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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

バカヤロー!!たとえSSでも小説を褒められた時のほうが嬉しいんだよ!


すごく個人的な話をする。「笑いたきゃ笑え」のくだらない独り言なので、面白くもなんともないです。

  • 小説だけはかけないから、つくし先生がダンブルドアに見える。

あのね…ブログのカテゴリのところに、「創作」ってあるでしょ?それと「同人誌」ってあるでしょ?実は僕が一番やりたいのはそっちなんですよ(笑)…「才能ない」ってわかってるんだけどさ。自分が一度出品するとなおさらわかるよ。「あいつらスゲーな…」って。軽々しくレビュー書くけど、いざやってみると「うわ…編集も文章ももっと勉強しないといかんなぁ」って痛感させられたね。

3500はてブのブログをコネもろくな経験もなくたったの1年で作れたのは確かにすごい方だと思うよ?でも、そんなんで天狗になったり、満足しちゃいかんわけです。というより、最近は「次のステップに行きたい」って画面の向こうで一人イラつきながら色々やってるわけです。(一部の「書き手の心情さえも見透かす程の読み手」はもう気づいていると思うけど、1月後半に書いた記事はどれも悶々としてろくな記事がない。新しいことやろうとしてはどれも不完全燃焼)

え?なんお話か?

いや〜ね、久々に僕のブログに入ったコメントをチェックしたら、「僕は友達が少ない」の二次創作として書いたショートショートが「こういうの読んだことないけど面白いです」って言われてね…それがうれしかったからこの記事書いてる。

今じゃ信じてもらえないかもしれないけど、ぶっちゃけ小説のシリーズ物がひぐらしとか東方みたいに派生作品伴いながら「知ってる人は知ってる」の形で、共有されるのが個人的には最終目標。経済とか、政治とか、教育とか…色々調べて書いてるけど、それだって自分で中身のあるもんがかきてくてやってること。僕の中で「リアルタイムで観た深夜アニメの中ではじめに感動したもの」は狼と香辛料だったから、ああいう「ブヒる以上の使い道のある作品」って憧れちゃうから「自分が作るときは【ヒロインが可愛い】じゃなくて、【議論を起こすものにしたいなぁ…】」と思うんです。「もしドラ」みたいにタイトルからして議論させるんじゃなくて、東のエデンみたいに一般人が何気なく見たところから議論が始まるような作品。(灰羽連盟とか、まおゆうとか…ある種のキャッチーさと、両立した形でそれができるようになると、それは「ブヒる」だけの麻薬物質以上の普遍性を帯びるんじゃないかな?)

と思うんだけど、僕って小説に関する想像力が全然ない。雰囲気・空間を描き出せない。共感した作品(まどマギやはがない)から抽出したエキスを文章で表現するのが今の僕の限界。自分で作ろうとすると、自分の好きなもの以上のものが表現できない。つまり、「あったらいいな」という「仮想劇」を作れない。そして、そういうスキルをどうやって付けるかもわかんない。

僕が自分で作った同人誌「自由にすればいい」の中でやったことって、本当に自分が初めてヤッた女とか、高校時代に好きだった先生と歩いているときの楽しさを表現したり、僕がもっている他人への興味・尊敬する人がもっている「空気」を再現しただけ。これっぽっちも「仮想劇」ができないから、人の同人誌とか…世界観に優れたイラストや映像(当ブログで取り上げた人なら蟹丹さん・つくしあきひとさん・「ロボと少女(仮)」の青木タクトさんなど)を見ると「どうやったらそんなのできるの!!」と吠え掛かりたい気持ちに駆られる。

だって、「どうやったらそんなことができるか」がわかんないんだもん!

リアルであったら、つくし先生なんぞ「髭達磨の大男」にしか見えないけど、同人誌開いてから彼に会うと僕には「ダンブルドア」(偉大な魔法使い)にしか見えないから!!マジで!!(どうでもいいけど、イラストレーターのヒゲ率が世間の平均的なヒゲ率よりも割合が増すのは気のせいでしょうか?)

ブログを伸ばす事、評論文で共感を得ることなんてトリックがちゃんとあるし、それを押さえれば僕にだって、誰にだって出来ちゃう。そして、そのトリックだってそこらじゅうに落ちてる。魔法使い達がやってる「魔法」じゃない!ペテンに限りなく詐欺に近いただの「トリック」。僕のやってることなんか、本当にあの人達に比べるとつまんない!

でもさ、自分の書いた小説…例えば、イラストレーター達が「瞬間移動」の魔法が使えるとしたら、俺のやったことってせいぜい「箒で飛ぶ」程度の超初級魔法なんだけど、それが出来たことがめっさ嬉しいんだわ!!

笑いたきゃ笑えよ。ここ笑うところだから!!

  • 書けばいいんだよ!!書けばブログなんて勝手に上手くなるんだよ!!

エッセイも評論もルポもかけるよ?(というからその手のヒット作品あるけど?)ただ、僕からしたら創作小説以外は種と仕掛けがあって、「誰でもかける。書けない奴はいない」と思ってる。(できない奴は日記書くところから始めろ!!なるべく、自分一人称で文章書く練習からやってみろ!(ナレーターになった気持ちで、一日を実況してみろ!ちょっとづつ「人をひきつける文章」が分かってきて)ちょっとづつ面白くなるから。)

「日本語がごちゃごちゃ」とか、文章がくどいとか…そういう指摘はあるだろうけど、それって形式美じゃん?そんなことより面白いもん書けるようになる事の方がずっと大事。だいたい、「読まれるために必要な技術」「損をしてるからそれが嫌だ」と思うなら、自ずと変え始めるもの。

僕の場合、一筆書きでやるのがほとんどのケースだから、そもそも誤字脱字・変な日本語なんて指摘は「あ、ありがとう。」と言って直す程度のもの。少なくともブログって直せちゃうし、そう言う誤字があっても面白かったらヒットしちゃう。だから、「さして問題じゃない」の。

受験英語で「英文法・英文法」とくどくど言われるけど、日本語正しく使ってる日本人がそもそも居ないのに、なんで日本語よりも言語圏が広く教育水準も低い英語圏が文法どおりちゃんとしゃべることが前提なるのよ?そんなに、アメリカ人ってみんな育ちがいいの?囚人島だったオーストラリアは「べらんべぇイングリッシュ」だと思うけど?

逆に「教養がないと面白いモノ・事が作れない」って言うのだって嘘だぜ?そういう物って「分からせる道具」であってそれ以上には成り得ない。極論言えば、美人がいれば、どんな馬鹿な男も高貴な男子も考える結論は「犯したい」であって、それをどういうかの問題よ?「やらないか?」の直球しか知らないのか、ご飯おごって手懐けるところからやるのかみたいな方法論で、そこに本質ってないのよね?繊細さは出るけどさ。

だから、「書け!読め!書け!論じろ!またまた書け!人としゃべりに行け!!もういっちょ書けッッッ!」で僕のブログはどんどんヒットしましたよ!!面白いって言ってくれる人、楽しみにしてくれる人増えましたよ。

でも、小説の技術・ファンタジー的な空想力・ゼロから世界観を構築する「マンガ脳」的なスキル…そういう物って一向につかない。

衝動的であれ、計画的であれ、折れずにもっと小説書きたいなぁ…。小説って「簡単に書ける」ってイメージから凄く下手だとバカにされるからハードル高いのよね…。実際すごく難しいのに、ネット上の人文系の人達ってそういう気持ちがわかんない。

だから、僕がブログに創作ネタ書くときって個人的にすごく勇気が要るんだよね。

ブログが上位互換として次のステップに行く事は色々と考えているけど、小説・文芸同人誌もう一回出したときに「どうやったら面白くなるだろう?」って言うのが全然わかんないのよね。しかも、こっちの方ってアドバイスしてくれる人もいなけりゃ、書物コミュみたいなところもあんまり役に立たない(「気取り」「かぶれ」が多すぎて、なんの勉強にもならない「駄サイクル」に入るだけのケースが圧倒的に多い。)

大昔に書いたけど、「オタク」って身分はすごく気持ちが良くて、作るって身分は反響があろうが無かろうが、辛い。そのプロセス自体を心底愛せないと、できやしない。

僕なんて、同人誌出しただけで、価格設定や注文が相場と違うだけで、ボコボコに叩かれる身分ですから、他人の10倍ハードル高い。それでもやりたいと思うのは「小説のいいものができたとき」はブログの大ヒットの10倍嬉しい褒めてもらえたときもそうだし、じぶんがやりきったときの感覚もそう…。

快感はしってるんだけど、叩く人が10倍いるからこそ、僕の中で「スゲー面白い」って提案じゃないと動きたくないのよね…それでやっと、「自己弁護」を作品出し続けるためにできる。惨めったらしい?いや、僕には必要だ!

「その作品と心中できる」と思わないものは出したくない!!誰に批判されても「いや、こことここは面白いだろ!!」ってどんな偉い人…それこそ、岡田斗司夫さんやkanoseさんみたいなオタク界のドン相手でもひるまずに言える自信をその場で出さなきゃ、絶対に次・その次と作品出せなくなるほど心折れちゃう!!

くだらないでしょ?だからいったんだよ。「笑いたきゃ笑え」って。

SSも小説も作りたいんだけど、最近、それだけ強い構想が頭に浮かばないから何かイライラするんだよなぁ…