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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

ロスジェネ心理学  熊代亨

読書日記

久々に本気でやりたいと思います。最近、手抜き気味だから、ちょっと今回はちょっと真面目にやります。

ロスジェネ心理学

ロスジェネ心理学
著者:熊代亨


もうご存知かと思いますが、この本ははてなダイアリーで5本指に入るブログ戦闘力*1を誇る【シロクマの屑籠】管理人「シロクマ先生」の単著デビュー作です。

僕と同じく、はてな村民なのに、村民の間で敵が多く、インターネットに吹き黙っていることを良しとしない(むしろリア充になることを推進するぐらいの)「まともな大人」のブロガーさんです。
アプローチも認識も年齢も…もちろん実績(ブログ戦闘力)も全然違うのですが、結構向いている方向が近いのか、僕がはてな村民デビューした2012年3月から半年ほど、助言や同人誌デビューを助けてくださったブロガーです。

それゆえ、この本については「たとえつまんなかろうが、最後まで読み切ってレビューを書くのが俺の使命」とただの読書に無駄な義務感を持って読んだ本です。実際、やる気がなかったら最初の100ページ以内のどっかで投げ出してあろうけど、「あのシロクマがそんなつまんない本を出すわけないだろう」と自己暗示をかけてあんまり面白くなかった100ページを乗り越えると…そこは北極だったよ。

「はてなの北極に住むのシロクマ」と彼がよく自称するが、まさに北極だった。ブロガー特有のひねくれ・皮肉に満ちた考察…問題の大きさと不相応な地道で煮え切らない解決方法の提案、居直ったとしか言いようのないほどフランクな口調の小見出し。

彼が嫌われる理由も、好かれる理由もこの本の中にあった。そして、前提の違う僕からしたら、それを居直って、開き直って、失礼なまでに無責任に土足で彼の主張に踏み入りたくなるような…そんな本だった。

  • 僕が「初めの100ページがつまんない」と言った理由

おそらくは本人及びそのファン、そしてこれから読むであろう購読予備軍が見るであろうこの記事で人の本をつまんないと言った事にはちゃんと理由がある。

それは僕が熊代亨さんと14歳も離れていて…聞きあきるほど、彼がしゃべるような社会認識について聞かされてきたこと。自己愛にしても、無縁社会に対してもインターネットで良く議論に上がっていることゆえ、僕の中では少なくとも『もっと楽天的な形で結論を下したテーマ』ばかり。

ニュータウン・エリート教育・「母親に育てられた」事(教育問題)・ちょいワルオヤジ(子供っぽいおっさん)・スタンドアローンな社会…もう僕の世代では口酸っぱく言われ続けてきたことでそれ以前の過去を生で観ていないから、「また昔はよかったですか?」とただただ呆れるだけ

僕のレベルがまだ低かった3年前ぐらいに読んでいれば、この辺のページから楽しめただろうけど、今の僕のレベルでは、結論がでたテーマゆえ何の目新しさもない。というよりも、僕の中では30過ぎて、ここに書いてあること…それも解決方法であれ、社会分析であれ「こんなことに悩んでいる奴がいるのか?」と思ったほどだ。*2

シロクマ先生っぽく言えば「順応」しちゃってるんだわ。僕の世代の中でも普通以上の知能レベルの人達は
例えば、子供の遊びの創造性の話をしてたでしょ?僕の世代ってもう幼稚園の頃にはスーファミがあって、ちょうど小学校卒業することにゲームキューブとプレステ2が出たとか出ないとか…そんな時期なのよ。

でも、小学校の頃振り返ってみると「子どもがひとり遊びに熱中して創造性・積極性を失った時期」みたいに言われて、「そうですね」と言えない。だって、学校では自分達で遊びつくって遊んでるし、中学時代だって、結局はほとんどの子どもは部活入って、ああでもこうでもない・こうでもないの議論しながらスポーツやってる。
ニュータウンで母親という存在がぼっちで子どもにばかり力が入るかというと…これも僕の周りで言うとそればっかりでもない。確かに「教育(キチガイ)ママ」みたいなのがいたのは認めるけど、ニュータウンとか田舎の方ってあまり商業施設多くないせいで、地元の飲食店・喫茶店が主婦のたまり場になって、その街なりのコミュニティー、コミュニケーションはできるんだよね。

あとは自己愛の満たし方についても、親が習い事を始めることで子どもに愛情が向かうどころかむしろ反対に親自身が勝手に楽しくやってる…なんて人は複数名いる。個人主義は子どもへの教育だけではなく、親自身の行動に対しても個人主義が適応されている…という視点が分離して混ざり合ってない。

シロクマ先生の言うように「自分本位の自己愛ばかりで、相手のことを考えて持続的に長い付き合いができない(あるいはできにくい)」という人や、消費宣伝(平たく言えば「資本主義」)は問題だと思う。それは同感なんだけど、習い事させたり、子どもに力を入れることが子どもを押しつぶして、親の自己愛を満たすための道具扱いになっているか…と言われちゃうとそこは手放しで賛成できない。乗り越えている人は沢山いる。

もちろん、解決してる人がシロクマ先生の本を読む対象者・彼が語りたいケースでないのはわかっている。だが、解決している例や自己愛のプラス面などに目を向けないで、ガツガツとネガティブな部分を語ることには僕個人としては感心しない。いや、好きにすればいいと思うけど、「どこかで聞いたような話し」になってしまってつまらない。診療所とネットに加えて「街場の風景」ってものがある。が、そこが配慮されていない。

…それがこの本の良さであり、悪さでもある。具体的には「非常に真面目で安直な解決方法を言わない。軽薄に【読み物としての完結】を望むような書き方ではなく、読み物としてはしっくりこなくてもあえて厳しく・現実的にできる(そして短期的な一時的な解決ではなく、持続的で地道さを要する「あまり好かれない話」)をしている」ことが多い。この本って、そういう意味では読み物としてはつまんない。いや、あんまり幸せな気分になれない。もっと俯瞰して清濁飲み干せばいいのに…と思うぐらいに感じるけど、敢えて濁った部分とそれに向かっていく話を中心にやってる。

「正しい」とは思うけど、無力なんだよね。誰が同じこと言ってたけど。

僕なんかは西原理恵子さんとか岡田斗司夫さんや考え方を好む傾向にあるから、「正しいこと」にあんまり魅力を感じないのよ。いや、それはそれで必要だとわかるんだけど、目の前にある現実を図太く乗り越えていく人達って必ずしも正しくないし、時として正しいとわかってることを捨てたり、目を伏せたりできる人達に自分も入るんだ。

聞き飽きてるんですよ。そういう「無関係な人からの正論」。ウザイとは言わない。同じ意見だし、頷く点が多いから。ただね、頭でっかちな方向の「中二病過ぎないかなぁ…。

「仕方ないでしょ」とか「それ君が言ってどうにかなるの?」「君はどうしたいの?」「ちょっと話が大きすぎやしないかい」…僕が読んでいる時の感想はこんな感じ。*3

ロスジェネの…個人の可能性を追求(もしくは言い訳)してきた人間達の哀愁、惨めさはわかる。わかるんだよ。だけども、抱える問題が多すぎるんじゃないのかな?と。逃げ道の一切を断ち切って一番ややこしい部分の問題を抱え込みすぎてないかな?

順応するという選択肢を過度に否定しすぎてる…とでも言えばいいのかな?ある種の潔癖性というのかな?読んだ人には伝わると思うけど、僕がこの本を読んでむしろわだかまった。

だって、僕なら何か悪いものがあるときは「それが悪いから変えようよ!」と片っ端から言う!

偏差値教育が悪い?なら、ゆとりとか詰め込みじゃなくて、そこのシステムを見直す代案を言おうよ!
マスコミが悪い?なら、メディアが居なくなった後釜になるような高度な情報環境を作ろうよ!
今見てるアニメ・マンガがつまんない!なら、面白いものを探してきて勧めたり、つくってる人応援したり、あるいは自分で作っちゃおうよ!!
社畜扱いする会社、バカな年金制度に付き合わされる会社勤めにうんざり?なら、商売学んで、商売作って自分でやっていけるような力なり、アイデアなりをどんどん作っていこうよ!!

ムキになって言いますが、僕は実際に何個かはやってる!というより、それらをやるためのブログだ!*4

問題認識として近いものを持ってるけど、シロクマ先生の解決方法って回りくどく感じる。それは僕の若さゆえなのか、シロクマが過度に大衆を弱いものとして扱っているからなのか…それが僕の中でもどかしい。*5

  • 興味深いのは「老い方を考える年頃」という存在の認知

シロクマ先生の言葉を借りると「ファミコンができた世代」と「ファミコンがあった世代」の違いを言うと、僕は「順応」以外にもう一個あると思う。
それが「過去と現代と未来」の連携性。地域のコミュニケーションやコミュニティー(横のつながり)は僕は楽天的に捉えてるけど、【世代間のコミュニケーション】は確実に前時代に比べて取りにくくなっている。

チャンネル桜水島総】曰く「民主党のスローガンに「現在と未来に責任を持つ」というのがあるけど…過去がないのです!」だそうだ。

これはごもっともで、シロクマ先生が【思春期から壮年期へ】と言っているけど、僕らの世代からすると最大の問題は【みんなが思春期になったから【壮年】という道筋がないよね…】という事
岡田斗司夫風に言うなら【みんなが子どもになった社会】である。

だけど、シロクマ先生がこの本を出したように、世の中の人ってときが来るとその煩悩に悩まされる。例えば、「バブル女は死ねばいい」という本から拝借すると【男はおっぱいに、女は母性に逆らえない。だから、男はどんだけ偉い人でも咄嗟に痴漢しちゃうし、女はどれだけ仕事・生活が充実してても幼い子供を目の前にして涙が抑えられないときが訪れる】という。

つまり、歳の取り方を社会全体で忘れちゃってる、もしくは忘れかけてる。それを「忘れちゃってる」のか「忘れかけているのか」はその世代によって異なると思うけど、バブル世代よりも下の人達は割と老い方については関心があると思う。(という意味ではシロクマ先生と認識が違う)

本当に細かい違いだけど、シロクマ先生は「宣伝や自己愛に誘導され刹那的で老い方考えていない持続不能なライフスタイルが問題だ。」で、僕は「いや、老い方や将来の展望はそれぞれにもっていると思うけど、社会全体から【壮年期】の議論や概念が軽視されがちだから、刹那的・持続不可能な我欲のライフスタイルを【貫かざるをえないのでは?】」ぐらいの違いはあるけど、この議論をやることに関する意義には同意する。

シロクマ先生の本をこれから読む人に僕が「つまんない100ページ」といった部分を言い換えるとしたら、「ファミコン」のかわりに「オトナ帝国」という言葉を使う。

PTAが「不健全」だと不当に罵られるクレヨンしんちゃんの劇場版に【嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲】というのがある。(※個人的には萌えアニメやエロゲ原作の不健全な深夜アニメやAKB48の方がずっと不健全で子供から遠ざけるべきだと思いますけど、どこに行ったら議論できます?

あ、僕の子どもがAKBのCD買いまくるような子になったら、縛り付けてしんちゃんの映画シリーズを片っ端から見せます。学校休ませてアニメ調教する。(※青二才の目が笑ってない)*6

その【子どもを羽交い締めにしてでも見せたい「オトナ帝国の逆襲」】を簡単に説明するよ。
懐かしい昭和を体験できる施設【20世紀博】に洗脳され、連れ去られてしまった父母を春日部防衛隊の5人が取り戻しに行くお話。そこには【20世紀のままでいたい人】と、【大人になっておねーちゃんとちゅっちゅしたい】しんのすけの対決があって…。

ざっくりというと、「過去(昭和・20世紀)VS未来(21世紀)」だけども、この対決構造はシロクマ先生の言う「ファミコンができる前、できた世代、あった世代」なんだよね。

僕は「あった世代」だから、オトナ帝国で生まれていて、シロクマ先生は親達が憧れるのオトナ帝国に入ったはいいけど、そこの繁栄や幸福は虚構であり、普遍性はないことに気づき始めた世代。

オトナ帝国をここでは何か?それは「唯物論的幸福」。バブルまでの、モノが手に入る、その過程の仕事での評価、その後のモノで自己愛を補っていた世代。ファミコンっていうのは極めて限定的な記号だから、もっと範囲を広げたいのよ。

そして、オトナ帝国の名前を出したのはその「唯物論」と対立した「平凡な幸せ」の話をしたいから。

オトナ帝国真っ盛りの父母に僕は「将来の夢が1流のサラリーマンとは何事だ」と小学校の時の文集に書いた内容を友達の親共々鼻で笑われましたよ。ロスジェネ世代の親達同様「将来は総理大臣」と社交辞令でもいいから書くのがオトナ帝国だったんだよ。

ところが、僕の場合小学生の段階でずば抜けて社会科だけはできてたから「政治家・弁護士・アナウンサー」などにそんなにかっこいいイメージがなかった。「一流のサラリーマン」と漠然と書いた理由はオヤジが僕ら家族を食わせている生活…そしてなんだかんだ言って「サラリーマン家庭の我が家は貴族ではないかもしれんが、みんながそれなりに好きなことをして過ごせる程度には豊かだ」と感じていたから*7 

…どうでもいいけど、今の目標が「岡田斗司夫的な生活」だから多分当時の方が大人だったんだろうなぁ(笑)

シロクマ先生の言うとおり、親が子どもを作品のように扱ってたから、唯物的にハングリーになることを望んでいたのはごもっともだと思う。(親の唯物を満たす存在としての子どもが形成されつつあった時代)だけど、それが「オトナ帝国」の洗脳であり、「モノの臭い」がないと生きていけないような…そんな連中の妄言で、それらは「普通の幸せの姿」を犠牲にして成立していたとロスジェネは気づき始め、僕らの世代は完全に親と戦う結果になってる。

皮肉にも20世紀博の偉い人が「外の世界(21世紀)の人はモノで心を埋め合わせている」とかほざいてましたけど、僕からしたら「その言葉そっくりそのまま返すよ」なんだ。カッコイイ車、かっこいいヒーロー…そんな奴らがいないと幸せになれないあんた達の方がずっとさみしい奴らだよ…とバブル時代の女性に言ったらアレだってよ。「枯れてる」って。

「今生きている私達が未来を創る」という見出しが本文の最後の見出しにあるが、是非ともそうしていただきたい。「オトナ帝国の未来」ではなく、「平凡な幸せの未来」を提示できる人がロスジェネ世代から生まれてもらえると、ぼくらにとっては非常に嬉しい。

いや、僕らの世代も結局、試されるのは【個人主義と唯物論】の中での幸福追求から脱却した、「普通の幸せ」の実現と、「新時代・新社会構造での老い方のモデル」を作っていくことなんだろうなぁ…。その洗礼を僕よりも先の世代が作ってくれると理想的だけど…もし、『シロクマ先生の世代が壮年期を形成できなかったときにはロスジェネ心理学は僕らの世代の書物になる』んだろうね。それこそ、何百年も解けなかった数学の難問達が次世代に託されるような形で僕らにそういう話が来るんだろうね。

ロスジェネ心理学と言うとおり確かに目線もメインターゲットもロスジェネなんだ。だけど、この本は自分の生きている社会、自分自身の心理状態を自己対象化し(どう見られているか結論づけ)きれていないなら、この本は世代を問わず読んで得るものはある

問題提起としては先20年分ぐらいの議論を切り取ってると思うけど、そこに答えが用意されていない分、読み手に様々なことが試されるだろうね。

個人的には予習として「バブル女は死ねばいい」「凡人として生きるということ」「オタクはすでに死んでいる」「オトナ帝国の逆襲」などを通ってから読むといいよ。
『バブル女は…』の筆者は団塊ジュニアでシロクマ先生の作品とターゲットが近い。
『凡人として…』は老い方という議論をやってるから、議論としては近い。
『オタクは既に…』は参考資料にも使われているから影響はかなり受けていると思う。
『オトナ帝国…』は全員見なさい!!日本国民の義務です!しんちゃんの映画見てない子どもとか青春を三割ぐらい楽しみ損ねた哀れな子どもだよ!!


…長めですが、お付き合い頂きありがとうございました。

参考資料
バブル女は「死ねばいい」 婚活、アラフォー(笑) (光文社新書)

オタクはすでに死んでいる (新潮新書)

凡人として生きるということ (幻冬舎新書)

映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲 [DVD]


ロスジェネ心理学

ロスジェネ心理学
著者:熊代亨
価格:1,575円(税込、送料込)

*1:はてなブックマーク数や知名度・更新量、影響力などから推定

*2:僕は自分が凡庸な人間で勉強してるから小賢しい程度にしか思ってない。だから小賢しいことぐらいしかない僕でさえ知っていることを30過ぎて悩んでいる奴がいるとしたらバカだと割と真面目に思ってる

*3:例えるなら、「君を殺そうとナイフを振り回す暗殺者に『人殺しはいけない。法律にも書いてあるし、何より道徳的によくない』とか言うようなマヌケさ」がシロクマ先生の本の中にあるのが、僕の中ですんなりと飲み込めない理由。僕はそういう時に「例え牢獄に入ることになろうとも、その時は相手を殺してでもお前は生き残れ!」とアドバイスする人だからシロクマがいる場所が非常にぬるく感じる

*4:かつての平凡で何にもなかった自分やそれに近い境遇の人がもっと多様な希望・多様な選択を自分の頭で考えて選択できる環境!!それが僕のブログ精神論だ

*5:お会いする機会があれば、そこらへんの議論をやりたいなぁ…。シロクマ先生はナイフを構えた暗殺者にたとえ殺されてでも人の道を守るのか、それとも相手を殺したり、惨めだと罵られても逃げたりすることができる人なのか、あるいはもっと冴えた提案があるのか?そこが僕の中で知りたい。

*6:ちなみに、GREEに課金するようなガキが育ったら、羽交い締めにしてガイナックスのオリジナル作品(王立宇宙軍、トップ、ナディア、エヴァ、FLCL、あべのなど)のDVDを全部みせてアニメ調教する。学校?GREEで遊ぶようなガキには勉強より大事なものを教えてやる必要がある!ガイナックスはそれを教えてくれるよ!!(※やっぱり、目が笑ってない)、

*7:要するに小学生の段階で僕は現代病から脱却していたのだよ。国語力なかったから言語化できなかったけど、成績で僕の上を行く人達よりもずっと頭いいことを感覚的にはやってたわけ。