読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

SNSは大人の趣味でいいよ!~Facebookおじさんとmixiおばさんの話~


イマイチGIGAZINEが出した「欧米では10代のFacebookアクティブユーザーが減ってる。もうFBは衰退してる」という記事に納得できないからちょいちょい今僕がSNSについて感じているところを書いていきたい。

 

まず、事の発端はこの2つの記事

 Facebookはなぜ衰退したのか?そしてこれからのSNSとは? - GIGAZINE Facebookはなぜ衰退したのか?そしてこれからのSNSとは? - GIGAZINE

 確かにFACEBOOKが終わっていってるな: やまもといちろうBLOG(ブログ) 確かにFACEBOOKが終わっていってるな: やまもといちろうBLOG(ブログ)

 

あの、天下のやまもといちろうにしては雑な記事だと思ったから色々書いていきたい。

何が雑かというと、日本の場合mixiとFBは規模や客層が若干違うが、現象としては同じところに収まりつつある。その「現象」の話を天下のやまもといちろうさえ語ってなかったところが雑だと僕には感じたのでこの話をしたい。

知り合いにmixiおばさんFBおじさんの両方がいる。その話を元に「SNSの今」の話をしていきたい。

 

昨今、SNS疲れが20代以下のユーザーには話題だが、二人とも40以上のmixiおばさん・Facebookおじさんは両方ともイキイキしている。

mixiおばさんがアグレッシブ過ぎて「今度は加野瀬さんに会いたい(から次会うときは呼んでね)」とかほざき始めてる程。最近では「はせおやさいさんのオフ会」にも僕経由で参加。一方、FBおじさんの投稿は僕はほぼ自己申告されたものしか見てないが…会うたびにFBの投稿を見せつけてくるほどなので…相当ネットライフ(に投稿できる現実とセットで)を楽しんでるらしい。

 

特徴として、mixiおばさんはリア友よりSNS経由の知り合いが多い。対して、FBおじさんは昔の職場や同級生が多い。でも、投稿内容は共通していて自分のプライベートの写真が多くてネットウォッチャーや発信者のネタにイイネしまくる。

 

mixiは確かに若い人の間で衰退したし、使いにくくなったという評判もある。だが、mixiのブームが終わるきっかけになった「足跡の廃止」や「FB上陸」の頃に浮き彫りになったのが「mixi以前はネットに居着かなかったおじさん・おばさん層」が定着する図。

 

若い人からの確かにブームは去るが、新しいツールをガツガツ覚え人間関係を乗り換えることに熱心でない中高年以上はむしろmixiで精力的に活動するようになった。(そして、その現象に近いことがFBで起きてる)

mixiが経営上の判断を誤ったのは「ソーシャルグラフ」という既存の交友関係をネットに持ち込ませようとユーザーに宣伝したこと。FBは中高年のユーザーに成功したが、mixiの中高年達の場合ネットに対して怖いイメージがあった頃からいる「趣味的な趣向が強い人」だったから「今更、mixi実名主義などとんでもない」と失敗。実名や匿名のルールがはっきりしてたFBやツイッターにユーザーを取られた。

 

でも、趣向は違えど支持している世代は似てる。

FBもmixiも中高年ウケする理由は「自分のことを喋ったり、発信する場所がない人達にその機会を与えることができた」だ。そして趣向が違うユーザーがいるのだから「発信したい自分」「つながりたい相手とその手段」はFBとmixiで異なる。

mixiで発信したいのは趣味人の自分で、FBで発信したいのは自分の私的な部分。年末なので年賀状に例えるなら、FBのユーザーは年賀状に子どもとか犬の写真を載せる人で、mixiは自作イラストとかプリクラとかを載せる感じ。(はてなは年賀状が文字だらけの果たし状)…かつてなら年賀状文化だったものをネットで毎日のように人に向かって送っているのが中高年以上のSNS文化。

 

年賀状でもなければ遠くの友人や、普段遊び目的で会うなど薄く広い交友関係に対して「自分の話」ができない。子どもの場合は学校と家の人間関係は繋がってるいるから「自分の話」をする場所がある。が、仕事してる大人はそういうわけにも行かない。

自分を使い分けるようになるうちに「仕事場での自分」の部分が大きくなり、「自分の私的なことを話せる相手」というのが特に子どもを持つと会えなくなる。…実際、FBおじさんもmixiおばさんも所帯持ちの人の話で「家族には話しにくいことをわかってもらえる人に」と思ってSNSをしている部分が大きいように見受けられる。

 

  • 表裏も承認欲求も出さない若者にSNSは向かない

mixiやFBなど、「情報よりも人間関係を楽しむSNS」の場合は、人間関係に表裏がない10代には適合しない。人間関係に縛られて「一人になる時間・別の自分になる時間」として学校や友達以外の「家」という環境があったが、mixiやFB、それにLineやtwitterは10代から奪い取る存在になってしまう。

20や30にもなって「表裏を使い分ける」「公私の分離した生活をしてる」人にもなれば、SNS疲れ特有の「束縛された感じ」は自分の力で少なくできる。が、10代にはそれが難しいから「嫌ならネットの電源を切ればいい!切って西野カナでも聞こう」という話になる。

 

40代にもなると今度はSNSでもなきゃ「公の顔の自分と、家族の家長としての自分」しかなくなって一個人になれる場所がなくなる。特に、今の40代以上はまだ「大人になって結婚するのが当たり前」の世代だったから、結婚して子供を産んで、家族になって私的なスペースがなくなる…という若い人が結婚したくなくなるような現実の中で葛藤しながら生きてる。

 

その解決方法として「自分がいつもは会えないけど、理解のある友人」と会えることは大きく、それが日本のFBブームに繋がってる。(若い人がいないことや、生粋のネットユーザーは相変わらずはてな・twitter2ちゃんねるの三極のどこかにいるため、肌で感じないんだが)

 

mixiもFBも「衰退した」のではなく、はてなのように「アングラ化・専門化した」のが正しい。SNSが多様化した結果として「総合的になんでも来い!」がtwitterで、twitterで物足りない人が用途に合わせて「本部」を自分で選んでいる。その際に用途がはっきりしているmixiやFBやはてなやアメブロは使いやすい。

 

Google+ですか?知らない子ですね。周りにユーザーがいないので。

 

それだけSNSやネット内の社会構造が複雑化したとも言えるし、消費者やメインターゲットの生活習慣をたどっていけば「新しいSNS・ブログサービスが作れる」とも言える。そして、もっと端的に今回の「FBが衰退した」という意見に反論するならば、「衰退したのではなく、年齢や自分が発信したい・つながりたい相手に応じてSNSが多様化しただけだよ。mixiのようなヘマをしなければFBは日本以外でもおっさんユーザーを取り込み続けるよ。」が僕の考えている結論でございます。

 

 

 そういえば日本一有名なFacebookおじさんである「安倍晋三」さんは政治家という堅苦しいイメージからはかけ離れた「コンビニで買い物しているところ」を誰かに撮らせて投稿してたなぁ…。彼も家族とか仕事以外の「私的な空間」を欲している一般的なFBおじさんの一人なのでしょうか?