読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

ミスマッチしているのは企業と学生ではなく、企業と教育なのでは?

教育論

ツイッターで反響のあったつぶやきから膨らませて書いてみよう

 

 

 僕あれが嫌いだったね。小学校の時に算数の宿題を答え合わせしていると間違ってる子に「えー!」って一斉にみんなで言う奴。あれをやらないといけないのかと思ってた自分もいたし、言われて当然だとも思っていたわけだが…今考えてみると小学校1年生ぐらいからもう同調圧力に飲み込まれ、僕らは洗脳されてた…。

 

ある程度は仕方のないことだ。

なぜなら「教育と洗脳が同意語であり、中身はともかく方法としては同じ」であり、「自分の頭で考えるなんてどこかのブロガーみたいなことは基礎がないとできないこと」で、なおかつ「学校とは近代的な工場に人間を順応させるための職業訓練施設である」と言われてるから。

 

総合するとインテリ的な解釈で行くと学校とは当てはまった規律通りに動くところ。

でも、企業はそれ以上のパフォーマンスをしないなら別にバイトにやらせた方がいい。安定性が高くて持続的で継続的な組織ならともかく本当に「商売」としてやってるところはどんどん自分で裁量を勝ち取って小さい範囲でも経営者的な立ち位置になっていかないといけない

 

つまり、その目的意識からして「学校教育はビジネスマンの養成にマッチしてない」んだ。「(時として組織も国籍も超えて)一人で生きていかないといけない時代」に「組織や世間の中で生きていく人間を養成する」ことが…すごくミスマッチなんだ。

  •  なんで大学生は遊んでばっかりなのか?

という問題に文科省は「カリキュラムが甘く、出席日数が少ないからだ!もっとキツくすべきだ」と考えた。その結果、僕の大学生時代には休みが減らされるは無意味に単位を取るのが厳しくなった。

 

そういう問題じゃないね?

 

大学行ってしたいこともなくほっつき歩く人もいれば、産業医が「社会人になってからしたいことがなくてうつ病になってしまう人がいる」と述べてる話も聞く。

 

やりたいことがあり、実際にする人は大学での自由時間の多さを生かしていろんなことをやる。やりたいことをする時間とお金ができれば社会人になっても比較的病むにくい。(まぁ、その時間・お金さえないから病むけど)

 

でも、したいことがない人/そもそも世の中や生きることにシラケている人からすれ「そもそもなぜそれが楽しいのか?」が理解できない楽しいことがないというのはその感覚がわからないということ。逆に言えば、その科目に興味がない・楽しさがわからない人でも勉強がある程度できてしまう。

 

少なくとも受験とはゲームだから「好きこそものの上手なれ」というのは当てはまらない。(むしろ、実用性や興味を捨ててゲーム的にできる人のほうが受験に勝ってしまうほどだ)

しかも、その分野が好きな人の才能が生かされるのは大学以降であり、それなりの学歴を持って好きなところに就職できるぐらいに人あたりのいい人だけだ。

 

その人達からしたら高校までの勉強から自由になったら急にすることがなくなった。やり過ごすことしか考えてなかったから。

彼らが大人になって何もしたいこととかやりたいこととかなくて高い事務能力だけを売りにして官僚になって「あの時は自由すぎた。やることを与えればみんなそれを学ぶになり、大学生は勉強するようになるだろう」とバカなことを考える。

 

でも、大人として入った大学の中で人から「勉強しろ!」って言われる必要ある?

大学の勉強内容に対するガッカリ感と無気力感は学生運動の頃から言われている。だから、わからなくはない。

 

 そして、そういう鬱屈した感情で学生運動を反骨精神の象徴のように言う人がいて、未だに一部界隈では美化されている。

もっと酷いと「昔の人は鬱屈した時に酷い目にあってでも反抗したから偉い」「盗んだバイクで走り出すバブルまではそういうのがあったのに今の若者には反骨精神がない」とか熱を込める。

 

時代の空気はわからんでもない。僕も「ぼくらの七日間戦争」好きだ。反骨精神も鬱屈した感情もないわけじゃない。

でも、僕から見ればバブル世代以前の反骨精神なんぞ「与えられたモノにクレームを言う消費者」で、自分の好きなことを本気でやろうとしてきた人の行動じゃない

 

好きなことを持ってる人間はその講義の時間すら惜しい。ライバルに先を越されるのも嫌だ(と当時の先人も考えたらしく、学生運動に参加しても運動の過激化・運動自体の論点がズレるとすぐに学業に戻った)。

何より、就活がデジタル化して応募人数がアナログ時の10倍になり、昔に増して減点法な側面が採用する際に強くなったから…跳ねっ返りは粗探しに遭って弾き出される。

 

では興味のある方に特化しようと考えたらその「好き」をいつどうやって作るべきか?それは楽しさを幼いうちから感じ、実践すべきで大人になって急にはできない。

そのため、大学時代までにやりたいこと・興味のあることを見つけ出せてない人は大学に行ってもサボるし、社会に出ても特にビジョンもなく、使命感もなく仕事して、ひどい場合は「俺、なんで生きているんだろう?」と病む。

 

子どものうちに「一人の大人として生きていくためにしたいこと・すべきこと」を考えないで大人になるから無気力で受身なままなんだ!でも、それを中学・高校の進路相談でどうにかしようとする現状はおかしい。特に高校で進学しない人はそこが最終学歴なのに「したいことはなんですか?」じゃ遅すぎる。(準備期間が短かすぎる)

 

そう考えるとおかしいのは高校教育なんじゃない?と感じる

  • 一人で生きているという自覚こそが今必要な洗脳

結論から言うと「心理学/雇用関係の法律や手続き論/あるいは家計や経済に関する知識」など一人で会社や世の中をわたっていく上で必要な知識を包括した「自立」なる授業があってもいいんじゃない

前に有名なブロガーさんが簿記を高校の授業に入れることを提案してたが、簿記じゃない!もっとトラブルを回避するために必要な防衛術全般だよ。なんなら護身系の関節技や応急医療処置なども含んでいい。

 

高校時代に芸術科目を2科目&高校の家庭科なんていらない!それ生きていく上で必要?進学する上で試験に出るの?…そこを除けて週1~2時間ぐらいやったら?(保健だって中学の焼き直しにするなら中学だけでいいよね?)

 

「実学」ではなく「実践」そのもの。いきなり大人の年齢になって社会にぶち込まれて漂流するような人間を増やしてもどうしようもない!ならば、それを実践できるために必要なサバイバル術を教えるべきだ。

 

金銭的なことがあろうがなかろうが、一人で生きていく事・大人として責任を問われる立場になるのは大変だ。

 

一人暮らしの時に、高熱を出して動けなくなることもある。新聞屋に靴を挟まれて恫喝スレスレの勧誘を受けたこともあった。一番酷いのは家賃を払うつもりで貯めてたお金を先輩社員に飲み倒されて家賃が払えなり、会社で発狂したことがあった。

一人は気楽だ。深夜にエロいもの見ようが、外出しようが、どんな趣味でも誰にも文句を言わん。でも、その分だけ「自分で生きていく」という覚悟と処世術がないといかん。

 

まずは学生の一人暮らしで仕送りをもらいながらでいいからやってみ?新聞配達を追っ払えるかやってご覧?仕送りだって大した金額は来ないんだから、それをやりくりして「今月ピンチだ」とか「もうバイトなんてやだ~」的な状態に一度なってご覧?大変だから。

 

私は両親が近くに住んでいたから幸運な方だけど、代理人や世間を知っていてフォローする人がいつも近くにいるわけじゃないから「自分でトラブルに対処する知識」は処世術であれ、法律や税金のことであれ、必要になってくる。

 

中小企業の事業主さえよくよく法律を理解してなかったり、法律の理解がないのをいいことに会社内でローカルルールが出来てる…なんて話はザラにある。

法律とその手続き、あるいは人を陥れるような心理学的なやり方を理解している人間が増えるだけで解決する問題なんかたくさんあるのに、それが周知されていない。

 

さて、まとめていこう。

 

前半で話題にした「興味を持つこと」の教育は小中学校の年代からやらないと手遅れだ。だから習い事を子どもにさせ、何個もさせる。大人になって習い事をしないで、子どものうちにやるのはそのためで、忙しいからじゃない。

興味を持つことを学校でやるのはクラブ活動の興隆や授業や成績の付けでしかどうにもならない。

 

高校とは本来ならば、器用貧乏を育てる場所じゃない。むしろ学校を出て「大人として扱われるのに恥ずかしくない人を育てる場所」だ。なのに、必要な実践が全くない。高卒・専門卒で働いたり、大卒で一人暮らしを始めるのに全然できる人間が育ってない。

 

料理ができないなんて事は別に問題じゃない。毎日マクドでも死なないよ!(危険に感じたら飽きる。育ちがいい人なら肌が荒れると野菜が欲しくなる防衛本能がある)

でも、一人で生きていくために必要なお金のこと・企業に務める/辞めること・悪い人や危険の人のこと…そういう人の方には殺される危険があるよ。

 

そして、危険が自分に迫っていること・くぐり抜けて生きていくことを自覚した時こそが「一人で生きていかないといけない」って感じる時なんじゃないのかな?

 

…僕は社会に出てろくなキャリアを歩めてないけど、これだけは経験でよく知ってるよ。本当に・生きていくために大事なのはお金でも忍耐でもない。学校では教えてくれないずる賢さと学校では教えられない好奇心なんだよ。

 

その二つがアクセルとブレーキのように自分を押したり引いたりして人生を進ませてくれる。

 

参考資料

アカギ-闇に降り立った天才 1 (highstone comic)  

 

コンセプトの元ネタ。週刊少年「」福本伸行先生が述べていた話を参考にした

 

 スナックさいばら おんなのけものみち ガチ激闘篇 (角川書店単行本)

筆が進んだきっかけ。西原理恵子さんのある本を読んで「あ、言われてみるとこういうことで生きてて悩むよなぁ…。」と思ったところを出したらこうなった。

 

 ミンボーの女 [DVD]

 いい映画です。僕が伊丹十三で好きな作品のトップ3に入ります。ブログ全体の筋道はこの映画を「真似た」といってもいいぐらい参考にした。

 

むしろ、ミンボーの女の二次創作がこれだといってもいいメインの元ネタ。