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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

EXILEのボーカルって誰かに愛を歌わなくても普通にハーレム帝国を築けそう(笑)


どこで読んだか忘れたけど「昔のAV女優はいかにもそれっぽい感じだった。が、今は普通の人がアダルトビデオに出るようになった」なんて話を読んだことがある。

 

どの職業にも言えることだけど「この人にはこれしかない」という天職についている人よりも「この人はきっとなんでもできるんだろうなあ…」という人の方が多く見かけるようになった。

 

その中の最たるものが音楽業界だろう。J-POPが廃れたと言われている中で活躍している人はいかにもなマルチプレーヤーで、昔のロックンローラーやフォークの連中みたいな「NO MUSIC,NO LIFE」な人がほとんど出てこなくなった。

AKB48の女の子が薬剤師の資格をとったり、EXILEのオーディションに来るような男性は飲食店勤務のイケメンばかりだったり、ツイッターの目撃証言では喫茶店で打ち合わせしてたロックンローラーが「2年後どういうふうになっていたいか」なんてロックの定義を疑いたくなるような議論をしてたり…と、できすぎている人が世の中に溢れて「この人は儲かるから音楽やってるだけで、本当は何屋にでもなれたんだろう…」と共感できない僕がいる。

 

ダメ人間の居場所がなくなってしまったなぁ…。とフォロワーさんのきみたりさんと上野のツタヤで大量に並ぶレンタルCDを見ながら思ってしまった。

  •  CDを買い始めるのが男子の反抗期の始まり

とりあえず僕の世代「まで」は、CDを買うとか音楽にハマるというのは小学校高学年から中高生あたりの成長過程の一つだった。

18歳超えるとアダルトビデオを買ったり借りたりすること、バカな未成年が飲酒自慢したり(ハタチ越えてから急にお酒の味をあれこれ語ったり、飲みまくって酒豪自慢したり)するような「通過儀礼」としてCDがあった。

 

CDの元々の立ち位置から言えば、今の音楽はまともすぎる。まともな人間がまともなことをまともに歌ってるだけで、自分の不平不満を代弁してくれる「反骨精神」何かちっともない。

中でも許せないのが「お父さん、お母さんありがとう」系統の歌詞がばかり歌うラッパー。湘南の風とかファンキーモンキーベイビーズとかもうアカン!

 

めっちゃまともな人やん!別に音楽とかしなくても働けるし、うたにすることで何を代弁してるかがちっともわからない。

タイトルにしてるEXILEだってそう。あんなゴツいおっさんが

「ただ逢いたくてもう逢えなくて~(うんぬんかんぬんして)泣いてた」とか言われても、全然そういうタイプに見えないから何一つ共感できない。

 

「会いたくて会いたくて震えてる」ことで有名な西野カナさんの顔なんかまじまじと見てみ?絶対、かまってちゃんなふりをして世話を焼くのが好きな男子を手玉にとってるタイプの顔だから!いわゆる「小悪魔系」だからww

 

CDを買いたい年齢だった自分や、今まで出会ってきた音楽オタクやバンドマンの性格を思い浮かべると「絶対に買いそうもないような楽曲のCD」ばかり売り出されてる。音楽という娯楽のコストが割高になってしまった今、少なくとも最も割高なCDという媒体を買うのはオタクと反抗期の子どもなんだ。

 

でもここからが不思議なところ。なんとカウントダウンTVという有名な音楽番組を久々にチェックしたところ、ネットでの音楽の情報はなく、なんと着うたランキングもCDランキングに比べたら冷遇されていた。

  • なんでテレビやランキングからロッカーが消えた?

EXILEや西野カナを「中学生が聴くにしては説得力がない」とボロクソに言ったけど、それは当たり前のことだ。だって、携帯電話をもらって有料着うたをダウンロードしている人達が最もEXILEを聞いているんだから!CDよりも着うたの方がEXILEが強いんだから。

 

ネットではEXILEダンスを「盆踊り」と茶化す人もいるほどの不人気だけど、着うたをダウンロードする高校生~若い社会人(で、ネットとかあまり触らないDQNでアゲアゲな連中)を狙っていて、その人達からの人気は確実に高いのだから、彼らはまた成功していると言える。

 

カウントダウンTVやレコ直のランキングを見るに、CDが未だに花形で、着うたが未だにそれほど人気がなく、ネットでのダウンロードや再生数については取り上げることすらない。今の時代ほど「音楽情報」が役に立たない時代もないだろうなぁ…と思う。(役に立たない情報に振り回されて戦略を練る人がレコード会社にいて、アーティストに口出ししているのだから、CDも着うたも買わない人からすれば、ずれた文化にしか見えない)

 

客層によって行き着く媒体が違うのだから、ランキングも多様な媒体から採ったり、総合ランキングを独自規格で作るべきなのだが…そういうところが遅れたから大衆的な文化としての共感がなくなってしまったんだと私ははっきり言って感じた。

 

が、別に悪いことだと思ってない。むしろ、大衆化した音楽・かろうじてライブを中心に活動して食べていけるバンドマン・ネットやアニメソングに進出して新しい顧客を獲得する歌い手やPの存在も市民権を得るようになった。その点は多様化が起きて良かったと思ってる。

 

何しろ、大衆的な娯楽と音楽というのは元々の相性が良くない。

総合エンタメになりすぎると、自分の思ったような表現ができなくなる。良くも悪くも人と仕事をする機会が多くなり(逆にアーティストとしてやるべき作詞作曲でさえ誰かが請け負う形になり)、マリオネット化しちゃうんだ(笑)

 

典型的なのが紅白歌合戦だろうね。特に視聴率が高かった頃のNHKは強気で、気に食わないパフォーマンスをすれば、天下のサザンオールスターズにさえ出禁処分や反省文を書かせるようなことをやってた。(最近だと、DJオズマが裸っぽいタイツで登場して争論になって引退に追い込まれた事件などが有名)

 

ネジがぶっ飛んだ「アーティスト気質な人」は不祥事やトラブルも持ち込んでくるから「チームで仕事をする大衆のエンタメとしての音楽」にはあんまりいらなくなっちゃった…わけだ。

 

つまり、テレビ出演やランキングチャート入りを果たすために「こなさないといけないスキル」がサラリーマン的な方へと変わってしまって、音楽しかできないクズはらなくなっちまったわけだ。(音楽はできなくてもいいけど、勤勉にトレーニングをこなして歌と踊りができるようにならないと大衆音楽は務まらないわけだ。作りたいものとかはなくてもいいけど、人あたりを良くして人の作りたいものに寄り添う努力ができるサラリーマンでないといけないわけだ。)結果として、そういうダメ人間だからこそ作れる曲・歌える歌詞・共感するファンやオタク・年齢層がいたんだけど、そういうものってアングラ化しちまった。

 

そして、この現象はどの職業にもある「生きにくさ」をうまく言い当てた状態なんだよな。本当に自分がそれしかできない(逆にそれならば日本一になれる)と思うなら、スポットライトのあたる場所を目指しちゃダメなんだよ。

 

就職活動で「どこの企業からも内定をとるやつと、そうじゃないやつに分かれる」という話がよく出てくるけど、世の中に必要とされるには1芸じゃなくてあれもこれもできて、しかも人あたりが良くないとダメなんだよ!

 

「生きにくさ」の正体とは、EXILEのイケメンみたいな「別に、あなたの天職でなくとも、なんだってこなせるよね?」という人が世の中の美味しい仕事を全部持って行き、彼らの基準で不器用だったり、芸が1つしかない人、がんばれない人が生きていかないといけないことだと僕は感じる。

 

日本では激動の時代に実は若年者数は上がるそうだ。自分達が感じている時代の変化や感性や技術が認められず、世の中で取り入れられているズレた時代感覚や保守的で閉鎖的な勢力の板挟みに苦しむからなんだろうなぁ…。

 

きっとEXILE側でいられる人は世の中に出てくるデータや正義を信じられるんだけど、そうじゃない人は自分の考えややりたいことに合わせた基準や情報、もしくはスタイルを自分で作って生き残らないとダメなんだろうね。

 

こじれてきたからフレーズにしてまとめちゃおう。

「20年前までの人生というクソゲーはRPGのようにゴールや倒す敵が明確だったけど、今はゴールもルートも自分で決めてやるゲームに変わった。今までのようにRPG形式でゴールに行ける人もいるのだけど、敵のレベルが上がりすぎてるから今までのモノの見方でクリアすることを考えない方が生きやすい人は増えたのではないだろうか?」

とフォロワーさんと話してて思いました。

 

 

 参考資料

 

 フォロワーさんから紹介された音楽のPVとツタヤで他のアーティストを見比べた時に「ああ、この人には音楽しかないんだなぁ。プレッシャーが違うよ」と思ったのがきっかけ。

 

 

書いているうちに「あれ?シロクマが言ってる話にちょっと近くない?」と思って最後の方の書き方を参考にさせてもらいました。

 

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