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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

好きな作品は何度も見返す・読み返すべきだ!

アニメ 映画の話

短文の切れ味が上がったからか、それともフォロワーさん達が僕を見に来てくれるからか、ここ最近僕のつぶやきが話題になる回数が増えた。

 

その中の1つを細かく語っていきたい

 

かつて、我が家では「好きな本は買って何度も何度も読み返すし、映像も不定期に見返す派」の父と、「図書館でしか本を買わないし、情報バラエティ・ドラマはもちろん映画でさえ1.5倍で見る派」の母の対立があった。

 

 元より、オタク迫害主義者の母に「1.5倍で見たら作品演出が細かく見られないし、感動が伝わらない」なんて反論をする気も起きない。

 

でも、アニメや映画、あるいは文字媒体をじっくりと読むことが好きなブログ界隈の読者にはわかるはずだ。ちょっとしたニュアンスの違い・気づき・製作者のこだわりに気づくかどうかでその作品の面白さが変わってくることを。

 

 その楽しさをもっと多くの人に味わってほしい。そして、何年後か先にそういう楽しみが味わえるような作品のDVDやブルーレイを買って保存したり、レンタルして語り継いでいってほしいなぁ…と思うからこの記事を書く。

  •  ぼくらは意外と洗脳されているらしい

具体的な作品を挙げて話していきたい。

マイレージ、マイライフ」という映画を見た時のことだった。当時は映画館で見た名作を、いい機会だから見返した。

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あらすじとしては、会社の仕事を刷新しようとする新人のナタリーと、自分の仕事と生き方に誇りを持ちその改革に反対していたベテランのライアンが一緒に仕事をした「出張先でのできごと」を映画にしたもの。

 

当時見た時から「なんて、泣かせる映画なんだ!人間の弱々しさをここまで描くんだ…。」と思ったが、ナタリーという女の子がとにかく嫌いだった。

 ただ、長い年月を経て見返すと反対にナタリーというキャラクターが強烈な子でもなんでもなく、平凡なキャラクターに思えるようになった。映画に平凡なヤツが出てるからリアルなんだなぁ…と。キャラクターのそれぞれの嫌なところ・行き詰まったところが描かれるように作品全体のバランスが取れてるんだなぁ…と。

 

ナタリーみたいな子というのはむしろどこにでもいる学生上がりの小生意気な子。

多くの大人に会い、自分自身が社会人という立場になるとわかるのだが、学生は意外と自分自身が洗脳されてることに気づいてない。そのくせ、世の中にあるものがすごく不効率にして無計画なものに見える。

 

でも、それは自分自身が学校という人生でも特殊な場所だということに気づいてないだけなんだ。計画的で合理的に線が引かれる場所で生きた記憶しかないから無計画で複雑な社会が良くも悪くも「バカバカしい」モノに見える。…しかし、実態は不効率に見えるもの・情緒的すぎるように見えるものにもそれなりの理由がある。

 

その繊細さをわかる人が社会では「ベテラン」とも呼ばれるが、何かを変革させたい時には「老害」とも呼ばれる。ライアンというキャラは初めて見たときはいい意味でのベテランだと思った。しかし、映画を見返した時に紙一重で老害にも見えるし、実際にそうなるような人だからおっかない。と働いてからの経験や人間観察が僕に警告するようになった

 

以前見たときに比べ、仕事で病む・挫折するという経験をして、映画への視点が変わった。平たく言えば、人は「大人になる」ため、自分が過去に見えなかったものが見えるようになる。幽霊とか座敷わらしの類は子どもの方が見えるかもしれんが、人間の立場とか心情とか人のいいとこ・悪いとこなんてものは確実に歳をとった方が見えるものも出てくる。

 

キャラクターの見え方が数年後に見るだけで全然違うものに思えてくる。

 

最初のつぶやきで「3~5年に一度は見返すべきだ」と言ったのは、作品そのものの見方が大きく変わるからだ。

製作者の細かいこだわりに気づくためなら、もっと短い期間で見返してもいいかもしれない。しかし、どうしても作品やあらすじを細部まで覚えているとその見所ばかりに目がいってしまい、それ以外がいい加減になってしまう。大まかには覚えてるけど、細かいところは忘れてるぐらいの3~5年がいい。作中での全部の魅力を改めて見直して、新しい解釈や魅力を見つけることにつながる。

 

製作者のこだわりはもちろんだが、自分の思い込んでいた固定観念や勘違い・思い込みの類を捨てて、作品に没頭できる環境で「面白い」と一度認めた作品を見ていただきたい。そうすると、時が経つとまた違うおもしろさ、気づきが発見できて面白い!

  • ちょうど、時代の切れ目を超えた後に作品を見る

オタク界隈なら、「昔の作品を見返す意義」としてこんなのもある。

 

さっきは洋画だったが、今度は「ノエイン」という作品を見返した時の話。

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戦闘シーンが豪華な「作画アニメ」で有名な一作だけど…実は序盤にはほぼ毎回主人公ハルカの入浴シーンが出てくるお色気アニメでもある。

 

…終わりになるにつれてバトルシーンやSF要素ばっかりが際立つアニメになっていくのだが、序盤の方を見返すと序盤には昔の意味の「中二病」をそのまま描き出したような小学校高学年のリアルな心理描写とトゲトゲしい感じの反抗期ぶりが出てて、非常に面白かった。

 

ちょうど「中二病でも恋がしたい!」とかいうアニメで、中二病の定義が昔のそれとは全然違う描かれ方をした直後にノエインを見返したため、「これぞ(ノエインみたいな作品こそ)中二病だ!」とうなづきながら見た。

 

「最近の作品が楽しめない・不満なところがある」という人には「何が不満か」を教えてくれるいいきっかけになる。昔の作品には何があって、今の作品ではどうなってるか?それが感覚や思い込みではなく、実際の作品を交えて比較できることで、イライラやモヤモヤの正体がはっきりする。

 

 

「知ってる作品を見返す」とは少し違うが、「古典を見る」ということにはそういう良さが詰まっていると思う。例えば、ターミネーター2ではラジカセを担いで音楽を大音量でかけてバイクで走り回る少年が出てくるが…僕は物心がついた頃にはそんな奴いなかった。(ターミネーター2の時代に生まれてない)

古典を見ると 自分よりも年配の世代の人が何をイメージしてモノを言っているかがちょっぴりわかる。良くも悪くも技術の進歩について来ないで時間が止まっている人は過去にしかいなかった人種・機械・考え方の話をするからその意味を知る意味で古典はすごく参考になる。

 

こっちも生まれてさえいないけど、コマンドーを見たときにも「論理的には筋が通ってないけど、こう言うおもしろさを持った作品って減ったよなぁ…。いや、昔のアニメにはあるけど、実写であれだけの筋肉技と理不尽をやりまくってるのに清々しく終わっちゃうあの空気はすごいなぁ…。」と感心する。

 アニメの製作者は自分より年配で、僕から見た「古典」を元ネタにアニメ作りをしてることも多々あるから、元ネタ発掘の意味ですごく役に立つ。

 

「一度見た作品を見返す」頃にはそういう知識をつけて見返すと「元ネタ」がもっとわかって面白い。自分の人生の経験値もだが、オタク的な経験値まで含めて3~5年ぐらいの年月を空けて作品を見ると価値が増す。

 

だから、今のものを見る半分とか3割でいいから自分が見たことない大昔の作品や昔見た思い出の作品にもチャレンジして欲しい。

 

 

 古い作品見返すのにお世話になってるので、貼らせていただきました。