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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

なぜ、ジブリの後継者は宮崎吾朗になれたのか?

アニメ

よく言われるのは「宮崎駿が監督を任せた人に口を出しすぎるため、宮崎駿が口を出せない人でないと監督が務まらない」というのが宮崎吾朗さんが監督になれた大きな理由だ。これ自体は間違ってないと思うのだが、別の視点を付け加えないと説明がつかない部分が出てくる。

 

 

 

そもそもアニメ業界は独立・フリーがたくさんいるわけ

 

スタジオジブリというのはアニメ業界の中では特殊な会社だと思う。メディアへの露出度などもそうだけど、何より固定給がついていたり、保育所を作ってみたり…アニメの会社にしては組織としてまとまろうと努めている。…いや、完全出来高制だとか、固定給だけだと薄給でやっていけない企業はアニメの世界だとザラにあるし、かつてジブリ結成前は歩合制でどうにかやりくりしてたわけだし…。

 

そもそも時間給自体が馴染まない。できる人・できない人の早さ・技術力ともに差が激しく、仕事の覚えだって個人差が大きいし、徹夜や泊まり込みで作ることがザラにあるような業界だから。

工場みたいに23交代制にするほど人が育たないし、多くの企業にはそれ程の体力もない。まして、「定時帰りができるから」という理由でやるようなお仕事でもない。不採算であること・過酷なことを承知で、「それでも好きだからやりたい」というお仕事である(ことが業界の活力であり、アキレス腱になっている)。

 

アニメに限らず、保障が手薄い業界・手に職付ける業界に広く言えることだけど、業界人は会社という場所に期待してない。初めに入ったところだけは技術を身につけるためにとどまることがあっても、そのあとは不遇なら出て行く。多少の愛着はあるだろうけど、手に職がある人同士の業界だと「出ていけるぐらいの人」「独立した人から誘いを受ける」ぐらいでないと、その人の仕事なんか成り立たない。

 

それゆえ、アニメ業界にはヒット作を飛ばした後、独立したり、フリーになる人がいっぱいいる。宮崎駿も元々はたくさん転職して、ジブリを作ったし、今回のジブリ作品「風立ちぬ」で声優をした庵野秀明監督だって、新劇場版を作るために自分の会社を作ってそこで活動している。

 

 

手に職繋がりでこんな話もあるね。これは友人のナースと科学者が口を揃えていったことだけど、「大学病院に残っている年配者は研究好きか、行き場のないボンクラ・院内政治家のどれか」そうだ。手に職つけた人には大きな組織がいらないのよ。後輩の教育もしないといけないし、人間関係も煩わしい。ナースさんは言うだけあって、ナースという職域の中で結構な転職を経験しているし、ナース友達から転職活動中に「うちの病院で婦長やってよ」なんて話も振られたことがあるそうだ。

 

そういう業界だから、なおさらに「ジブリで監督やってよ」と言われても、「いや、監督枠与えられなくても、自分の興した会社・脈のあるスタッフでアニメ作れるから結構です」という話になる。

 

ジブリでアニメを作ることは障害が多すぎる。まず、社内の人間関係。普通の監督なら介入されないはずの「1スタッフ宮崎駿」からの介入を受け、強権的な鈴木敏夫プロデューサーとのやり取りもある。おまけに、ジブリはほかのアニメ会社よりもずっとマスコミが出入りする。取材も入ってくるし、密着取材もされるし、CMにも出ないといけない。(応援企業のCMにいちいち作る・出るアニメ会社がそれほどある?)

 

エヴァっぽく言えば、「アニメを作る前にやることが多すぎます*1」というわけだ。

 

…普通の会社っぽいね。実力主義的な側面がないわけじゃないけど、一つの仕事をやり遂げるための政治的な側面がすごく濃い。それも、ほかの会社にない・やってない類の悩みが多すぎる。

そうなるとやっぱり、監督ができるクラスの人、それも宮崎駿に縁もゆかりもない人はそんな煩わしいつくり方をしないわけだ。

 

  • ジブリは企業であり、企業でない。

これ、ジブリに限った話じゃないんだけど、アニメ製作会社の多くは企業というよりは「活動団体」なんだ。「持続的に利益を上げ、社員をやしなう」のが多くの業界での企業の目的だけど、アニメの場合は利益を上げるのは個人技であり、その個人技を活用したチームというスタンドアローンな関係になってる。

 

じゃあ、アニメ会社ってなんで立ち上げられるか?大きくは2つに分かれると思ってる。

1、自分の作りたいものを作るために裁量が及ぶように独立した組織を作りたい。

多くのアニメ監督がこの動機でフリーになったり、あるいは会社作ったりしているわけだが…これがほかの業界よりも一般化しているのがアニメ業界なんじゃないかな?

 

細かくしがらみの存在やアニメ会社内の軋轢を語れるほどは詳しくないのだが、概ねの検討はつくよね? 

 

 

2、自分の(作品以外の)理念を成し遂げるため

→1はフリーランスでもできてしまうんだよね。自分の会社がなくても、間貸し・スタッフ貸ししてくれる人脈さえあれば。

でも、2はそうもいかない。例えば、広告代理店を通さないで映画を上映してみたり、例えば新作アニメを丸々ネット配信しようと思ったら、大手でもできないわけじゃないけど、しがらみや負担があって、お伺いを立てないといけない相手が出てくる。

 

スタジオジブリの場合はもっと「アニメ以外の事」だよね。緑いっぱいの社屋・固定給や保育所など女性に働きやすい職場、そして最近だと政治的メッセージの発信(「原発に頼らない」アニメ作りとか言い出したり、憲法改正反対と宮崎・鈴木・高畑らが寄稿してPDF配布してみたり…)

 

 

アニメ製作会社というのはそういう意味では「会社」じゃないんだよ。作品を作ることよりも、創業者・経営者が成し遂げたかった理念を成し遂げる「活動機関」だから。普通の会社よりも経営陣の理念が色濃く反映され(いや、それが全てとして)、動いているため理念の共有できるor経営陣が好き勝手やっても介入できないor叩かれても反発できる人でないと後継者になれない。

 

スタジオジブリの場合はそれが宮崎吾朗であり、借りぐらしのアリエッティの監督だった。

 

アニメの技術で言えば、過去に後継者に抜擢された二人*2でも十分に務まるんだけど…その人達の最大の欠点は宮崎駿鈴木敏夫からの介入に耐え切れないことなんだ。

アニメ以前に、理念を共にする「同志」でないといかんわけだ。酷評されているゲド戦記でさえ、絵だけは良かったのはジブリスタッフの優秀さの賜物で、その力があれば、経験のない吾郎さんでも監督ができる。経験やアニメの知識よりもまずは宮崎駿とやりあえる(鈴木敏夫にモテる)人じゃないとあの会社で監督なんかできない。

 

だから、ポスト宮崎駿なんて意味いないんだ。宮崎駿さんは良くも悪しくもあの世代の典型的な人間*3で、これからは宮崎駿みたいな人は現れないし、現れても宮崎さんが認めるとはとても思えない。生まれるとしたら、ジブリという圧倒的なブランドをたぬきに使いこなせるメンタルの強い後継者だけど…それは宮崎駿っぽさじゃなくて、宮崎駿ファンの誰かなんだと思う。

 

今回の風立ちぬ製作時・上映前*4*5の政治的発言を整理していくと、どうも僕にはそう見える。ジブリアニメ会社にしてはものすごく序列的で、一般の会社にしては理念先行の活動家っぽい。

 

多分、鈴木敏夫プロデューサーの後継者もこんな事情で決まると思うんだけど…候補が社内や身内にいるのかな?あんまり詳しくないんだけど。

 

 

 

 

楽天で一番高いジブリ関連商品を検索したら…巨大トトロ人形だった。(二番目が油屋の模型で、三番目がネコバス)