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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

風立ちぬ 感想

映画の話


 

すごい映画だったんだけど、どうしても好きになれない映画だったので、そういう話がしたい。

 

 

  •  クレソンで人は生きられない

個人的に言えば、吐き気がするほど嫌い。けど、頭ごなしの批判は「あの青二才にこの高尚な映画がわかるものか!」と怒られそうなので、柔和な言い方をしよう。

 

意図は理解できる。だが、共感はできない。

まず、この映画は本来、映画としてあるべき娯楽性が省かれている。そのため、子どもや映画を楽しく見たいファンには辛い仕様になっている。

宮崎駿自身が映画化する前に連載していた風立ちぬの漫画が元になっていて、その中で「妄想」だといっているように、すごくフワフワしてる。(しかも、意図的に)

 

夢と、キャラクター自身がかけるフィルター(色眼鏡)によって話が成り立っている作品。…劇中に生クレソンが山盛りになって出てきてそのまま食べている外人がいたけど、気分としてはそんな映画。

 

いや、肉の付け合せにクレソンならわかるよ?もしくはクレソン自体が揚げてあって、塩が添えてあるならわかる。

…そうじゃない。好きな奴しか食べないような生クレソンをドレッシングもかけずに食べてる。ドン引きでしょ?ドン引きな妄想をそのまま書くのが風立ちぬだ。

 

それが文学的な解釈や宮崎駿自身の仕事柄などを考慮すると「これは名作だ」と言われてる。でも、どんなに美味しくても、生クレソンは生クレソン、それが健康に良い・軽井沢の美味しいクレソンだと言われて到底納得できない。

 

この話と、風立ちぬと何が関係あるの?…ちゃんと回収する。

 

人は健康に悪くても、マクドや吉野家で生きれる!でも、クレソンオンリーじゃ生きていけない。俺からしたら風立ちぬはそういう映画。映画通が素晴らしく文学的で高度でも、俺から見たら食通がクレソンを褒めてるのと一緒。

 

映画におけるリアリティやエンタメ性・ストーリー性やクライマックス(舞台性)はそれ自体が人にとって必要!

情念も必要だ。でも、その分ジャンキーにも取れるようなわかりやすさも映画には必要だ。…それを間引いて自分の情念を書きなぐるような映画にした時点で、「(映画を理解した上で)その映画に共感できるかどうか」という議論としてしか人々は完成度を評定できない。そして、創作・制作が好きな人からしてみれば、共感しやすいないようにしているから、興行的な人気がなくとも賞賛ばかりあふれるズルい映画だ。

 

文学的・映画論的議論は後で参考資料を貼るので、町山智浩さんと岡田斗司夫さんの動画を見てください。(一応、違う角度でモノを言ってくれる著名人が必要だと思ったので、2つ貼っておきます)

 

  •  以下、俺の嫉妬

この映画版の堀越二郎さんがとにかく酷い奴だ。人間味がなくて(それを演出するためにセリフも自分本位で、感情表現ができない大根役者「庵野秀明」を起用)、 「美しいものが見たい」という行動原則しかないクズ。

 

この「美しいものが見たい」というキーワードがなかなか恐ろしくて、逆に言えば見たくないものしか見てない。だから劇中で主人公を襲う絶望感はむき出しにして描かれないし、基本的に主人公にとって有用な人しか出てこない。

いや、もっとすごい!夢まで行って人を引っ張り出してくるし、したくないことを人にさせる形で通ってしまう。

 

金銭的にもチャンスから見ても恵まれても恵まれている天才の話で、ただひたすらに本人は飛行機を追い求めているだけでこのストーリーが成り立ってしまう。

 

 …それがイライラする。嘘くさい。

 

自分のしたいことをするために、地べたを這いつくばってお金を集めたり、人と交渉したり、営業したり…好きなことを仕事にすることとそのための努力はセットなはずなのに、そういう泥臭い話がない。演出論から言えば、これは「夢であり妄想の世界なのだからそんな半沢直樹みたいなものを描くのは下品だ」と言われてしまうのだが、俺は理解できても、好きにはなれない。

 

個人的な価値観ではなく、大なり小なりそういう根回しや泥臭い・好きでもない仕事を人はやらざるを得ない。(大半の仕事においてクリエイティブな部分なんて半分もない。下にいれば最量が少ないし、上にいれば雑務が増える。)

 

それを乗り越えて成し遂げる人の物語が美しく、価値があるのであって、それを描かない物語は「子どもの憧れ」の域を出ない。そして、そんな価値観で職業を語っていいのは「13歳からのハローワーク」だけだ。大人はもっと生臭い話をしないといけない。そういう「責任」がある。

 

真逆のドラマである半沢直樹が支持されている理由は、その責任を果たしている作品だからでしょ?ドラマだから力押しでやりすぎなところはあるけど、描かれるテーマ性自体が風立ちぬの100倍今の世の中と、若い人の悩みを描いてる。

考えてご覧よ。

・上司にうつ病に追い込まれる人が世の中にたくさんいて

・セクハラをしても、セクハラの自覚がない人が日本の朝の顔になってたり

・自分の企業がブラック企業だという自覚がない経営者が国会議員になって

 

…働いてるとそういう目に遭うのが当たり前の社会で、本来なら引退しているおじいさん監督があの映画を作るのは若い人からしたら無責任。いや、無責任で残酷な映画だという自覚があって作られてて、僕には「残酷で美しい」という映画評論家達の評価のうちに、その「残酷で美しいモノ」のうち、残酷さしか見えなかった。

 

ああいう映画が存在で取れるバランスもあるんだろう。でも、アレっていい時代・いい妄想に過ぎず、また宮崎監督本人からも「ええ、妄想です」と言われるのれんに腕押し状態。(だから、先ほどの言い方をすれば、生きる糧にならないクレソンで、教訓もなければ、見たところで人に勧められる作品でもない)

何一つ自分のアイデンティティで感じ取れる感銘がないから、没頭できない。だから、夢を扱う作品で好きな映画は僕はない。面白いのがあれば紹介して欲しいぐらいない。

 

  • 現実が間違ってて、物語が正しい…のかもしれない。

風立ちぬという映画はズルいし、人のことなんかこれっぽっちも考えてないエゴイストの映画だし、それで納得する奴はきっと文学的なおもしろさしか見てないんじゃないか…と個人的に思うわけだが、そんな話をしているさなか、面白いつぶやきを見つけた。

 

 

映画「風立ちぬ」に共感できる人は大なり小なりこうなんだろうなぁ…という言葉をもらって、納得したので貼らせてもらった。

 

間違っている現実に対するアプローチをもっと幅広く持っている人達だから、妄想そのものであるこの作品に共感できるんだろうし、想像力豊かにそういうものが作れてしまうし、語れてしまうんだろうと思った。

 

「現実が間違ってる」(部分部分としては正しいのかもしれないけど、全体として正しい人が頑張れるような仕組みになってない)という矛盾点は社会科学に興味のある人でも同意するところなのだが、厄介なのは「正しいものがあふれれば、世の中はもっと正しくなる」と考えている人がいる事。

 

映画や芸術、もっと広く取れば、エンターテイメント全般の特権であり、役割は「全体として正しくなくても、自分自身が持ってる・見える正しさを貫き通す」ことで、そういう作品が持ってる正しさというのはきっと個人の賛否を言うだけならまだしも、社会的に埋没させちゃったらいけないものだ。

 

正しいことは個々人によって違うのであって、僕がどんだけこの妄想が嫌いで、共感できずに「こんなの絶対おかしいよ!」と言ったところで、それ自体の正しさ・映画の持ち合わせる残酷で美しい形というのは揺らがない。僕の言ってることが間違ってるわけじゃなくて、部分的で個人的な正しさがどこまでも並行していくだけ。その影響力が違うだけ。

 

社会という価値観に染まりすぎるのは怖い。自分が社会を知った気になって「社会なめんなよ」とかほざいてしまう大人に大なり小なりなってしまい、妄想や性など「人間らしいけど社会的でない部分」をすぐ規制・萎縮させる方向に議論を進めたがる。

 

本当の社会科学は、きみたりさんのつぶやき通り「なんで物語通りいかないんだろう」という弊害をしっかり見つけ、弊害が起こりにくい新しい考えが作れるならつくり、作れないならいかに向き合うかを議論することのはずだ。

 

だけど、大人になる・大人であるということは臭いものに 蓋を締めることになっているし、そういう人の存在を当たり前だと思ってしまってる。そして、それが社会の役割だと思っている人さえいる。アプローチの一つに過ぎないのに、そう言った規制や圧力や、厳しさや現実を突きつけるのが大人だと思ってる人や国や企業がいる。そして、そういうものと戦ったり、潰し合うのがどこかで当たり前だと思ってる個々人がいる。(そして、それをエンタメとしても消費し、勇気をもらってる人も多い)

 

だが、それだけでは視野が狭い。「社会全体の間違え」に対処する多様なアプローチを持ち合わせないと、この映画も、もしくは自分の夢も楽しめないのかもしれない。

 

・参考資料

 

 よかった。20分そこそこあるけど、最後まで見て欲しい。

 

 

 長いから納得いくところで切り上げるのをおすすめしつつ、面白いなら最後まで見てしまうのも一興だと思う(1時間)

 

 #風立ちぬ は実在の人物を被った宮崎駿の自伝的理想との感想その1 - 玖足手帖-アニメ&創作- #風立ちぬ は実在の人物を被った宮崎駿の自伝的理想との感想その1 - 玖足手帖-アニメ&創作- 

レビューとして別格に面白い。僕は色んなものに自分のスタンスをどうとるべきか悩まされて中途半端だけど、彼は自分であり続けている。

 

風立ちぬ