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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

回転寿司屋にて

教育論 メシの話

昨日、午前中からイベントでスタッフしてくれたナースさんと会う機会があった。その時にした議論をちょっと書いておきたい。

  • あらすじ

午前中にうちの近くで会って飯を食って公園経由で駅まで歩くというピクニックデートみたいなことをうちのスタッフさんとやりました。けっこう僕の中で難しい時期だからその相談事をしていた部分もあるのですが、それ以外のパートが思いの外面白くなったので、その話をしましょう。

※ナースさんとのピクニックの話は前編・後編に分かれています。前編では近所の回転寿司屋に行って話したネタ。後半は寿司屋ではなく、公園での対談。

前半は子どもの話。後半は男女それぞれの世代論のお話です。

  • 子どもを走らせるなよ!

いつも僕とナースさんが対談するときは(値段は抑え気味に)居酒屋か大人の雰囲気のあるお店にしてる。それは僕が『一人では入りにくいお店』に入りたいからであり、接待の練習も兼ねて人とはいる店は調べはしないけどこだわってる。

だけど、昨日は珍しくそういうこだわりを捨てて、ただの回転寿司屋に行った。
知ってることだけど、土日の回転寿司は子どもだらけなんだ。
回転寿司はバイト経験があるから言うが…あまり幼児を連れてこないほうがいいです。これは「くるな」というのではなく、「子どもが走り回ったら危ない」から。理由はざっくり3つあります。

1、ホールさんが割れ物や汁物を持っていて、ぶつかって子どもに落としたら危ないから。
2、昼夜問わず、高齢者・飲酒した客が多いため、子どもが走ってぶつかったら危ない。
3、待ち時間が長いので、子どもが泣き出したり暴れたりして扱いが大変。

どこかにぶつかって泣き出したとか、怪我したとかそういう事をお店に文句を垂れる人がネット上のコピペにもなっていますが…寿司屋もファミレスも、ベビーシッターではありません。

だいたい、怪我して困るのは子どもなのだから、僕は子どもと外食させるとか買い物に連れていくとか、そういうことを平然とやる世の中の親が怖くて仕方ない。…このブログの読者が、アラフォー・アラサーといった人の親をする世代の読者が多いから言いますよ!!

お店は子どもを連れてきてもらったほうが儲かるから「商売上」はいいよ?でも、しつけられてない子どもが大怪我したときに誰も責任が負えないのですよ。お店も、親も、当然ながら子ども自身も。
僕個人的には連れてきて欲しくない。連れてきてもいいけど、お店の中を走り回ってもいいのは『パートのおばちゃ=ご近所や同級生のオカン』のド田舎だけ。…まぁ、僕はその手の田舎に引っ越してきた頃にはスーパーで走る歳ではなかったけどね。

こういう理由から僕は東京で子育てをやりたくない。他にも色々あるけど、東京で子育てするなら自分がその街のコミュニティーに馴染んでいて、困ったときにお互い様で負担を分け合える「ご近所」がいないとやりたくない。

これはナースさんも同じ意見で、自分が子育てしてる時には下の子が小3になるまでそういう場所で外食することはなかったそうな…。買い物についても疲れるまで遊ばせてから連れて行き、走り回ってトラブルになるような事は極力避けたらしい。それでも一人で歩いていくことは当然あるから、「絶対走るなよ!」で走ったら⊂彡☆))Д´)パーンしてたそうです。

アスキーアートはイメージです

  _, ,_ ∩))
(*`皿´)彡  パンパンパンパン
  ((⊂彡☆∩)) _, ,_  _, ,_
  ((⊂((⌒⌒ ((Д´≡`Д)) うああぁぁぁ ――――― !!!
      `ヽ_つ ⊂ノ

ところがナースさんや僕みたいな意識の親御さんは世の中に少ないんだよね。…お店の中を走り回らないで「じっとしててね」ぐらいは僕は言われたし、言うのがマナーだと思うのだが、それさえも寿司屋の中でしていたのが親御さんのうちの3分の一ぐらいだったため、空恐ろしいモノを感じたね。

100歩譲っても「見えるところにいてね」というのが礼儀なのだが…待合のところからお店の中に走っていってしまうため、「あなたは子どもを『飼っている』のですか?」と聴きたくて仕方なかった。(「聞く」ではなく「聴く」ね。しゃべる価値もない相手だから、回答に興味がないので。)

  • なぜ、子どもは「飼われる」ようになったのか?

問題だと嘆いても解決しないし、ただの批判になってしまう。では、この問題に「なんでそうなったか」という話を当てはめてみたい。

…が、実を言うとこの議論は僕とマイミクさんとのmixi内の会議で議論し終えてる話なんだ。

拙作体罰と「想像力」と「公共性」と… - とある青二才の斜方前進 体罰と「想像力」と「公共性」と… - とある青二才の斜方前進を書く前後に僕がよく意見をいただく科学者さんと議論が済んでるネタなんだ。

全員の意見は一致していて、持ってる答えもほぼ一致してる。

TM2501→確実に、僕が子どもの頃よりも親が甘くなってる。体罰どころか躾さえろくにしない。自分かわいさゆえにそういうことが言えてない。

科学者→「躾さえろくにしない」ではなく「できない」なんだ。団塊の世代が子育てをしたとき…つまり40年前からの現象で、「子どもに自分と同じ苦労をさせたくない」という気持ちが言うべき・やるべき躾をやらずに子どもを大人にしてしまった。そうして育った今のバブル〜ロスジェネ世代の親世代が子どもを躾「できない」程に常識を知らずに育ってしまっている。

ナース(及び私が昔よく会っていた歌い手さん)→「女」から母親になってないから、子どもに対して責任意識がないから平然と周囲のせいにするばかりで、子どもがする粗相に対して居心地の悪さを感じずにいられる。そういう女が子どもを殺すんだよ。

TM2501→そういう契約社会的な原理が適応できるのは双方のモラルや常識が一定以上あることが大前提だ。そういう馬鹿なことを言う「世間知らず」な女がどうしているかが僕には想像がつかない。

ナース→間違った女性優遇・子育て優遇の結果が母親たる自覚を芽生えさせる前に、酷い親を増長させる。いくら周囲が配慮しても、子どものため・周囲のために親が我慢すべきところを我慢できてないんだ。

TM2501→科学者が言うように、「しつけができない」親が居て、その親はそもそも自分が親になった時のふるまい方を知らないし周囲に手本がいない。(あるいは社会的にそういう母親・父親を尊敬され、検証されることが本質的になされてこなかった)

と、こういう事を真面目に書くと古参の読者から「TM2501は老けた」とか言われる。若返りたいんだけど…「老い方」を考えないといけないとも僕は思ってる。

僕は28までには嫁さん貰いたいと思ってる人だから、こういうことはやたら必死に考えちゃうのよ。若く居てもいい部分もあるんだけど、僕みたいにアラフォーの年配者に発言力を持ってる『20代が「彼らの常識の合わせつつ、ボクらの時代にあった新しい常識」を提示しないといけない』のだよ。…そりゃ、僕らの常識だけで済むなら「若い力」なんて言うある種の安直さ・主観信仰を振りかざすスタイルを変えなかった。でも、そういう世代差を超えないといけない部分が多いことにも最近は強く気づかされる。…そのきっかけについては後半で語るけど、子育てや子どもの躾というのは僕にとっては「温故知新」でならぬ分野で、「こういう時代だから」で済んでいい部分とダメな部分は大きい。

躾はそのひとつだろうね。そりゃ、自由奔放に走り回ったほうがいいシーンだってあるが、それと「じっとできない」のは別問題だ。

しつけができないし、やること自体が苦痛。それでいて、男性には子育てする女性を批判する風潮は弱い。(それどころか、「悪平等」なまでに子育てする女性を過保護に扱っている社会が眼前にある)

人権って難しいよなぁ…過保護にしちゃうと、逆差別を生んだり、差別やいじめが陰険になる。それって国が保護するように呼びかけたり、宣伝されることは宣伝能力として強すぎるんだよね。もっと現場の良心・裁量に任せても良い部分をメディアや政治みたいな強権的な手段でモラルを決めたり、変えたりするようになっちゃった事の「キズ」になるんだよなぁ…。

もちろん、そういう乱暴さも必要なときがあるからアナーキー(無政府主義)になり切れる僕は徹底的に公権力を批判することはできないのよね。ただ、頭でっかちに「民主主義」を唱えることは嫌いでかつ賛同できないのよね…。どんな制度もそれらを判断する情報とモラルがなきゃ、「誰が」にかかわらず人々は判断がつかない。

…その意味で政治やメディアのやってる「男女平等参画社会」なるものや、団塊〜バブルにかけて流行ってきた「フェミズム」の末路が「躾のできない親」なんだということは僕からははっきり言っておきたい。

寿司屋の話に少しだけ戻ろう。僕が食べていた生海老に髪の毛が乗っていた。寿司屋勤務の経験上、1月に一度あるかないかの割合でこういう事故は起こるので「しゃーない」と思いながら、変えてもらった。
血相かいたパートのおばちゃんが出てきて、下げた。その後、「すぐに係のものがお持ちします」と謝りに来て…最後は店長らしき人が生海老ひと皿を大事そうに持って来るではないか…。

もう、見ているだけでお腹いっぱいになるような光景だった。

大学時代にバイトしてたときはこういうのを「真摯な対応」と賞賛していたし、自分も叩かれたくないからこうしていたが…まぁ、客になってやられると居心地が悪い。
どの分野にも言えることだけど、こういう過剰サービスが会社を蝕み、やがて「お客のため」の意味がわからなくなって自分本位・会社本位なサービスへと変化していく会社が増えた。

こんな馬鹿みたいな働き方をしてたら、精神を病んだり、ニートになったりする人が出ても文句が言えないが…指摘してるのはネット上の一部のブロガーさんぐらいだけで、世の中では過剰なまでのサービスを賞賛する。…具体的には日経新聞なんですけどね(名指し攻撃)

そんなことをしていれば、僕みたいに気が弱い人を除けば「殴られる前に殴れ」と人に文句を垂れる社会になるし、それを見た子どもは働く苦労を知る前にそういうことを平気でやる消費者になる。そして、バイトなどで現実を知ると「働きたくない」「働いたとしても責任者になって謝りに行くのはやだ」と言い出す。

今、アベノミクスなどと経済政策が盛り上がっているが、結局はお金が増えたって何も変わらない。精神的負担を乗り越えてでもお金を欲しいと思う人が増えるか、働く上での精神的負担を減らさないと本質的なところは何も変わらない。

子育て支援政策も同じだよ。どこまで行っても、国はベビーシッターをすべての国民に派遣するのは不可能だし、そんなことを誰も求めない。金銭的もしくは制度的支援はできても、個別案件は会社や個人・共同体のモラルで決まる。

そういう意味で、「人口が増えるからこれからはBRICsが買いです」とか5年・10年前にほざいてた経済学者は死ねばいいと思ってる!人口増えたって働く気がない・モラルが低い人を相手にするから過剰なコストがかかる国ではビジネスは成長しない。

そういう議論をしてる人がすご〜く少ないから、アベノミクスだとか女性の権利だとか言うんだけどさ…権利やお金みたいなマクロ的なものが少ないから、自分は恵まれないと思うわけ?それは半分正しいけど、半分間違えだよ?

誰が、子どもの躾もしない親に「助けてあげたい」と思うの?おしゃべりに夢中な母親を無視して、お店のものを子どもが壊した時に「お店のせい」で通るなら、子ども入店お断りにするか、「子ども料金」をお店が作ってもいいよね?ただでさえ忙しいし、給料安いのに、どうしてそこまでしないといけないのさ?

認知症の老人や知的障害者についても一緒。差別する気はないけど、商売を破壊するような行為の責任を負わされるならそんなお客を断る「区別」ぐらいはさせてあげなきゃフェアじゃない。

そりゃ、権利上は平等ですよ?だけど、それはルールを守ることが大前提です。それが守れないような自由や権利を押し付けたり、振りかざしたり、あらゆる規律を「前時代的」だとせせら笑うような態度を取るなら、そんなものは貨幣・非貨幣にかかわらず、お客の存在そのものがお店の負担になるのです。

…僕が最後に食べようと取ったミルクレープ皿の向こうに居た親子を見て、そんなことを考えるのでした。