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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

ニコ動とクールジャパンとはてな村と…〜面白いものは笑われる人のために〜


「『面白い人に会いたい』なんてのぼせたこと言うんじゃないよ!自分で楽しみを見つけられない人に面白い人は会いたい訳がないじゃないか」

…結論だけ書くとこれだけ。もうちょっと付け加えると「はてな村が面白いのはみんなが笑いものにされた経験があるし、笑いものにされるリスクと背中合わせに人を笑ってるから」とか、「ニコ動がつまんなくなったのは自分だけが人を笑いものにしようとするムシ(のいい)野郎が増えて、笑い者を勝手でなくなったから」なんだよね。

…いじり愛とでも言えばいいのかな?いや、僕が愛されてる愛されてない、人を愛してる愛してないって話じゃないのよ。わかる人に説明することばなら「はてな村って同人的」なのよ。情報を受信するだけの純粋な『お客様』がいなくて、名のしれたIDの人がコメントなりブログなりを書くとみんなから面白い意見を言うように期待されてるし、コメントや趣向が気に食わないと匿名で非難される。
はてな村民」と認知されたら、ブログはもちろんツイッターなどの他媒体やメインでないブログも監視の対象になる。本人さえ忘れてるような失言を過去何年分の記事を読んで蒸し返して来るしつこさ。

…怖そうな所でしょ?でもね、そんな場所から本を出したり、小説で賞を取る人、マンガ家や有名な同人作家もいる。例えるなら「東急ハンズ」とか「ヴィレッジヴァンガード」みたいな感じ。『ガラクタさえ拒まないほどの猥雑感こそ面白いを生み出す』はてな村とか昔のニコ動はそういう空気あるね。幸せでも居心地の良い場所でもないけど、面白いものはあるよ。

はてなは書き手の後押しをしないの? はてなは書き手の後押しをしないの?

この記事を各きっかけをくれた「はてなは書き手を後押ししないの?」の作者に感謝します。僕なりに作るということ、面白いということ、について書き、それを踏まえた上で起こっている現象や議論されている間違えなどを指摘して、この記事への答えとしたい。

  • ニコ動がつまんなくなった理由は「面白くない人が面白い人に群がった」から

ニコ動とはてなはサービスというか、面白さの質感というか…そういうものがよく似ている。具体的には「作品」と「コメント機能」が両方あって、それぞれの面白さが混ざり合い、ユーザーの中から頭一つ抜けた人が出てきて、その人の周りに面白いことをしたい人、できる人が集まる。…ニコニコ・2ch・はてな・mixiTwitterなどのサービスは元々「ユーザー主導」のほうが面白いサービスだ。(運営者は技術的支援に徹して広告量や、ユーザーへの技術的なサービスでお金をもらう)

逆なのが「モバゲー・GREE・アメブロ・Yahoo!」だろうね。面白い人やアプリを持ち込んで、それ目当てに集まった人からお金をもらうというビジネスモデル。…ライブドアとFC2はすっぱりわけられないから保留ね。どっちもやってるし、どちらでもないから保留。

自分も含めて、かつてのニコ厨と会うと「つまんなくなった」という(感じる)理由を議論すると、だいたい2つの理由にたどり着く。
1、にわかオタク(ライトユーザー)が増え、古参(ヘビーユーザー)が減り、コメントの質の低下・動画を見ていて感性の不一致が生じる事が増えて、ニコ動を見るのをやめた。
2、ニコ動が著作権上クリーンになることを表明したため、かつては見られた不法アップロード作品が見られなくなったほか、好きなアニメの二次創作作品が投稿されなくなった。

昔だと2の側面が強かったのですが、今は2については結構改善されてる。…いや、ニコ動に様々な有名人や業者が供給する商用のコンテンツがあふれた(無料もあるし、格安に有料で視聴できるものも複数ある)

だけど、1については改善されるどころか、むしろ悪くなってる。コメントの質も、ユーザーの感性もライトユーザーに合わせられ、古参の人らはどんどん居場所を失ってる。それは好きだったコンテンツが削除されたからではなく、行き場を失っているのだ。
昔からニコ動は動画がざらに削除されていた。理由も明かされず削除されることがざらにあったため、ユーザーもユーザーで「仕方無い」と起点を利かせて次の楽しみ・次のブームをつくり、1週間とか1月ごとに新しいネタができていった。

最も象徴的なコンテンツは「東映版スパイダーマン」だろう。大昔(70年代)に東映が作ったスパイダーマンの登場シーンだけを編集した動画が、100万再生以上を記録する人気があった。

動画についてるコメントやタグの機能をいじって、みんなで盛り上がってるのに「いつ削除されるかなぁ…」とワクワクしてる。権利上は違反だとみんな自覚した上で「生かされてる動画」を毎日毎日「今日も消えてない」とかなんとか言いながら見に来る。「俺の14分を返せ」とかなんとか言いながらも毎日毎日同じに内容…ただ、スパイダーマンが名乗るだけの動画を見に来る。実はマーベル社で東映版スパイダーマンがほぼ全編見られるのに、ほとんどの人はそれを知りながらもただ名乗るだけの動画に来る。

一般的にイメージされるオタクのイメージからしたら異質で、何の生産性もない行動なのだが、そういう行動をとる人がかなり多くいた。
他にもテニミュ(【テニスの王子様】のミュージカル作品)やアイドルマスター、そして一部の歌い手の動画にはコメント職人が♡や空耳の字幕などを貼り付けて大いに沸かせた。…同じ動画を【コメントが楽しみだから】という理由で何度も何度も見に行くようなコンテンツが複数あった。それは単なる「情報収集」や「観賞」ではなく、参加しているという意識があった。

だけど、今のニコ動はそういう動画が消えたり、埋没したりした。経営陣に夏野剛という人(iモード作った人)が加入してからのニコ動はニコ動というポータルサイトになってしまって、2chやはてなのような猥雑感が消えた。
ルールを整備したから猥雑感が消えた?違う違う。交流できなくなったから消えた。それこそ、大昔の一番最初の頃は職人のコメントが綺麗・秀逸などの理由でコメントを控えていた人もいるほど。だが、そういう人が居なくなった。

mixiで言うところの「足跡機能が消えた」とか「mixiボイス機能を導入したせいでmixi日記による交流(ニュースの感想を日記を書く文化)が衰退した」とかそういう感想に近い。*1

限りなくプロに近い(もしくはプロ)による動画投稿や宣伝としてニコ動が利用されることが横行、奨励され、アマチュアの荒削りで面白い動画を盛り立てる動画の文化は下火になってしまった。手軽でキャッチー、それでいて予備知識がそれほど要らないわかりやすい作品が増え、暗黙のルールが作品を面白くする文化は衰退した。残ってるけどかつてほど色濃くなくなった。

…え?わかりにくい?だったら、こう考えてみたらどうかな?

学校でやる遊び(遊具を使った遊び・鬼ごっこ・ドロケイ・かくれんぼ・ドッジボールなどのすごくアナログな遊び)と、家に帰ってやった遊び(習い事、ファミコン遊戯王、オセロなどのボードゲーム、裏山の探索、隣町で自転車を飛ばしていく)は全く別物の面白さでしょ?
学校でやる遊びは遊び道具が限られてくる学校だからこそ、ひねったルールを作って似たりよったりでも遊びを工夫して楽しくできる。チーム戦の場合、身体的な能力の差を配慮したハンディーや戦力均衡の方法なんかもあれこれ考える。また、自発的にルール設計から遊びを作ったり、運用する機会は少ないため、それ自体が参加型で楽しい。

…ニコ動やはてなはそういう遊び。炎上したり、非難されたりするが、金銭的な損得が付きまとわないので、子ども的な「作る」楽しさがそこにある。

逆に、習い事やファミコン遊戯王ポケモンカード)・ボードゲームはルールが決まってる。完成された遊びなのでそこに独自ルールを加えるのは難しい。ローカルルールが作れないことはない。ファミコン(僕の頃ならスーファミ・64)の頃のゲームはバグを見つける楽しさがあったけど、今のゲームは完全に作りこまれすぎて、そういう楽しさはかなり減った。

…こっちがモバゲーやアメブロ的な楽しさ。楽しい人に楽しいことを与えてもらって楽しむ遊び。完全に作り込まれているが故に、平等に誰でも楽しめる。だが、プレイ時間やお金が楽しめるかどうかを左右してしまうため、面白いことができると自負している人、あるいはもっと面白い遊び方をゲームに対して思いついてしまった人には辛い。

  • クールジャパンなどというが、日本文化は元々「学校遊び」的な経緯を経て生まれるモノ

「日本のクールなものを海外に宣伝・普及しよう」というクールジャパンに僕が批判的な理由。それは「クールな人がクールとは何かを説明するお手伝いをする」という政策ではなく、「クールじゃない人が、クールな人に聞きかじったクールを説明する」というクールジャパンだから僕は許せない。

【ジェネレーション天国】という3世代の流行や趣向の違いにスポットを当てた番組がある。例えば、団塊の世代(番組ではバナナ世代)は憧れの海外旅行先は「ハワイ」で、バブル世代は「アジアンリゾート」、そして最近の若者は「パワースポット(マチュピチュ遺跡やエアーズ・ロックみたいな奴)」だという。
でも、時代なんてデータや趣向(トレンド)を探っただけじゃわからないのよね…。僕からしたら団塊の世代にとって「進駐軍」が身近な存在だった…と、番組で聞いておきながら「憧れの海外旅行先」がハワイなのは理解できない。少なくとも僕がその事実を聞いたときには「日本が戦争中に焼き散らかした地域に観光に行くなんて発想になるあなた達は能天気なのか?」と心の底から思う。

「俺の父ちゃんは日本兵に殺されたんだ」とか吠えられたり、殴られたりする事をこれっぽっちも考えないでハワイに旅行してたとしたら、相当変な国柄だと思うが…そこらへんの整合性はどうとっていたんだろう?(番組中での説明はなかったからここで書いてる。)
他にも憧れの外国人アーティストについて、僕らの世代はK-POPに憧れたことになってる。へぇ…アタイ知らんかった。原宿にK-POPの専門店があるのは知ってたけど、K-POPが世代を通じたブームだなんて僕はその番組で初めて知ったよ。

世代論や国家論など、主語が表すものの規模が大きすぎるものはざっくりと時代を表すことができても、的確に質疑応答したり、その魅力を熱く語るには脆弱だ。今から下に書く事を外人から聞かれて答えられる人は答えてみてください。

1、「仏教と神道の違いはなんですか?あと「八百万の神様」ってどんな概念ですか?」(宗教)
2、「天皇陛下って日本ではどういう扱いなの?emperorと英語では言うけど、他の国の皇帝とはずいぶん違って見えるが…」(歴史)
3、「萌えって何?【かわいい】や【蕩れ】(見蕩れる)や【美しい】とはどう違うの?」(文化)
4、「【うまみ】って我々(特に欧米人)の感覚からしたら何?」(味覚)
5、「【団地妻】の概念を我々(やっぱり欧米人)にわかるように説明して。」(風俗)

他にもめんどくさいので「わびさびってなんぞ?」とか色々思いつくけど、とりあえずここらへんで。わびさびはともかく、1〜5についてはなんとか説明できる。(日本語ならね。英語は無理!!通訳が居ても多分、俺の日本語を訳せないような言い回しする。)

ここまで書いて「クールジャパンは確かに無謀だ」といったところで、そもそも論言っていい?

ニコ動やはてな村に関するパートで触れたように、新しい遊び…それこそ【文化】は「面白い人同士がお互いのことをあざけり合って」できるもの。あざけりあってる場所、みんなでニタニタと暗黙のルールが形成されている場所から、コロッと外に出てみると絶賛されてそれが商売になったりする。

学校の遊びやコミケ、ネット上のユーザーだけで通じる遊び、食糧難の中で作り出された新しい料理*2…洗礼はいろいろあるけど、これは別に「日本の文化」というものでもない。世界中どこにだってある光景。

例えば、日本の寿司とアメリカの寿司は違う。日本じゃ巻かないようなネタを巻いている寿司もある。逆に日本に入ってきた韓国キムチと日本のキムチも違うもの。日本はたくわんやしば漬けなどの漬物文化の影響で食感があってつかりすぎてないモノを好むが、朝鮮系の人が作ったキムチの大半は酸っぱくなるギリギリまで漬け込んだものが多い。日本のものに慣れている人にとっては【辛くて酸っぱい】。他にも中国では日本ほど焼き餃子はポピュラーじゃないし、ラーメンも同じ。

企業の文化もそう。日本式の経営なり、働き方を見ると奴隷制・身分制が色濃い国で「偉い人まで一緒に汗水垂らすなんてすごい」といい、逆にアメリカ人が働いているドキュメンタリーや現場を見ると、日本人は「なんて効率的で合理化されているんだ」と驚く。

お互いにとって好みも追求する価値観も違うため、良いところを真似したり、なじむように改良することで日本でもその国でもない新しい「クールジャパン」を作る。『【クールジャパン】なんてものは初めからなかった』というのがそもそも論。いや、あったとしても日本人から言い出すものではなく、外国人が「クールジャパン」(≠日本)という仮想の日本を作ってそれに対して与えられるもの。日本政府やクールジャパンの委員会の人らが売り込みたい商材(AKB48とかB級グルメ)はクールジャパンじゃないよ。

…新しいモノが作られたり、生まれたりする場所にいたことのある人なら誰でも知ってる本質なのだが、誰も言わないのであえて言ってみました。長いの記事になりましたが、最後までお付き合い頂きありがとうございました。


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Twitterやってるよ

https://twitter.com/tm2501

*1:mixi自体はネットを通じた交流が活発な場所だったが、足跡機能やmixi日記の衰退はユーザーからマイミク以外との交流の場を激減させた

*2:料理なんかも食材不足などの制限が予想外な食品を使うこと・新しい調理法を作ることで料理の歴史を変えてる。あとは、モノを言うお客さんの意見で変わっちゃったり。ちなみに、とんこつラーメンの麺が細いのはそのルーツとなるお店が市場の横にあっていそいでる人が食べるモノだったため、待たせることができなかったから。ホルモン焼きについては戦後の食糧難の時、在日コリアンの人が農家からもらってきて試しに調理したのがきっかけ。