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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

ガッチャマンクラウズに於ける「世界をアップデート」の意味を考える

アニメ

ガッチャマンクラウズを3話まで見た。

感覚的に気持ち悪く感じた違和感を書いていく。

 

世界をアップデートするのは「僕ら」でもないだろ!

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作中で出てくる企業、GALAXのキャッチコピーとして「世界をアップデートするのはヒーローではない。僕らだ」というフレーズが出てくる。

 

ヒーローどころか、運営者自身が持ってるクラウズなる力にすら敵意を抱いている。

 

一方、ガッチャマンは名前通りのヒーローでありながら4人も大手SNSサイトGALAXの会員で、GALAXのアプリであるXを信じている。さらに、はじめについてはGALAXにすごく協力的だ。

 

…少なくとも3話までではガッチャマンの根本がはじめの加入で覆され、挙句一部から「惨めだな」とまで言われる始末。

 一方、GALAXは不気味なほどの大活躍。そして、第三者から見れば、気持ち悪くさえ思えるほど宗教じみた臭い「世界がアップデートされました」なるコピー。

 

「世界をアップデートするのは…」というフレーズの意味はなんだろう?。

世界は「世間」と置き換えても「人類」と置き換えても良さそうだが…気になった表現は「アップデート」だ。意味を調べると「アップデート」は改善や修正など小規模な更新を指し、「アップグレード」が大規模なそれを指す。

 

アップデートされた例が、GALAXの情報を信じて自発的に動いた人々によって、既存の公的機関や団体の意思決定よりも問題が少し早く解決した状態」を指してる。

これらを拒む存在として「自分で責任を取りたくない人」「外部からの情報を信用しない人」だと指摘してる。

だけど、それらが撤廃されても本質的にはGALAXが責任転嫁できる上司代わりとして認識されただけで、有能な上司ができただけ。別に自発的になったわけではなきゃ、世間が細かいアップデートすることはあっても本質から変わるほどのアップグレードするわけではない。

 

「ヒーローではない僕らだ」という言葉が自発性をうながすものであろう。また、「クラウズという力を使わなくても」と人々が自発的に動くべきだと運営者が考えているであろう描写が、僕には「パソコンという利器は否定しても、手書きのためのペンや定規という利器ならOK」と言ってる老人と同じように見える。

 

そもそも、たいていの組織は命令(信用できる・認められている存在からの承認)は自発的なものだ。縦社会を仮想敵のように言ってるが、縦社会を仕切る人がGALAXに変わっただけでGALAXがない・連絡が取れない・暴走をしたら止まる縦社会。

GALAXは代わりに責任を取ってくれて、指示と実行のために必要な人材や知識を手配してくれる新しい縦社会の上司代わりになっただけ。文字通りの意味で「アップデート」しかしない。

 

開発者が求めるほどGALAXやそれに従う人達は高潔な存在ではないのでは?

 

「世界をアップデートするのはヒーローではない」とヒーローの存在意義を否定してるけど、「僕ら」でもない。「GALAX」という新しい上司であり、組織だ。

 

GALAXのAIは「X」と呼ばれている。

これもガッチャマン本家の「総裁X」をもじった存在だと思われるからなおさら皮肉だ。総裁とは政党などで一番偉く組織を取りまとめる人を指す。文字通り、「新しい上司」が誕生し、新しい「世間」ができているだけ。

 

いや、ここはわかりやすく「社会正義」と言い換えるほうがいいかな?

 

スガネは本当に頭が固い人か?

あくまで「本質論」だが、ガッチャマンであるスガネとGALAX運営者の思考はよく似てる。どう似てるかというと「世俗に対して真面目で、社会正義に興味があるところ」がよく似ていて、「社会正義に従う人側(スガネ)からの発言か、形成する側(運営者)からの発言か」の違いでしかないと思う。

 

主人公「一ノ瀬はじめ」と対極な存在である点ではよく似てる。

はじめの場合は、世の中の決まりに対して無関心だ。仕方ない理由があることなら破っていいとも考えられ、逆に意図的に破ったり、弊害があるところを変えていくべきだとも考えていない。

 

よく言えば臨機応変、悪く言えば個人主義的に世の中を見てるから「決まりに従え」とスガネが言っても無視できるし、「GALAXすごいね」と言われても乗っからない。

 

一般的には、スガネのように世の中の秩序や決まり、周りの命令に忠実な人を「真面目な人」と言われる。

 

ならば、はじめは真面目じゃないのか?

 

否!はじめは「自分の考えや好奇心に対して真面目」なだけで、別に不真面目に生きているわけではない。(世俗的な言い方をすれば「ストイック」という言葉で説明される人種に近いかもしれない)

 

だからこそ、他人がNOということでも自分がいいと思えばできる。

 

ただ、はじめというキャラの面白さは「世の中をどうすべきか、周りからどう思われるか」には無関心なくせ「世俗的な人間の扱い方は知ってる」と言うところ

 

その意味でGALAXとはじめの関係は面白い。

「GALAXはすごい」と傾倒するスガネと違って、「通じなかったらそれまで」とそこまで傾倒してない(道具だとしか思ってない)からはじめは一線を画す。

 

一方で、はじめは「スガネには傾倒している命令や価値観が必要で、それがないと行動に移すことができない」ということも知ってるから「明確な理由があって、先輩はヒーローなんだから、決まりを破ってでもやってください」と3話ではきっちり発言している。

 

世俗に対して真面目な人は周りの人に嫌われたら生きていけないと思い込んでいる節があるため「理解(承認)されない行動」はしない。

そんなスガネは堅物に映るかもしれないが、大多数の人は自分が責められない言い訳がほしがるし、自分の好奇心や考えを追求するほどストイックでもない。

 

GALAXの開発者は良くも悪くもスガネのような「真面目な人がより積極的に動ける言い訳」として学校や世間ではなくGALAXを作ったのではないだろうか?

 

だからこそ、GALAXがサポートしても「自分が動かなくても誰かがやってくれる」と思わせるような大きな力(ガッチャマンやクラウズ)は否定しか、必要悪的に扱う。

新しい上司が機能しなくなるかもしれないから否定する。便利なものに頼ると自分から動こうと言う主体性がなくなると考えているから老人が自分達の知らない文明の利器を否定するように、GALAXほどきっちりと管理ができない利器を否定する。

 

GALAXの管理者もスガネも自分以外の責任の所在を与えないと人は動かない、動けば批判が飛ぶこと自体に恐怖や嫌悪を感じている時点ではじめちゃんとは違う。

 

世界をアップデートとははじめちゃんのように自分と世間を行き来できる人間にアップグレードすることではなく、良くも悪くも世俗的に真面目な人に言い訳を与えるシステムに思えて仕方がないのは僕だけだろうか?

 

 

「GATCHAMAN CROWDS insight」Vol.2 Blu-ray  

二期もアニメ化されたあとに書き換えたものなので、1期を3話だけ見直しつつ、次の展開が理解しやすいように再構築した書き方にしてる。

 

2期を見る上でも面白くなるような作り変えをしてあるはず。

 

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アニメはアニメでも中の人のお話。

アニメ語り系の中では割と自信がある記事。原作読んでから書いたから自信あり。