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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

多分、その最上は「僕が歩くだけで道ができる」こと


夜明けで眠たいので、短めに話して寝る。

まぁ、珍しく人としゃべってばかりの一日を過ごしてしまい、走行してるうちに、朝を迎えてしまった。薬は飲んだのだが、それよりも冷めやらぬ興奮と、気になってることがあるからそこらへんは書いてみたい。

  • 最近、僕の望んだ環境が僕が望んだよりも上位ランクで整いつつある

僕は「はてな村」とか「政治クラスタ」と呼ばれる一部ジャンルのスターとして認知されているが、「声」を拾っていくとフォロワーは多くなくて、それほどネットをやり込んでいない独自のファンを持ってる。また、実は僕が知らないところでオタク活動や匿名投稿という形で、名を馳せている「彼ら」も実は僕にコンタクトを取ってあれこれと教えてくれるような環境になってる。
今までの「居る」だけじゃなくて、あったり話したり、場合によっては仕事をくれたり、作品に口を出させてもらったり…かなり色々な場所で、貧乏ながら「必要」とはされている実感もあるし、応じてくれたり話を聞く態度が変わってきてもらえてる姿を見ると「これからなんかできる」という実感・緊張感をひしひしと感じている。

「経済経営」タグをつけた理由は『「格が上がる」とはこういうことなんだなぁ…。』という実感を感じたからだ。

僕は「はてなダイアリー」というのはブロガーが売れっ子ライター・ベストセラー作家になる登竜門として捉えてる部分があった。だから、「はてな村」と呼ばれる既存の先輩方相手でも実力主義的に失礼なことを言うし、先輩だと知っていても「下手」だとか「わかってない」と言ってきた。(本当のことだしね)

僕は「はてな村民」として、はてなにゆかりのある書き手に何人か出会ったり、取り上げられた。場合によっては、その人が主催する・発言力のある場所にも何度か参加させてもらった。「はてな村によるマイナス」もあるにはあったが、はてなのトップページにヒット記事を送り込んでいた1年前よりも確実に自信と人脈、そして「書くということに対する幅広い選択」「好きなことへの愛と具現性」がついた。


カネもない奴が「人を動かす」のは並大抵のことじゃない。前後のフォローはもちろん、僕に手を貸すことで後々の売名や利益につながると判断できなければ、無茶なお願いは聞いてくれない。

「TM2501×TM2502座談会」に協力してくれた、どかいさんやたつざわさんがこの座談会の話を聞いたのは実は2時間前(どかいさん)と、10分前(たつざわさん)だ。誰にでも貸してくれたかもしれないが、「TM2502」という盟約者が居て、どかいさんという積み重ねがある人がぼくら両方を評価し、それでかつたつざわさんとのパイプがあり、たつざわさんに技術があったから放送は大成功を収めた。

放送の前だってそうだ。コミティアで売り子をやってくれたナース親子はメンタルヘルスになったときは凄く親身に相談に乗ってくれたし、人文系座談会にもわざわざ混じってくれた。Skype上でついったらーやマイミクと絡む事ができたのもブログの知名度だけの話じゃない。「僕自身が貪欲になった」なんて下卑た言い方をしてもいいが、そういう「人たらし」をやっても許される立場になったし、そういうところで議論をやること・知識を提供してくれることに対して楽しくやってくれる人が増えた。

これはなにげにすごいことだ!!僕はここ1月で対談したり、その補助をしてくれたり、…下手をしたら何時間も見てくれたアンチや、匿名投稿を書き続ける彼らにさえ、感謝して止まない。
僕が2年くらい前ならやりたくてできなかったこと・調べたくても調べられなかったことを、周りの人がああだこうだと言って、「選択肢」を山のようにくれる。

TM2502さんから「リアルで会うなんて無理だ」と言ってたけど、彼はなんだかんだ言って、直接対談を彼自身から依頼してくれたし、対談カードを放送するのも気乗りしないながら「お任せする」と言って、こちらに放送までの段取りや根回しを全部任せてくれた。ちょっとしたきっかけから人の縁を作りつつ、自分を支援してくれる人が相互的に増えたので、「これは来た」と思っている。

多媒体、多クラスタの友人やスタッフ、ブレーンが僕の周りでもっと大声でかつ、具体的に僕の意見を貸してくれているので、今の僕個人の技量はともかく、情報環境だけで言えば「過去最高レベル」だ。

  • 「トップ」とはどんな存在か?

自分が好きな絵師さんについて語ったときに「自分は面白くないが、面白い人・モノをを集め、見つけ、見よう見まねするだけ」と僕自身で語った。自分は多分、一番上に登っても「面白い」ってことはなんなのかわかんない。
だけど、もし僕がよりブログとして評価されたら、僕に「面白い」を教えてくれる人が集まってくる。…その量と質が圧倒的に良くなり、ボーダレスで…「しがらみがない」場所にいる。それがきっと「トップ」なんだと思う。


ついこの間までは「僕が実力を評価された時には、全部できる環境を自分でサークルなり、会社なりのチームを作ってそこから発信したい」と思っていたが、最近はその必要さえないと思っている。


『歩こうと言えばもう「輿」あり。なんぞやと問えば「鏡よ鏡」。持つモノ見えず・あらずとも、得るものは見える。』

これが評価されてきた人間の姿なんだと僕は思います。三木谷浩司さんの言葉を借りれば「幹になるベンチャー」という人になれること。その姿がかっちりと見えてきた1日でした。

色んな人が会いに来て、その人と本音で語り合って、あるいは無理を聞いてくれて…お金で生きてるんだけど、お金は結果。結果の前には見えない所で「意志」が動いていて、意志は「行動」になる。「行動」は数や運・縁が伴えば、お金になる。

「お金」の重さは違う。バイトの時給と社員の給料は「数」じゃなくて、「稼いだという感覚」が違う。仕事が面白く感じられるのはその実感の大きさであり、「幹になるベンチャー」がもし、行動よりも先のお金を生み出し、お金よりも先の社会・時代を生み出すならば、それほど重いお金はない。

トップの風景を見てみたいなぁ…。どんな人が僕を助けてくれて、僕はその人に何がしてあげられて、相互的に組んだタッグ(チーム)は周りにどう見られ、それを発信することで世の中はどう変わっていくんだろう?

少なくとも、僕は「彼」と話してみて、「すごい人が僕の後ろにいた」と思った。そのすごい人が去った後に、また「すごい人が僕を見ていたものだ」と驚かされた。更に、数日ぶりにしゃべった彼の話を聞いたときに「彼は確実にたった3日のうちに大きく変わった。それも僕がすごく共感でき、彼のために何かしてあげたいと思う方向に変わった」と思えた。

だからこそ、声を大に出して言おうや!


僕はもっとブログを書き、好きなものを見つけ、面白いを見よう見真似した先にあるもっと面白いモノ、不思議と楽しく働ける場所が見てみたい。

そこに「誰」がいるかは知らないが、「丘の向こう」と呼ぶにふさわしい最高の興奮が待ってると思った