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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

なぜ20代論客が少ないのか?


イケハヤさんの記事で面白そうなのがあったから、僕なりにその話をしていきたい。

 

20代の論客が少なすぎる件—なぜ若者は語らないのか? - ihayato.書店 | ihayato.書店

 

 

  • 結論から言えば、3つの前提があると思われる。

言論人が少ない理由について、以下の3つが大きいと言えるであろう。

1、発信手段は知識人と出版人が独占してきた。

もし、言論人・評論家になりたかったら、いい大学に入ってその道で有名な教授のゼミに入って、教えを請うといい。それが自らの意見を世の中に発信する一番の近道だから。(東浩紀や古市憲寿さん、あるいは西部邁に近い論客などはこのパターン)

 

2、新しい価値観は理解されるまで時間がかかるため

言論界隈では「若手」とされている20代、30代の人達が、アカデミックな世界以外から出てくるときは、自分の持ちネタを持っていると取り立てられやすい。単著まで出した人ならこんなかんじだ。

イケダハヤトさんならノマド、phaさんならニート、30代だが三橋貴明さんなら「日本は破産しない論」など。これらの持ちネタは一般論の逆張り・新しい価値観であることから、自分の持ちネタに賛同してくれる仲間を作る必要が出てくる。そして、その持ちネタが発信できるところにまで届くのに、すごく時間がかかる。

 

3、「母集団のレベル」が弱い・その界隈での人脈がない

大学にコネがない、目新しいネタもない…だけど、語るネタを持っている人がなかなかライターや出版関係に行けない理由は「自分のいる母集団の力が弱い」か「発信力のある場所へつながる人脈がない」というパターンがあると思われる。

 

この手のパターンの人の場合は2つの方法が論客になるためにあると思われる。

・ビジネスを成功させること(堀江貴文藤田晋岡田斗司夫など)

・大舞台・事件で役割以上の印象を視聴者に残すこと(古谷経衡、一色正春田母神俊雄など)

 

前者は「論客になった」というよりは、「仕事のついでに論客という仕事がついてきた」という感じだろう。

 

後者がわかりにくいので、補足。

例えば、古谷経衡さんというチャンネル桜によく出演する20代後半からチャンネル桜に出ていた論客がいる。彼の場合、NHKの討論番組で「日本の若者」の一人として出演して、その発言がネットで波紋を呼んだことから桜に出演するようになった。

古谷さん個人の持っている言論の独自性(ほかの若手)はさほど高くないのだが、活発な活動が幸を奏して、自分の番組も、単著も、雑誌も作っている。

 

一色正春田母神俊雄の両氏については論客でも言論人でもないし、普通に仕事をしていればそういったコネはない人らなのだが、事件をきっかけに論客に近い立場になった…という言い方もできる。(若くはないけど、方法論としては参考になるかもしれない)

 

 

  • 界隈で名が知れること、そしてその論壇のレベルを上げていくこと

 

 

30代ならともかく、20代の論客に限って言えば、その多くが「変わり種」過ぎて、年配者や広く世間に受け入れられないような変わった概念を持ち込む傾向がある。

 

ニートやノマド、ネットやアニメといった分野の話では20代・30代の方が語れる知識を持った人、語れる人がいる。だが、これらの論壇は非常に小さい。堅物な人であれば 、まだまだアカデミックな世界にこういったものを持ち込むことを拒む人もいて、比較的に分野として確率されているのは社会学や一部の人文科学ぐらいのものであろう。

経営学なんかはもっと若年層による視点で労働や組織を語る人が出てきても面白いと思うのだけど…あんま出てこないし、研究もされてないね。

 

 若い言論人・論客・評論家を増やしていくために大事なことは「論壇」を強くしていくことだと考える。 ブロガーの論壇であったり、同人の評論分野であったりをもっと強くしていかないといつまで経っても前述したような「大学や出版とのコネクションがある人」「起業できるほど思い切った持論と度胸を持ち合わせてる人」「テレビや事件をきっかけに台頭する人」などしか挙がって来ない。

 

  • 大学とテレビは横ばいが、ネットや同人が強くなるとも限らない

日本社会全般に言えることだが、基本的に若者は弱い。その弱さの根源は「頭が悪いから」ではなく、「お金がないから」「自分達の独自のコミュニティーが発言力を持ち合わせていないから」という部分が大きい。

 

「論客になる道筋」を語る上で、資金や論壇の強さは重要な争点である。前述した通り、出版や大学に近い人の方が論客になりやすい。資金面・発信力の強さから言えば、この有利は揺らがない。だが、渦中にいる人達が時代の変化についていけなければ、その優位を無為にする可能性も大いにありえる。

 

バブルには被らない、いわゆるロスジェネ世代よりも年下の「若年層」は年配者に比べて平均的な学歴は高学歴だ。僕の世代は二人に一人が大卒で、学問的な理窟を大なり小なり語れる人がたくさんいる。

加えて、インターネット、同人文化が台頭・マスコミ衰退の時代を生きてきたため、自分達で発信したり、無名・匿名の人の作品を見ることに対して抵抗も少ない。

 

「ネットの論客が台頭する」…よく言われてることだけど、これって半分は嘘だ。「台頭する」ではなく、マスコミと大学が沈んだ分が沈んだ文だけ浮き上がっただけのことだ。

 

幾人かネット発の論客は出現したが、ネット上で論客を要請するだけの強いコミュニティーはできなかった。いや、できたのかもしれないけど、それほど広く知られていない。(ニコ動にせよ、チャンネル桜にせよ、確かにネットで大きな発信力を持ち、論客を台頭させるきっかけを作ったが、ほとんどは以前から有名だった人を引っ張り出してきただけ)

 

ブログの方は相変わらずで、ネット上でトップクラスにならない限りはなかなか「ブログ活動がきっかけで単著を出版できた」というケースは多くない。(いるにはいるが、20代ではなく、30代の方が圧倒的多数)

同人誌についても「20代」かどうかはわからないのだが、無名の人・学会などにコネを持たない人が単著を出す、あるいはライター稼業に入るきっかけとしては活用されているが…数が圧倒的に少ない。

 

映像分野で言えば、相変わらず「台頭するきっかけ」がないと出演がかなわない。

ブログや同人について言えば、今の40前後の人達が中心となって作ってきた土俵なので、20代の論客を生み出すきっかけとしては脆弱である。

 

それらを踏まえた上で、個人的に提言したいことは「若手、あるいは無名同士で団結すること」だ。確かに資金はないのだが、団結して継続的に冊子を作るなり、ブロガー組合を作るなりして、存在感を増していくと20代から論客を生み出す道筋としては新しい道ができると思う。

 

実際、今ブログを書いている「はてなブログ」にはブログがきっかけでライターになったり、単著を出した人が多い。その理由は書き手同士がコミュニケーションを取れる「内向きな空間(はてなブックマーク及びはてな村)」があったことが大きい。よく言えば、「評判」が立ち、悪く言えば「ボヤ騒ぎ」が耐えないブロガーが僕よりも一回り上の世代の人が単著を出したり、あるいはライターになって雑誌やウェブ媒体に寄稿するようになっている。

 

20代でそう言う人が記事を書いたり、お互いの記事についてコメントする場所・機会があるといいなぁ…そんなことを考えながら、自分の場合、ある同人サークルに寄稿・あるいは座談会なんかもした。最近であれば、「泡沫ブログの会」と呼ばれるブロガー十数名で編成されるブロガーの寄り合い所帯みたいな場所に入れてもらった。

 

ちなみに、泡沫ブログの会はコチラ。よかったら、色んな人が所属してるので、興味のある人は巡回してみてはいかが?

 泡沫ブログの会、会員紹介。 | 西由記の~www SAN0が運営する冒涜的書評ブログ。人生珍道中。 泡沫ブログの会、会員紹介。 | 西由記の~www SAN0が運営する冒涜的書評ブログ。人生珍道中。

 

同人誌、ネット上の論客と、出版業界・大学などほかの論客 には大きな壁が有り未だに資金力も違えば、見ている人もそれぞれのどちらかに偏りがちで、ネットでの流行と、新聞紙面の流行では全然違う。

 

その現状を変えない限り、20代の論客がもっと前にでてこない。評判が立つようなコミュニティーを作るか、あるいは儲けながら言論活動をする方法を見つけていかないと、「誰でもネット上にかける時代」でも、論客は台頭しないし、知っても長続きしない。

逆に、今まで多数派であった媒体(マスコミ)も最先端のネット世論や流行から乗り遅れ、影響力を失う危険や兆候がある。

両者が共倒れせず、「良い関係を模索していくこと」「業界や身内の論理に囚われずに新しいことをやろうとする試み」が出てくることが若手論客の台頭、世の中にある人文系コンテンツの質の向上・多様化につながってくると僕は考える

 

・参考資料

 

 

ブログの話も、マスコミの話も触れてて面白かったので貼っておきます。