読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

本物の愛ってなんやねん?

教育論

愛=エゴですよ?優しさだのぬくもりだのかんじるのは相手であって与える側が「愛」なんて言ってはいけないのですよ?

「愛してる」というのは自由だが、何を望んでるか、何を感じているかを述べるのは相手であって、君じゃない。僕でもない。悲しいが、好きな子が出来たって、相手が俺のことを好きだとは限らないし、自分を愛してる人が自分の望むような優しさを提供してくれるとも限らない。

セクハラやストーカーだって愛情から始まるんだぜ?僕が生まれるよりもずっと大昔には「love&peace」なんぞという世迷言が流行ったこともあったね。他にもケータイ電話のCMで「everything is love」なんてフレーズもあったけど…そうさ!無関心から犯罪なんぞ起こらんよ。もし、無関心な人が被害な巻き込まれるとしたら、何かしらの愛憎をもった加害者がいるからであろうよ?

「女に振られたの?」「試験に落ちたの?」とか思ってるんだろ?それはないけど、情緒不安定な時期にいやにベタベタなラブコメを見てしまいましてね…まぁ、キレたのですよ。

ええ、キレる若者とは私のことです。が、悪いとは思いません。時代感覚のない癖に、えらく高飛車な年寄りが多いから私のような青二才は、青二才たるためにキレる。何が問題だというのでしょうか?

  • そもそも、生まれるプロセスからして不確かな生き物に「本当」なんかわからない。

どうせ、中二病なんぞと言われる御託を並べよう。

それぞれの人生は平凡であれ、優秀であれ、それなりの低確率を飛び越えて形成されてる。
まず、何億という精子のうちの一つから生まれたこともしかり、その後健康に生き残ることしかり、学校を受験したり、就活の何十倍・何百倍を乗り越えることしかり、そして生涯出会う人間の数は3万人と言われる中で、一生連れ添う一人を選ぶ。

「勝てば官軍」って言葉があるだろ?うちのブログはネット上のあらゆるブログの中で購読者で上位1.5%、はてなブックマーク数では0.34%の数字をたたき出してる。つまり、購読者数なら67人に一人、ブックマーク数で言えば、僕は人気のまとめサイトを含めても300人に一人のブロガーなんですぜ?
少し前に、東大生に僕のブログのアクセス数を晒したことがあるが、「低い確率を勝ち抜く」東大生と同じぐらいには俺のブログの方がすごいんだよね?

東大生が毎年3千人生まれてるのに対して、センター試験の受験者数が55万人前後。確率としては200人に一人くらいだし、浪人して入った人については「0.5(200分の1)×浪人した回数」なので、ブックマーク数はもちろん、購読者数さえ確率で下回ることはない。
そりゃ、その後に大企業に入れば、今の大企業は100倍以上の確率でくぐり抜けるのだから「ぐうの音も出ないほど負けました」と言えるけど、そんな人ばっかりでもない。

「勝つ」と一口に言っても、「どれだけショーもないことでも」数字や実績など見える形の成功体験を収められる人は限られてる。思い出して欲しいね。「クラス一位」でもいいから、君らが1位になったことを思い出してご覧よ?多分、卒業アルバムで「将来○○になりそうな人」ぐらいでしかないから!学校の勉強とか、体育の身体測定とかそういう明確な競争で勝てた記憶のある運のいい人はそんなにいないから!

この間、しれっと「80人から2名選びたい。君もその中の一人だ」とか言われたんだけど、その瞬間にぞっとしたね。一応、それなりの関門を突破した競争への参加だったが…まぁ、確率の前には「なすすべもない」と思ったよ。

一番低確率を勝ち抜いたブログでさえ、かれこれ600以上の記事をオンライン上に載せたが、ヒットの法則なんかわからんよ!なぜ勝ったか?運が良かったことと続けていたこと、あきらめなかったこと。そんだけ。誰にでもできる平凡な「勝利要因」。

何が言いたいか?自分の生きている空間なんぞ「低確率の上に成り立ってて、その哲学も価値観も運の前には糞ほどの価値もない」と言いたい。

勝つも負けるも「たまたま」であって…確率の前ではどうにもならんよ。特に人が決めることは基準さえわからない。恋愛も資格や就活も、父母や先生の評価さえもわからんよ。

そりゃ、成功体験があることはその時・その条件下では正しかったのでしょう?ただ、まったくもって同じ条件なんてほとんどないぜ?

試験だとか、学問だとかボクシングだとか面接なんて環境が特殊なのよ?100%同じ条件、争う?無理無理!実社会を生きていく上で困るのはむしろ、言葉とか前提が違う人とやりあう時であって、そういうことは学校では教えてくれない。「先生に好かれるすべを処世術として学ぶじゃないか!」とか言う人もいるだろうけど…授業なんか辞めて学校間で戦争でも(騎馬戦でも団体スポーツでも商売でも農業でもなんでもいいけど「世代を超えたチームプレイ」を)やったほうがずっとコミュ力がつく。違う?

学校なんぞ工場なんだから。元々の目的が貧民や囚人を(社会的に)再利用するための施設なんだから!!工場労働になじむために体で規律を覚えさせるための施設なんだから!!…違う?

絶対の真理があるとすれば、それは前職で専務が僕に行った「臨機応変」。そして師匠が私にさずけた「為せば成る」という彼女の座右の銘。(「1と0」だけは根本的に違うからね)この2つの言葉だけだ。それ以外は全部不確か。99%は仮説だ。

本当だとか、嘘だとか言うのは「論理的に」であって、それらは前提や使い道次第では「矛盾」する。
そのことに気づいちまうと、正気を保つのもやっとでね…。絶望しちまうのですよ。

「本当の愛」だって?「無償の愛(アガペ)」だって?そんなものはないよ。だいたい、「愛」も「本当」も論理的に定義できない人達が自分達の潔白を証明するために言うのだが…嘘だよ。本当かもしれないけど、それは時と場合によっては嘘だよ。そのぐらい曖昧なものだよ。

  • 限界に気づくのではない。「大したカードを持ってない」と気づくだけ。

明後日、id:amamakoさんとラジオ対決*1することになってまして…彼は僕よりも低い確率を勝ち抜いて生きてる人なのだから僕よりもきっと力があるんだと思う。

…はい。すごく枯れてますけど(^。^;)

その彼でさえ、「限界に気づいた」と言っているブログ記事があるのだが、気づいたのは「限界」ではなくて、「道の距離」なんじゃないのかなぁ…と僕はあままこさんの記事を見て思った。

「彼が」ではなく、何かしらの分野で「賢い」と評価されたことのある人、勉強し尽くした人の多くは若さゆえに頭でっかちなんだと思う。
言っちゃ悪いけど、小学生や中学生は学校とその地域が全てで…社会でどんなニュースが起こったかなんぞどうでもいいのですよ。彼らにとって。

これが高校生になると視野が広がり、大学生ぐらいになるとお金や名誉に関わる競争を経験してない人がいなくなる。そうなると、自分に足りないものの方が増えて感じる。

新米社会人になるとだなぁ…もう、それはそれは学力の無意味さ、哲学の脆弱さを知る。もっともっと世の中に役に立つ、自分の身を守る技術はつまらないところにあって、平凡で、古典的なものだと気付かされる。
意味がないわけじゃないけど、学校の勉強とかスポーツの努力だけじゃできないし、得られないごく平凡な幸せの大事さとその難しさに気づかされる。

そんで、20年・30年生きて気づいたことが「人生って望んでいたよりもずっとつまんない。」ってこと。それは限界ではない。足りないんだ。自分自身が世の中に最適化しきれない部分なんだ。

僕はまだ彼よか若いから「補充できる」と考える。彼は「補充できない」と決断したのかな?いや、彼に限らず多くの「限界が見えるようになる」と判断した人は足りないと気づき、どうして「できない」と思ったんだろうねぇ?

「できないこともある」は正しい。だけど「やらないとできない」のもまた正しい。そして「やってもできるとは限らない」も正しい。もう少しいえば「できた、できないを判断するのは自分ではないから『限界』を自分で決めても周りはそう思ってくれるとは限らない」から、僕は「足りない」という言い方が正しいと思ってる。

あままこさんと僕は全然考え方の違う人間なので、僕は彼を批判できないし、僕も彼に批判される覚えはない。「違うと思う」と個人の考えとして考えをぶつけ合うことしかできないと思ってる。周りが 「青二才が間違ってる」「青二才が正論」「両方バカ」などの評価を下すことはあっても、ぼくら二人が考えてる勝ち負けと一致するとも限らない。

本音を言えば、すべてのブログは「※このブログは個人的推論であり、強制力はありません。情報の取捨選択は自分で行なってください。あなたに強要はしません」と付け加えるべきだと思ってます(笑)

まぁ、今書いてることも個人的推論で正しいとも、強制力を持ってるとも言えないのよねぇ…。

僕がどんだけ必死に「本当の愛なんかない」「愛があれば万事解決なんて宗教だ」と言ったところで、僕が間違ってるとか、僕よりも評価されたブロガーが僕を批判したりとか…本当の愛と呼べるような事例が実は僕が知らぬだけで世の中に存在したりとか…。

そんな事があるから、人の話なんか聞かないほうがいいのですよ。聞いても話半分。情報も事件も話半分。それでいいんです。成功者の方が「たまたま」な少数派なんですから。金持ちでも難関試験の合格者でも、人気のブロガーも…。全部少数派で、たまたま偶然にそうなっただけ。

そんな奴の言い分は無視していいんです。同じ難関を2度くぐり抜けるのはほぼできないんだから(笑)「1からアカウント作り直して、全く違う芸風でブログ作れ」って言われたら俺は出来る気がしないもの(笑)


参考資料

きっかけはこれ。

とあるクズが年をとるということ - バーチャルネットアイドルあままこ15歳 とあるクズが年をとるということ - バーチャルネットアイドルあままこ15歳

こんなタイトルでブログがかける時点であままこさんはバイタリティーあふれる元気マンな気がします。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ツイッターやってるよ。

http://twitter.com/tm2501

*1:読みは「がチバトル」