読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

下積みはなぜ独立のために必要なのか?


イケハヤが面白い記事を書いていたので、僕も参戦しよう

ホリエモンが指摘する「下積み原理主義」に大変共感する件 ホリエモンが指摘する「下積み原理主義」に大変共感する件 

ここで言う「下積み原理主義」とは?堀江貴文さんが「独立する前に下積みしなきゃいけない」という固定観念を持っている人」に対して当てた言葉。

特に日本では、下積みが必要ないことまで「下積みをしてから」といい、成功した人には「下積みがあったからうまくいった」という論調で語られることが多い。

 

その論調にイケダハヤトさんが「目標意識のない下積みをしても無駄だ」と指摘している。

 

ここら辺は賛同できるけど、彼らの言い分では足りないところがあるからそのへんを書いていきたい。

  •  なんでデマを書くフリーの記者がやっていける?

フリーの人が多いライターや記者の業界を例に記事を進めていこう。

 

ライターの世界というのは調べれば調べるほど不思議な場所だ。

 

独立系の記者の経歴はすごいのに大した仕事をしてないどころか、デマをたれながして世の中から信用されないような人でも記者を続け、テレビにも出る。

あるいは、どう見ても文章力があるとは思えないし、情報の質から言えばどうしようもないような女性向け情報サイトを天下の小学館様がやってたりする。(※Menjoyとか美レンジャーの元締めは小学館)

 

どう見ても「はてなダイアリーはてなブログの上~中ぐらいの人の方がまともなものも書けるし、炎上させるのもうまいよなぁ…」と思うが、電子書籍を出したりライターとしてやって行ける人はごく一部。

 本を出せる人・ライター稼業につくに至る人が出るほどブログ界隈が注目されているのも事実だが、ブログで有名な人がテレビに出たり有名な雑誌の中で書く事はほとんどない。

 

私はここに「下積みの意味」があると考えている。

なんの仕事でもそうだ。技術や質の問題ではなく「お客がいるかどうか」というスポンサーの問題になる。

資金面などを指摘する人もいるが、資金・在庫・店舗などのリスクが高いビジネスはそもそも初めにやるべきビジネスじゃない!確実な顧客と資金が確保できれば話は別だが、完全独立で今の時代にやっても優位性が少ない。

 

「下積み」に技術習得に関する意味なんかない。いや、技量だけでいいなら半年以内で会社を出たって問題ではない!みっちりと現場で鍛えられるような中小企業や大きくとも忙しい会社に入って半年間目にクマができるまで働いたらいい。

 

躁鬱病統合失調症になるが、何か得るものはある(経験談)

人間不信になるけど、自分で全部するようになる(経験談)

燃え尽きるけど、自分の限界を知ることができる(経験談)

 

でも、下積みとして3年間いる意味…それは「履歴書を埋めるため」だ!

実際、ジャーナリストの肩書きがついている連中の肩書きなんかすごいよね!NHKにいたとか、共同通信にいたとか…数日でやめてしまっては話にならないし、数ヶ月でも華がない。でも3年いたとなれば、会社の内外で自分の仕事を評価する人も作れて、彼らの信用やツテも得られる。(※「石の上に3年」ということわざのせいか、3年勤めたかどうかで履歴の価値がめちゃくちゃ変わると言われている)

 

コネは退社してからも続く。何年も大きな企業にいたともなれば、自分の知らない色んなことを知っていたり、情報を持っているような期待感がある。経歴をあまり売りにしないブロガーの人にはこういう期待はできないけど、NHKにいたジャーナリストには期待ができるし、実際にされる。

多分、高校生ぐらいの人が聞いたら「そんなくだらないことで世の中回ってるのかよ!勉強ができない、運動ができない、できないことがあるやつをクズ呼ばわりする学校と社会は全然違うのかよ!」と言いたくなる。高校時代の僕なら間違いなく憤慨してる。

 

でも、実際の社会とはそうだ。話が回ってくる場所にいて、その人が仕事を受けるにふさわしい毛並みの良さがあれば仕事なんか今現在の実力に関係なくいくらでも回ってくる。

 

ボケていても大学教授と名が付けば大学で授業できるのが日本というくだらない国の最高権威なんです(笑)

 

若い時に資格を取ったり、大きな企業に潜り込んだりすることで「話が回ってくる場所」と「毛並みの良さ」は手に入る。特にライター関連はそれが強い。

 

やってることは無料で書いている人とあまり質が変わらない人が70%を占めるけど、凡人でもお金が稼げてしまう「場所」があり、大半の人はそこを目指す。

自分一人で広告料を稼いで「私はブロガー・ライターです」と言うイケダハヤトやブログ飯の筆者のような人種の方がレアケースだよ。

 

はてな内では「イケダハヤトごときが」とバカにする声さえ聞こえるけど、考えてみてくださいよ(笑)あなた方が読んでる新聞やコラムの質が低すぎるから、それと比べたらイケハヤの質だってそこまで低くない。(逆にはてな村や、小説・文学好きの人が求めるような「文章が上手い人」「学術的な知識がある人」だけで世の中が回ってない時点ではてな村の基準はあてにならない独自規格でしかない)

 

要するに「お金にするためのシステム構築・売り込み方」が下積みをする目的であり、有償と無償との境界線だ!確かに、イケハヤさんが言うように「目的のない下積みは無駄」だ。コネもビジネスモデルも身に付かないで会社辞めて独立なんかしてもうまくいかない。

  • 下積み原理主義の罪について

今までの主張の「逆」を言えば、コネやビジネスモデルを自分で作って実践できる人には「会社に入って下積み」何かしなくていい。(が、そんな奴ほぼいないからみんな下積みしてる)

 

でも、レアケースで「会社で下積みしないで自分で1から作ったほうがいい」というタイプの人もいる。ホリエモンもそうだが、究極はスティーブジョブスだろう。ジョブス自体はすごいけど、学校は中退するはクスリはやってるわ…という人種だった。

 

下積み原理主義は「芽吹くであろう芽を潰している」側面がある。

「明らかに社会適応能力がないから会社員が向かないけど、ポテンシャル自体は高いから社長業・個人事業主としては化ける」という人種は世の中に確実にいて、そう言う人が体当たりでチャレンジする事の足を引っ張るような論調だと言わざるを得ない。

 

うまく行った人がノマド論・起業論自体は、確かに「結果論」でしかないため、普通の人が信じてしまうと危うい。そこは否定しない。でも、本当にそう生きたほうがうまくいく人種も世の中にいるのもまた事実だから僕はノマド論・起業論自体をおおっぴらに否定できない。

 

また、「下積み原理主義」は「下積みすれば大丈夫」と思わせるところも怖い。

時代やトレンドが変わった時に移行できないようなサラリーマンとして優秀な人種を会社の外に独立させてしまう原因でもある。

経営者向きの人種がいる一方で「サラリーマンとして優秀な人だけど、自分でアイデアやしたいことを持ち合わせない・考えつかないため経営者には向かない」人もいる。

 

サラリーマン向けの人をいたずらに独立させてしまう・自分はできる人間だから外に出てもやっていけると勘違いさせてしまうのも「下積み原理主義」の功罪とも言える。

 

結局はこれなんだよなぁ…。