?」と煽られたことがあるが…そうみたいだね。そんなつもりはないんだけど、「これでいいのか?」とは思ってる。

言っちゃ悪いが、僕はこの分野では批判こそ多いけど、話題をかっさらって、『御大から僕に仕事が…』とか『僕が主役ポストを用意する』とか…あるいは『発信源(ブランド・キャリア)を変えてもヒットし続ける』快進撃をやってきた。

どんだけ批判しようとも、数字と人脈がすべて証明してくれる。批判なんか怖くない。僕は「はてな村のゾンビ」だから、別にネット上であれ、仕事仲間であれ、…いいや、最大のアンチであった母親には匹敵しない。人がとってきた学校や資格や内定を片っ端からバカにしてきた、メルヘン女より怖いものはこの世にない。

僕は結局、その女が幸せで、僕が病んだままくたばっちまったら…まぁ、少年漫画的な意味でダメなわけですよ。「誰得?老害に滅ぼされる青年ってww」と僕自身がサンデーの後ろの方で連載されてるクソみたいなマンガをめくりながら思うわけです。…あ、サンデーといったのは「電波教師のように行きたい」と思ってるから。

電波教師っていい漫画ですよ?50年ぐらいしたら、多分中学の教科書になって、受験問題になってると思います。なんで中学だろうね?僕が中二病だからかな?…脊髄反射でバカバカしい本音がかけちゃって、それを撤回する気さえないぐらいには病んでるわけだ。

電波教師の中にも同じような悩みがあって、その回が僕がすごく好きなんだよね。
YD(やりたいことしかできない病)の先生ゆえ教師をやることさえ、始めは億劫だった彼が教師であることの楽しさに気づき、やりたいことに気づくわけだ。「勢いで楽しいから始めた教師」だったが…元々のやりたいこと、積み上げてきたもの、そして現状が乖離し始める。

電波教師は「やりたいことのために何でもやる(できるようになる)人」であるため、積み上げてきたものがだるま落としのように中途半端な形で積み上がり…「結局、俺はこれがやりたかったのか?」「元々やってきたことが崩れてしまった」と葛藤する。…解決方法はマンガを読んでもらうしかないのだが…理事長はそんな電波教師をクビにする。

最近、僕は野球の話で話題になったから…野球に例える。『名指導者・エースで四番・美人マネージャーで乙女ゲー…全部の人生を選べるとしたら、どれをやってみたい?』と言われたら、多分僕はそれなりに別れると思うんだ。電波教師の人生はそんだけ偏屈だから、選択肢が複雑化してるが…普通の人にだってある事なんだ。僕はちょっと色んな危ない橋を渡りすぎて、早くそのときが来たけど…少なくともまともな人生送ってくれば、28歳ぐらいでは悩むことらしい。

「やりたいとさえ思えばいつだってできる」んだけど、これって逆に言えば「いつまでもそこを目指してさまよい続ける」とか「それで棚上げして、返ってこない」とかそういう「決断による消失」までを考慮すると、お金や手間の問題でもなくなってきてる。

…いや、そんな「リスクリターン」の話か?俺は貰う前から大口案件を貰えて、1年後にチーム率いて、会社の脱退覚悟で虎の子の企画を売りに行ってそのまんま会社を興すところまで絵を書いてる。何も恐れることはないはずなんだ?無謀なこと・実行できない不安なんてものは今に始まったことじゃないから捨て置く。

電波教師が悩んだ事って何だったか?そこをもっと突き詰めないと本質って見えてこない気がする。

  • 「やりたいことをしきる」覚悟と、「生き残るために、リスクと手間をかける」覚悟

どこまで一致できるかわからんが、少なくとも僕が悩んでることは「実力だのリターンだの評価だの…数値と自己評価と他人評価と健康…が全員違う答えを出したから」だ。

経済学部ゆえ僕の思想は「マルドゥック・スクランブル」で言うところの「生存のために有用性を証明し続ける」という発想に近い。いや、そのものだからこそ、今の自分に悩んでる。

「病んでるから貨幣収入がガクッと落ちた」という現状がありながら、他方では「無料ながら書いて欲しいモノが」「書きたいならウェルカムですよ」「大口案件をあなたと別の人で争って」…とかなんとか。

時価総額」なんて言葉がホリエモン任天堂ブームの時に流行っていたけど…だとしたら、ぼくの時価総額っていくら?限りなく0に近い…いや、下手すりゃマイナスだよね?病んでて、僕がやらないとまずいもの以外の仕事は切った(切るために根回しした)状態だから。

時価総額ではなく、1年にしたら?いや、1年だと不明確なところが多いから…3年単位ぐらいの会計にしたら、最大で1600万(3年)ぐらいまで額面で、仕事としてその10倍を積み上げられる自信がある。雇い人としては無理だけど、経済圏としては僕が絡んだ仕事で3年で1億円半動かすことははっきり言ってできる。そこまでの道筋のつもりで描いたものに歩いていたから…概ね予定通りに来てる。

アクシデントがあってつまずく事もあったが…結果論的には「評価と数値と人脈」として達成してるからよしとしたい。(1年次にすべきことであれば、82%くらい達成で処理)
アクシデントはこれからも起こるだろうが、目的意識と運と努力でどうにかなると思ってる。

…が、こんなのは「最大」だ。「最小」は病んでる状態が続き、ネットジャンキーのニートへ…というマイナスだよね。文章かけるうちは「在宅の内職で稼ぐ」みたいなことが狭き門ながら、小遣い程度に稼げると思うけど…まぁ、これだって、「病んでるリスク」が付きまとう限り僕には怖いわけ。

背中合わせのリスクは、時として怖い。実際に夜詰めで文章を何度も作ってるから、バイタリティー自体は(仕事にもよるが)問題ない…が、それだって、いつ壊れるかわからん。

そう考えると、現状の自己評価・時価総額会計評価は…まぁ、すごく低いわけ。病んだ直後に進み始めて、これだけは存続という形をとってるが…「僕にこんな案件が引き受けられるのだろうか?」とすごく悩んでる。いや、「やります」と手をあげたブログや同人誌ネタもそう。正直言って、「おこがましい」とさえ思って、勝負に勝っても蹴りたいぐらいの気持ちさえある。

コミュ力や生活リズムの崩壊・その他基礎能力の低下、他人依存・薬治療…まぁ、病んでる故の弊害って実生活の中で現れてるから「ペース配分ができないリスク」が怖いわけ。

電波教師と似てるのは「やり続けてきたことの低評価化」があって、教師の仕事については生徒の問題を解決して「(頼ってこないから)やりがいがない空間」…そこに「昔からやりたかったこと」が入ってきて。できる・できないでは僕と違って彼は悩まないし、くどくどと損得勘定にもしない。

彼が僕ならゴーサインを出すし、ゴーサインを出す彼を尊敬する僕もゴーサインを出す案件だ?やりたいことができなくなって、誰も必要とされなくなったら死ねばいい。

ネタバレだが、電波教師の解決方法をいえば、「楽しいことの中に、やりたい事を上塗り・上書きする事」で解決してみせた。楽しさを終える恐怖ではなく、ありえないほど大きな目標に向かうことで「武者震いするほどのやりがい」と「身震いするほどの興奮」を同時に感じ取るような試練を自分に課した。

さてさて、俺はどうしたいんだっけ?

前から言ってるけど、まぁこの1年で「(もうちょっとやる気出せば)収益ベースに乗る」有村悠さん並みのブログスコアを手に入れる。ここまで来ると、何かを言ったり・やったりした対価を「評価経済社会が支払う」構造ができあがる(実際、批判は多いが彼は同人誌をあらゆるスポンサーを捕まえて、出し続けながらライター稼業もしてる)。

…もう一回最終目標を確認しておこうか。

僕は55で本業を引退。それまでの間に「情報環境の改変」をミッションとして、超クラスタ・超メディアの表現者集団を結成し、彼らを中心とした「ソーシャル」が政治や報道機関に負けない高度な情報リテラシーを世論に形成する。

その経緯は「政権交代前後」の報道・政治の暴走によるところが大きい。「教育」としてではなく、あらゆる「知識」をそれぞれに合った形でしがらみの少ない専門家が発信できる環境の形成。(現状のソーシャルを超クラスタ・超媒体にしたモデルを僕を中心とした20名ぐらいのコアメンバーで作り上げ、それを仲裁・発信補助などする「経済圏」単位で商売を形成する。)

55以降は有用性を求められた場(インバウンド)でのみ、仕事を請け負い、基本は後継者の育成や報道・政治の監視、専門性に基づいた議論を促す触媒としての役割の補助。

「超クラスタ」である必要性については「各クラスタ単位」では高度な専門性・議論がソーシャルによって生まれているのに、知識として共有されてない状態にある。『政治は政治を語るホニャララのモノ』『作画オタクはこれを知ってないといけない』うんぬん。要するに、テレビをつけるのは、そういった詳しい人に話を聞くよりもお手軽だからなのです。報道のいい加減さが変わらないのもね。

「超クラスタ」は一部ではやられていて、ニコ動は既存の言論人にそれを求めた。ただ、僕は「職業人」にやらせてみたい。報道や政治・言論ではなく、現場経験がある人を引っ張ってきて、知識のある人が仲裁しながら記事やエンタメに落とし込んでいく。

「超媒体」というのは、「紙もやる」という意味よりは…「表現方法は選ばない」が近い。例えば、本にするより、ネットに書くより、しゃべるより…絵にしたほうが雄弁な事もある。アニメまで作っていいのか、できるのかは知らんし、考えてないけど…あらゆる媒体に通じた集団として、例えば「科学者が持ってる知識を絵で風刺できないか?」とか、「経済の話をもっと授業形式・街場の具体的な場所で放送できないか」とか…っていうことを考えるわけです。


「超クラスタ・超媒体のマスコミか?」と言われると、近いけど違いますね。情報を取ってくる事、選択肢を広げることが大事だから、「社説(組織上のスタンス)」はよっぽど政治も報道も暴走して危ないというときでないと、出さない。なるべく情報を多く出し、専門家と非専門家が仲裁したり、すり合わせることで、新しい情報に作り替える。

この間なんか面白かったのは、対談で歴史の先生と科学者を呼んだら、科学者と歴史の先生が歴史の嘘を暴くのだ。(ちなみに、長篠の戦いと、ナポレオン軍の遠征がそのネタ。)
技術的に不可能なことを科学者が述べ、文献上本当であった部分、当時の技術として残っている部分などを語り、僕が一般論としての疑問(稀に経済学的視点からの戦争論)を語る。

中身を聞くと「面白そう」って言いたくなる話を、僕がニヤニヤ聴いてる段階だが、俺をもっと放送や編集・風刺やイラストレーション、ゲーム媒体などに落とし込む人ができたら?僕はそれってすごく面白いと思うんだけど。

マスコミは社説の発表や、よろんというプロレスを煽ったが、結局はそれはよそ様がいっぱいいるから、ウチでは「うちでしか見られない「細かすぎて伝わらないガチバトル」をやろう」と言うわけだ。

これを「クラスタ」が楽しむのではなく、大衆が楽しめるように、僕がゲストの間に入ったり、間にしゃべれる人・司会できる人を入れて話していく。
最近、ユーストリームでやった「TM2501・2対決、レフリーどかい」なんかもそうだね。僕と02さんが喧嘩腰になったり、仲良くなったりを勝手に見ていると視聴者の疑問や場外乱闘が入らなくてメディアとして面白くないが、どかいさんが司会・質問役として、加減を見る。因縁の対決だけに観る人が多いが、彼がいることで因縁がわかりにくい人でも気兼ねなく見られる。

これを超メディア・超クラスタで作る上で、今受けてる案件はすごくチャンスだ。特に難しいのは「超メディア」の方でこっちはブログだけじゃどうにもできない部分があって、悩んでいた事から、僕はやるべきだなぁ…とは思ってる。

どんな媒体でも監督できる人。媒体の違い・特性を理解した制作支援や紹介ができる人。それがいると面白い。僕が土下座しても欲しいほどのA級人材を見つけるチャンスであり、そこに片足突っ込んで、俺自身が「超メディア」な存在になるチャンスでもある。

「超クラスタ」だよ?僕。「超メディア」じゃないから、今は書き物・放送関連の技術でしか、僕の力って発揮できないけど。もし、物語やデザイン・映像としてそれができるようになったら「超メディア」だよね?それが一人で全部やってれば、僕の夢はもうハッタリでも絵空事でもなくなる。そうすれば、尊敬する人間に土下座をしにいく際の真剣味…いや、土下座するぐらいの「感謝と尊敬」が滲み出るようになる。(実際、ブログで名前が大きくなればなるほど、文章関連の技術を持つご近所さんがいかにすごい人かがわかるもの!そういう人達が居るから、僕らの界隈ってそれなりに発言力持ってたり、僕みたいな人を受け入れられたり、ヤバすぎる人が世の中で売れたりするんだろうなぁ…と思うわけです)


…力尽きたから寝るよ。僕は少なくとも「やるかね…もっと面白そうな先の世界が見えたから」と思ったので、寝ます。じゃあね


  • あ、起きたから一言二言、言伝しておかないと。

1、引用は電波教師の3巻です。僕は電波教師の中で1巻と3巻が好きで、1巻はメイドの話、3巻は漫画家の話と先生自身の話が大好きです。アニメ化するそうですが…正直、僕はアニメは別物にして欲しいです。僕のバイブルだから、自分が一番好きなFLCLのスタッフ陣(要するにIG+ガイナのエヴァとグレンラガンの両方に関わってるぐらいの連中)に作っていただいたとしても多分、嫌だわ。…まぁ、今あのスタッフが集まって作品作るとなると劇場版3本分の予算というか、作画スキルというか…要するにみんな巨匠になっちゃったからありえんわけです。

映画3本分金が取れるのクオリティーで電波教師作られても、この作品だけは「やっぱ自分のイメージがあるからなぁ…」という珍しく、億劫になったファンがここにいます。(※それまで大好きだったソウルイーターとそれ町のイメージを潰されたことに起因する。…同じ声優さんが主役張ったので、あの声優(名前は出さぬ)は「寝たんでしょ」としか僕は思ってない。いや、寝ても寝なくてもどうでもいいんだけど、アニメに作品のイメージ踏みにじられるぐらいだったら、見ないほうがいいのかなぁ…とか思うわけだ)

2、マルドゥック・スクランブルについては原作1巻と、映画版全部見ました。アレはいい作品です。アレでgo handsさんのファンになったし、冲方丁さんの作品を辞書片手に読むのが好きになりました。
ネット上で「文章がうまい」と評判ゆえ、文章の勉強兼ねて読んだのですが…読みが足りないのか、僕にはまだ次のステップなのか、元々の皮肉混じりなテイストが冲方丁氏のおかげで客観視され尖ったこと。これぐらいしかスキルを会得できませんでした。

読みやすさやボキャブラリ・知らぬ漢字や世界を読ませるレトリックなど、僕が会得したいもの・感じ取ったものは…全然、彼から盗めてないです。若いから焦るのかな?作家さんの技術を読んで盗むのは本当は「失礼」だと思うし、そもそも「できるの?」と思う。いや、だって僕と同じものが書ける人が居ないような書き方をしてるし、尊敬してる人もある程度上に登らないと「気づけない技術」を持ってる。

上手くなるって、不規則階段方式・皮むき方式で、坂じゃない。あるとき突然「剥ける」…登った数じゃなくて、そもそも1メートルぐらいで大股で登る階段もあれば、数歩で足りる階段を登ってくもの。これが技術だ。
だから、「物書きになりたきゃ、人の作品読め」みたいな話があるけど、アレには7割方反対。正解は「盗めるようになったら読め。それまでは書くか書かぬかだけで良い。」と「名作は技術欲求が湧いた初心と、ヒット時に二度読み返せ!」なんだ。

具体的にネットで言うなら、僕はフミコフミオ作品と、シロクマ先生のヒット記事・ハックルさんがはてな在籍時はかなりの量のハックル作品を読み返してる。イケハヤさんと、デマこきーさんは不定期にまとめ読みする。新進気鋭や抜かしたいブロガーさんを見つけたらヒット作5作は読む。そいつが俺並の「何か」は最低でも持ってる。過小評価されていたら俺以上の何かであるケースもあるから「ほう、これはなかなか」という事はしばしばある。

また、累積はてブが1000前後でも、ブログ最盛期に活躍された古豪のブロガーさんは「熱い」!今の人と熱気が違う。今の人にある技術がないかわりに、読み物としての心地よさをわかってる。僕の好きな絵師が「雨が降ってる、いい匂い」と昨日の朝に言ってたけど、そんな感じ。なんでとか何がとかじゃなくて「そういうもの」というお決まりを持ってて、それが心地よい。

こう言った「文章のあじ」は読み込み・書き込みができぬやつにはわからん。大人になるか、子供のうちかでもやっぱり変わる。大人には視野があるが先入観もある。子どもに知らないからこその新鮮さがある。


あ、語りすぎた。



そうだね。残りはTwitterで語るか。やってますのでね、気がむいたときにでも。

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https://twitter.com/tm2501