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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

風刺の面白さとリスク~リーガル・ハイ2と虚構新聞~


皮肉/風刺という手法でヒットを重ねてきた虚構新聞とリーガル・ハイだが、一週間ほど前に日本ユニセフを批判した記事で虚構新聞の権威は失墜し、昨日のジブリを皮肉った回でリーガル・ハイ2は大変つまらないミスをした。

 

 

何がダメだったか?結論から先に申し上げれば、創作物には大別して二種類のスキルが必要だ。

 

1つは自分の思っていること・考えていることを言葉やイラストなど媒体で表現する技術だ。最近調べたところ、魅力的なイラストを描く絵師やブログ運営者はすでにツイッターなどの時点でその面白さを発揮している。

平たく言えば「センスがいい」というやつだ。媒体を問わず、イメージ通りの説明ができる面白さを持ち合わせていて、注目を集める力になっていく。

 

もう1つは「調べる力」だ。注目を集めるだけならば「考えていることを表現していく力」だけで十分だが、注目だけではなくその評価をもっと上げたい時は物事をしっかりと調べて「このぐらいの知識があれば通じる」という線を見極める必要がある。

以前、仲良くさせてもらってるブロガーさんが「僕には知識が足りない」と嘆いていたが、闇雲な知識じゃない。自分が伝えたいことのために何をどの程度調べ・相手が共感するうえで必要な知識量を書くか…これを判断する力だと思ってもらいたい。

 

今回は特に後者の話が中心になる。なんで創作や物書きをする人が調べ物に躍起になるか…そして、どんどん事情通のオタクのように知識を蓄えていくか。そんな話だ。

 

 

  • 半可通にジブリ批判をする滑稽さ

皮肉を言う、社会悪を風刺するのは一向に構わない。だが、批判する内容が間違った批判は無知を晒すことになり、批判する内容が合っていたとしてもその原因が自分にあるような批判は「お前が言うな」と言われて説得力を持たない。

 

私がリーガル・ハイ批判を書くチャンスは今回ともう一回あった。1回目はブログへの批判があまりにもひどかった時だ。

ドラマとは言え、自称と言え、職業をブロガーなどと名乗る人がたったの一日25アクセス?25アクセスのブログの誹謗中傷がそもそも見つかった事自体に驚くほどの水準である。

 

…ブロガー批判をドラマでやるのに、ブログに関する相場を一切合切研究してない人の作ったものだということが瞬時に分かる雑な描写が目立った。ブログ関連の数字周りも雑だけど、電車男を彷彿させるようなオタクをブロガーなどと言い張ってが出したのが「嘘」極まりない。フジテレビ及びリーガル・ハイの制作スタッフはこんなやつがまだこの世の中に実在すると考えているのか?

 

生きた化石を論じることは現在をこれっぽっちも風刺しちゃいないし、ジョークとして登場させても何も面白くない。

 

そして、昨日放送された「スタジオ小春日和」に関する裁判のシーンもあからさまにジブリを意識した設定が多い。が、あまりにも無理がある。

 確かに、モデルになっている宮崎駿がパワハラまがいの介入を他の監督や重要スタッフにしたことで後継者不足になったという事実までは踏襲している。ドキュメンタリーで「こんなふうには動かない」とダメ出ししているシーンもある。

 

でも、宮崎駿の偉いところは人をこき使うんじゃなくて、自分で多く絵を直して作品をちゃんと完成させちゃうところだ。ジブリがいいイメージを持たれるのは過酷なアニメ産業の中でも会社として成り立たせるように努めたことじゃないのか!それが描かれない宮崎駿論なんか侮辱以外の何者でもない!

 

上司・経営者を理解してない人でないとあんなズレた風刺はできないし、ジブリを理解している人なら「宮崎駿が批判されることは許しても、訴えて賠償と謝罪を要求することには理解に苦しむ。それが許される人は近藤喜文さんだけじゃないの?」と。実際、それだけの仕事を人一倍にして、実績もあげ、アニメのお仕事でありながら給料面などの改善もやってるからジブリは成り立ってる。

 

一概にブラック企業・パワハラ論争、典型的な老害の話のモデルにするのは筋違いだと言わざるを得ない。

 

確かに、アニメに興味がない人からすればワタミの社長と同じように「間接的とは言え過労死に人を追いやる悪徳上司」に見えるかもしれない。でも、宮崎駿が表立ってワタミのようなことを言ったかといえば言ってない。

 

虚構新聞やリーガル・ハイなど風刺作品の根本的な面白さは「本当にありそうだと感じさせる背筋が凍る感覚」「ジョーク・作り話として笑ってごまかせるところ」にある。ところが、特に昨日のリーガル・ハイは僕にとって笑ってごまかせる域を超えた「劣悪な侮辱」にしか見えなかった。

 

ジブリの本質的なところを描くために必要なところ・ブラック企業だと罵られている企業とブラックだけども社会悪にはならない人の違いをちっとも理解していない「調査不足」で筋違いなシャドーボクシングで「不当にジブリを侮辱するな」としか言い様がなかった。

  • 発表する作品の量が同じでも資料が積み上がる理由

この間、ノマドワークを揶揄する意見が話題を呼んでいたが、同意できるところがあったから載せておきたい。

 

こう見えて僕は書き物をしてお金をいただく仕事をしている。

フリーランスなのでオフィスも何も持っていない。メインPCラップトップだ。

こうなるとオシャレなカフェーで優雅にタイピングしたいところだが、それは無理だ。

はっきり言おう。ノマドだとたいした仕事はできない。その理由はシンプルだ。

いい仕事には「資料」が必要だ。

そして、2000文字の記事をまとめるのにも、何冊もの参考文献がいる。

クオリティの高いお金が貰える文章」を書くには、簡単にはアクセスできない紙の資料が絶対になきゃいけない。

それを持ち運ぶのは膨大な量になる。とてもスターバックスなんかには持ち込めないよ。迷惑だ。

 

僕がノマドを「たいしたことない」と思う理由(良い仕事をする方法) 僕がノマドを「たいしたことない」と思う理由(良い仕事をする方法) 

 

 全体を通すと「ノマドがスタバで仕事している」というイメージ自体が偏見的だが、そこは反証する資料がないから目をつむろう。

問題なのはスタバで仕事ができるかどうかという話だが…質次第では確かにできると答える人が多く、ただオフィスのように常駐するには迷惑だという人も多い。

 

2000文字という基準がわかりにくいために目安だけ言えば、この文章が約3500文字。日経の電子版に載っているものの多くが1500文字前後だ。

読むのに10分かからない事からもわかるが、ただ並べるだけなら20分以内の短い作業で終わる簡単なお仕事がライターで、ブログという趣味…ってそんなわけがないだろう!

 

短いコラムを書くために書き手は2時間以上を費やして資料を見たり、書き直しや推敲をしているし、自ずとそういった本や電子媒体で調べ物をする時間が増えていく。

 

これは物書き系に限らず、仕事・趣味のクオリティーを上げたい創作者やビジネスマンなら誰だってやる!そういうリサーチが大事な理由について「知識をつけないとモノが書けない」というのだが、そいつは嘘だ!

 

調べてるのは「落としどころ」を理解するためだ。多くの創作物や読み物は人を楽しませるためにあり、その「最も楽しめる位置」に落とし込むために必要なことを調べる。

 

勢いとアイデアでざっくりとした形を作り、作品が発表できるようになった次のステップとして「もっと良いものを作りたい」とジャンルを問わず誰もが考える。

良いものとは何か?人々に支持されるモノとは何か?それは宣伝でゴリ押しすることでもなければ専門知識を積み上げることでもない。

 

「納得できること」「参加できること」だ。

 

自分自身が納得している・言いたいことをより具体的にしていくためであることはもちろん、相手を意識して趣味性や世論を汲み取り、必要な知識量・表現に落とし込むことが大事になる。そのため多くの場合、良い物を書く人・注目を集める話題作ができるまでには出している作品の何倍ものリサーチをしている。

 

風刺はその際たるものだ。

風刺が攻撃的な行為だからこそ、よく調べておかないと筋違いの批判になり読者から自分自身が攻撃されることになる。逆に、人々が考えていること・攻撃したい相手をきちんと批判すれば、それに便乗して参加する人はたくさんいる。

 

虚構新聞とリーガル・ハイはそういった便乗者がいるからこそ、攻撃的で下品な批判を垂れ流しても「面白いからいいじゃないか」の一言で片付いた。

 

攻撃する相手を調べ、疎ましく思われ(攻撃され)る理由を調べ、世の中で言われていることとその実態の乖離を調べ…そりゃ~もう!人を批判するということを本気でやればそのぐらいはやらないとリスキーで仕方ないさ。

 

図太い神経で毒舌を連発してる?違うよ!周到な準備をしているからこそ目立つ場所に出ても、人から批判されることがあっても冷静でいられるんだよ!

そこを履き違えている人が多すぎるから、単細胞にマネする人が出てきたり、頭ごなしに「文章を書くなんて楽だ」とか思っちゃうんだろうなぁ…。