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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

ブログを読む楽しさは人のラブレターや日記を盗み見る楽しさに似てると思うんだ


・はじめに

まず、断っておきたい

 

僕はid:kouas1100 さんにこの記事を贈りたくて書く事にしたから、この記事はヒットしようが、しまいがどうでもいい。

邪魔だとか、帰れとか言わないけど、これは彼への手紙だ。君らのじゃない。

 

ピエリ守山に行って一躍、ブロガーの仲間入りをした彼は未だに自分の才能に気づいていないようなので、その話をする。

 

僕はツールやノウハウなど「ブログで人気になるためのコツ」を再三書いてきたが、今まで一番大事なことを書かずにきてしまった。

でも、それをわかっている彼になら話してもいいと思ったから、彼に対してはこの話をしたくて書く。

 

ブロガーの才能は「一人のために本気で伝えようとすること」だ。アクセス数だけで人気のブログになるなら、知識・経験があればなれる。でも、それだけじゃ印象に残らないし、何より長くても5000文字程度しか書けないブログの世界では全部表現できない。

 

でも、相手を意識して書けば、その量はブログぐらいの量でちょうど良くなる。そして、それが意識できる人は才能がある。

 

ジャンルに関係なく共通する資質は「続けること」だが、ブログに必須の才能というのは「相手に対して本気でぶつかっていくこと」だと思う。

 それは学歴も何も関係ない。取材に行ったり、丁寧にコメントを返したり、伝えたい自分の考えを持ちつつ相手の話を聞いたり…行動の中に現れてくることだよ。

 

目の前の人や自分自身を動かしたくてそれに対して全力でぶつかれば、自ずと全然関係ない人が読んでも面白い記事はできる。そこが大事なんだ。

 

  • まず、僕も匿名くんに言いたいことがある

元ネタはこれね

コメントが来た - 反社会的な中学生 コメントが来た - 反社会的な中学生 

 

名無し

厨二病真っ最中だな・・・w

人気が欲しい。注目されたい。そういう事はネットを使えば誰しもが思う事だろうが、ネットを長く使えば使うほど、それがいかに不毛な事か、何れ気付く事になる。

どうして多くの人がどうでもいい日常を綴った日記を書くと思う?

彼らは別に注目なんて集めたくないんだよ。ネットの話題なんてどうでもいいし、世界の事なんてさらさら気にしていない。

だから強い。君にはそういう弱さがあるのさ。

匿名くんはネットで発信する人間のことを何もわかってない。

 

本当に納得したいのはいつも自分自身で、数字というのは後からついてくるもんなんだよ。自分が楽しくて始めたことに数字が伴った時に「もっと数字が欲しい」という願望がチラつくようになる。

 

日記を書く奴らは強いんじゃない。味を知らない。注目されること・評価されること・あるいは本気で文章を書く事の恍惚感を知らないだけ。強いわけじゃない。それを知ってもなお、その欲望を無視して生きていける人は強いが、大半の人はその欲望に気づかない。

 

欲望に気づいた時に影響力を欲してさまようのは弱い人間だからじゃない。普通の人間だからだ。空腹の時に食べ物を作る匂いや音を聞けば、そちらが気になる。それは本能みたいなものだ。

 

 

それとな、「ネット上の影響力」が欲しいなら、ちゃんと勉強しろよ。

流行に乗る事しか出来ない、口先だけの中学生がいくら頑張ったところで権威なんてものには近付けないからな。

まあ、単なるスターになりたいってんなら話は別だが、それなら覚悟はしておけよ。ああいう連中ってのはな、仮に人気が出たとしても、常に一定数の人間からは蔑まれてるんだよ。中身のない、口が上手いだけの人間ってな感じにな。

本当の権威ってのは、そういうものじゃない。人気なんてどうでもいいんだよ。彼らには自分の専攻分野があるし、その範囲内の言動のみ自分の力が通用する事をきちんと心得た連中だ。

目指すならそういう連中にしろ。ネットの話題なんてどうでもいいんだよ。しっかり勉強して、大学出て、自分の分野を作り上げろ。

ネットの影響力というのは全てそれからの話だ。それさえ出来ず、若い頃の貴重な時間をネットに捧げたなら、残るのは惨めな自分だけだぞ。

 

いや、違うな。

 

さっきも書いたが、必要なのは「専門分野」じゃない。そんなものよりも伝えたい相手に対して全力を出せるかどうかの方が大事だ。より言いたいこと・わかってほしいことがあれば、勝手に体が動く。そのツールを活用するために学校での勉強は役立つが、なくたって誰も教えてくれないわけじゃない。

 

僕から彼に言いたい。罵倒する奴が出てきたとしても、「お前のために書いてるんじゃない」と腹の底では思っておけばいいよ。少なくとも、叩くため煽るために読みに来ていたやつには僕は一貫してそうしてきた。

 

「これはお前のブログじゃない。お前だけが読者じゃない。俺のブログだ。俺のブログを読みたいやつ・俺がものを言いたいやつのために書いてるんだ!そこんとこよろしく!」

 

よろしく!と書いてもよろしくしてくれないんだけどね。そういう人たちって。

 

あとな、勘違いしてるかもしれないから指摘しとくが、「ブログを書いてる俺すげえ」なんて思うなよ?

学校に行かず書いた記事が話題に上って有頂天になる気持ちは分かるが、お前の同世代の、学校に行ってちゃんと勉強してる連中は、それ以上に濃い時間を過ごしてるんだからな。

そしてもっと言うなら、その差は年々大きくなるぞ。中学なら笑っていられるレベルかもしれんが、それが高校、大学、社会人となれば、連中は最早手の届かないところに行っちまう。

世界の事なんて忘れて、まずは自分の心配しろよ。

 

 「ブログ書いてる俺すげえ」と思って書いてる人はそんなにいないよ?書き終わった瞬間や書いているときはそういう興奮はあるし、ヒットすれば恍惚感もある。 

 だけど、ブログを書くこと自体については冷めてるし、ヒットすれば面倒だと述べる人も多いよ。ブロガーに聞いてご覧。イメージで語っちゃいけないよ。

 

「濃い時間」についてだが、これについては嘘だと断言できる。

本人の意識やスペック以上の知識・経験は吸収できない。例えば、少年がイチローに野球を教わってもイチローの言ってることをどの程度理解できるか?いや、理解できたとしてイチローが過酷な目標を課したらそれを成し遂げてでも野球が上手くなりたいと思えるか?

 

機会なんてそんなものだ。いい教育を受けさせたって、その価値を活かすための基礎と、その価値に気づくだけの意識がなければ、意味がない。「濃い時間」にするのはどこにいても自分自身で、彼次第だ。もちろん、僕次第であり、 僕でも彼でもない「君ら」とておなじだ。

 

考えるべきはどこにいるかではなく、どうしたいかだ。それを常に考え続けることだ。彼がブログを書きたいというなら、ブログを通じてどうしたいか?それを誰に伝えたいか?あるいは誰を納得させたいか?…そっちのほうが大事だ。

 

  • 正直に僕の罪を懺悔しよう。 

最後に、自分の話をしておしまいにする。

 

僕はブログを書くよりも、手紙を書くほうが好きだ。

ブログという手段は書きたいことをより広く遠くに伝えるため道具に過ぎない。人気もまた同じ。あれば色々と便利だが、それがやりたいわけじゃない。

 

僕が文章で一番本気で書いたのは生まれて初めて書いた恩師へのラブレターだ。…愛の告白という側面も少しはあった。でも、何より自分のセンスに対して初めて活路を見出してくれた人だから、とにかく感謝して神戸を去る前に手紙を残したくて、クサい演出でドラマチックに受け取らせた。

 

ブログを開設してからも、旧友のため・あるいは好きな同人作家のために手紙のつもりで記事を書いた。ヒットはしなかったけど、当事者が喜ぶような記事が書けた場合は他人が見ても高評価な場合が多かった。

 

自分の中で納得したくて記事を書くことが多いブログだが、常に読者の目は意識してる。ツイッターで交流もするし、最近はインタビューにも答えてる。放送も同人誌寄稿もやった。

 

 自分が面白そうだからやってるのもある。だけど、読者がいてこそできることだから、自分が面白いと思ったことをブログで書くときは納得してもらえるようにより詳しく調べる。

 

 一人のために書く記事も書き、そうでない場合も僕の約200人の固定読者を意識して書いている。

 

 こまめにコメントに返事をしたり、頼まれたら取材にも行く。従順なだけではなく、自分を持っていて自分の意見で議論しつつも常に相手のことはきっちり見ている。

 

そんな彼の資質を僕は評価するし、どんどんこれからもやらかして欲しいと思っている。