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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

いい加減、「時間」で商売を見ませんかい?〜AKB48が本当にすごい理由〜


僕の一番の出世作とほぼ100%同じ話なので「知ってるよそんなこと。【シロクマの自己愛的分析】【脱社畜ブログの意識の高い学生批判】【青二才の「時間的消費」】ははてな三大「口酸っぱく述べられた持論」じゃないか!」と僕の熱心の読者が呆れそうな話が今回のお題です。というのも、こんな記事が目に飛び込んできたから。

1600億円 −音楽業界でまさかの「逆転現象」発生中 :PRESIDENT Online - プレジデント 1600億円 −音楽業界でまさかの「逆転現象」発生中 :PRESIDENT Online - プレジデント

CD・DVDが売れなくて、着うたもCDらの売上を補えない代わりに、コンサートの売上は上がり続けてるんだって。この事実だけ見ても言えることと、もっと現場にいないとわかんないこととあると思うんだけど、このニュースから考えられそうなことをいくつか言ってみようかい。

  • 僕が口酸っぱく言っている話【時間的消費】について

あとだしジャンケンとかじゃなくて、僕は高校2年生の段階で「アイドルばっかりになって、(生演奏ができる)バンドがオリコンチャートに入らなくなったら、音楽業界(CDやテレビ上で音楽を売る業界)は滅ぶよ?」と恩師の前で予言してました。

そんで、大学生になってからあるバンドのライブに(誘われて)通ってわかったことは「音楽ビジネスってウォークマン的に考えないといけないんだなぁ…」という事。

「ウォークマン的」には2つの意味がある。1つは「音楽に関するあらゆる「ハード」は「時間というソフト」であり、ウォークマンは【音楽のある時間を売っている】と考えるべき」ということ。もう1つは「声優やアイドルのように音質や音楽などの空間ではなく、二次元的な「名前(ブランド)」にお金を払っている人達にとっては【音楽のある時間】ではなく、【好きな人と一緒にいる時間】として音楽を消費しているんだ」ということ。


僕が自分の出世作で書いた事であり、その2ヵ月前から僕のブログによく遊びにきていた「我無回」というコテハンの人が僕の言い分を要約し、言い換えていたもの。それが【時間的消費】という概念。
人間が唯一平等に持っているもの、それは「時間」なんだよね。(ライフスタイルによっては寿命が縮んで、持ち時間が変わるけど、それも「密度濃い時間」を選んだ結果なわけだ。)
だが、人々は忙しい。「仕事に忙しい」だけではなく、限られた時間の中で自らが趣味・娯楽さえも選択しなければならない。その時間を使ってもらえること自体が貨幣的価値があり、また評価されていると言えるぐらい大事なことなんだ。(参考・堀江貴文著「拝金」)

【時間的消費】の意識に基づいてビジネスを作り上げると人々の生活そのものが変わる。
「○○にかかっていた時間を」短縮する・増やす・持ち歩けるようにする・そこでしか買えないものにする・一緒に過ごす・一人用・快適にする(できるようにする)…色々ありますが、真っ先に浮かぶのはこの辺だよね。*1

例をいくつか

時間圧縮
洗濯機や電子レンジ・新幹線(に代表される開発事業各種)…細かい例でもいいなら「カップヌードルのかやくをあらかじめかけられた状態にして、「蓋を開け、お湯を入れるだけで完成」の状態で販売」、カップ麺自体は…微妙で、「調理時間短縮」はしてるけど「保存時間」は伸ばしているため、どちらでもある。


時間増長(時間「保存」含む)
家庭用ゲーム機・携帯電話・筋トレやマッサージなどのマシン(他のことしていた時間を間違いなく奪ってるもの)・(直接消費する時間は増やしてないが)防腐剤や冷蔵庫なんかも食べ物の消費できる時間を伸ばして「作りおき」や保存食文化・生食文化に貢献してますね、アルバムやデータ化による保存。

持ち歩き系
ウォークマン・CD・DVDなどあらゆる「ソフト化されたモノやソフトそのもの」、お弁当(など携帯食品)やテイクアウトのサービス、クーラーボックス、デジカメや写真

その場所だけのモノ
移動販売や炉端の屋台・ライブ・政治的デモや集会・実験やショー・記念日(後で動画を見てもあんまり有り難みがない)・とれたてをそのまま実食or調理(市場・船上・畑など)・旅行…本来は「ライブ」で音楽はやるものだったし、政治デモや集会もその場限りのものだが、ネットの普及によってそれらの希少性(及び「ネット以上の」影響力)が最重視されたことが昨今原発やフジテレビデモなどの大量の動員につながったと筆者は考えている。

みんなで一緒に共有
ニコニコ動画などの「コメント機能」、ラジオ・ブログなどによる公への投稿(そういう会社がなかったら本来は井戸端会議か、自分の手記以外で公開されることのない情報)、相合傘(発明ではないけど)、チューペットなど二人用が標準のアイス

一人になる
家庭用各種(ゲーム機・パソコン・ソフト化されたもの・家電・トレーニンググッズなど)、一人カラオケ専門店(実在した)、コンドーム以外の各種アダルトグッズ・エロいもの(二人以上ですることを一人でやってるので(^。^;))

もっとアイデアはありそうだけど、アイデア発表会でもないから次へ行こう。

【時間的消費】の特徴は「敢えて、限定する」という発想と、「限定されたものを広げる」という発想がある。

「限定すると儲からないのでは?」と思うかもしれないが、それは違う。例えば「朝専用」と書かれたコーヒーは朝しか売れないか?例えば家庭用のものを業務で使われたり、業務用が家庭向けに売られたりしてないか?

良いものは普遍的に共有される。ニッチに特価するからこそ良いものが作れ、良い意味でニッチであれば、それは文化として広がるのではないか?広がるならむしろ、ニッチに尖ってしまうことも商売の選択肢として信用を勝ち取る一つの選択ではないのか?

逆に「限定されたものを広げる」のは発明など技術が要るものであったり、従来の形式をぶち破らないといけないため難しい。できなくはないけど、技術者が開発するアプローチとして考えるにはうってつけのテーマなのかもしれない。

「限定されたものを広げる」には「持ち運び」もあるだろうし、「簡素にして低コスト化(によるシェア拡大)」もあるだろうね。デザイン面を買えちゃうのもいいね。「男臭いイメージがあるラーメン屋や車を女の子でも使いやすいデザイン、中身に変えてしまおう」とか、「女性限定だったものを男にやらせてみては?」とか。

パッと「女性限定」で浮かぶ物って化粧ぐらいなんだけど、これを女性に聞いてみると新しいビジネスチャンスがあるのかも。

あ、1つだけ思いついた。女子の間で「勝負下着」って概念があるけど、男の勝負下着って聞いたことない。いや、あるとは思うんだけど、もっと流行らせるためにどうしたらいいんだろうね?ゼクシィ辺りがもし勝負下着をはやらせることに成功したら、周り回って商売が儲かるかもしれんよ?

  • 僕が「はてなアイドル」という選択肢を取った理由

「二次元的消費」「ブランド的消費」については「ロスジェネ心理学」という本の筆者であるid:p_shirokumaさんの方が詳しいと思うんだ。

だけど、僕が全く知らないか…というと、僕自身のブログ戦略がこの「二次元的消費」を目指して研究してる人だから、それなりには語れる。

ウォークマンは【時間的消費】をさししめすものであるが、その【時間】は【音楽のある時間】と【誰かとつながっている時間】だと分けた。前半部の解説は【音楽を持ち歩けるようにする】ということの重要性に付いて述べるため【時間的消費】について述べた。

後半では【時間的消費】ではなく、【誰か(あるブランド)とつながっていたい】という心理について述べていきたい。

実は商売において、ほとんどの人は【時間的消費の新しい形】を開発できない。それができれば強いと思って提示した1年前の自分の状態では経済考察の分野では「正しいし、世間で言われてないこともいえてるけど、机上の空論の域を出ない」と今の僕なら切り捨てる。

そこで「誰にでも(努力次第で)できる」選択肢を提示しておく必要がある。

それが「ブランド化」なんだ。場所によっては「同化」だったり、「立場の確立」だったり、必要なことが異なるけど要するに「自分だから来てくれるお客さんを大事にしましょう」という事。「街から必要とされる」とか、「何かあったときにはこの人の意見を聞きたい(or会ってみたい)」と言われるような立ち位置になってしまう。

僕のブログのケースでいえば、「立場の確立」だね。ブログ自体で言えば、文章もアニメも経済も僕よりもずっとできる人はいる。(だって、ネットという不特定多数を相手にしているのだからプロでもない限り、上には上がいる)が、それでも「僕の話が聞きたい」ってヤツが来てくれること、「こいつは誤字脱字はするし、意見に時々間違った知識が混ざることがあるけど、意見や切り口は面白く・守備範囲も広いし・更新頻度も多い」と思って見に来てくれる人が来れば、それはそれでブログとしての立ち位置の完成となる。

例えば、誤字脱字が多かったり、本来の文章のルールでは許されない一人称を複数使ったりすることを僕のブログでは平然とやっている事だが、それはそれで「いや、このブログって喋りながら一発書きしちゃうブログだからそれが当たり前だし…」と受け入れられてしまってる。

あるいは僕がよく言及する話題・ブロガーの間で流行ってる議論やニュースを見つけると僕のブログにも「あ、君も書いたんだ」と来る人がいる。

向こうから「こいつ動いてくるかな?」と見てきたり、「あ、動いたじゃん!」と過剰に反応するぐらいになればこっちのもの、ヒットするものを書く必要さえなくなる。自分の好きな話題・好きなものを選んで書けばいい。

最も、僕の弱点にあたる「若輩者ゆえの知識不足」や「一筆書きで話しながら書くゆえの口調と文体」が気にならない人からすれば、別に何も引け目を負わずに面白いブログとして扱われるのですけどね。

ネット上だったら何かしらの「キャラ」を立ててしまう事、商売だったら街から必要とされる「地域の何か」になること。そのための努力をすればいいんじゃないですかね?

  • 時間的消費ビジネスと、ブランド商法の合わせ技

ニコ動とAKB48がいい例かな?

ニコニコ動画はわざとテレビでは流行ってない同人・あるいはニコ動発のクリエイターを優遇してイベントに出す傾向があるがあれはなぜか?

ニッチだと実際に演奏ができるバンドなどでも活動が小さいと「ブランド的消費」として扱われるからだ。実力があっても作品自体の流通や共有できる仲間が少ないと、その人達が活動してくれるということ自体が大きな価値になる。まして、ライブなどに出てきてくれると乗数効果で嬉しさが伸びていく。

ニコニコ動画における「大会議」「超会議」と呼ばれるイベントは赤字がほとんどだと言われているのに、なぜそれらを行うか?それはニコ動が発信するコンテンツをライブ化させるとお金を払うほど固い絆を持ったファンがすごく喜ぶからだ。

高めの価格で「お金を払ってくれるファン」の存在はものすごいものがある。例えば、僕の場合は出した同人誌
を校正して匿名で投稿するつわものまで現れた。

お金になるかどうかはともかく、発信力をもったファン・積極的にニコ動やその中のコンテンツを進めてくれるファンにとっては多少高くついてもイベントをやることは双方にメリットがある。


これを赤字ではなく「完全黒字」でやり遂げちゃうAKB48はもっとすごいと思う。

というのも【時間的消費】【ブランド的消費】の両方をやってる。【時間的消費】はアイドルって本来会えないものだけど、会えるようにしてどれだけ人気があろうと「握手会」は常にやってる。距離が遠いモノを縮める・いつでもはできないその場限りを出会いを「時間」として提供することで大きなセールスを伸ばした。

そして、アイドルだからブランド力があるのは言うまでもない。その人との時間が楽しいから秋葉原の駅前にあんなケバケバしい悪趣味な店舗ができてしまうんだ…。

そして、AKB48のすごいところは「炎上」という現象…それこそアイドルが禁を破った罰として坊主になってもなお「むしろ誠実で感動した」と言わせちゃう(ファン以外は「秋元康何か死ねばいい」というが、ファンからしたら「浮気を必死で謝ってくれている」ように見えるんだろ?)、あるいは「AKB48って少女の繁栄と挫折の成長の物語だから、そういう部分が見えるぐらいでいい」という立ち位置が取れてしまうことがすごい。


「完全無欠のサービスをつくる」と各社が躍起になっているからこそ言いますが、そんな血も涙もないモノはいらんのです。むしろ、自分だけに向けて発信されているようなニッチ感・あるいは時間を共にしていること自体が幸せに感じるような人肌感(ネット上なら「人間味」)こそが商いを円滑に進めるのではないでしょうか?

*1:僕が最近、敵視してる「脱社畜」が大嫌いな「意識の高い学生」達の集まりで教わった「ロジカルシンキング」風に作ってます。技術は使いようで、勉強そのものを批判したがる「元社畜ブログ」のようなブログは僕は個人的に認めたくないです。反論したければどうぞ。僕ごとき小物まで相手にしてくださるというなら光栄至極ですけど(暗黒微笑)