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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

勉強ばっかさせても、頭でっかちな田舎っぺが増えるだけだと思うよ?

教育論

【途上国の人々が朝から晩まで貧困から脱するために必死に勉強している姿】をバカな親や、コメンテーター が賛美する姿にちょっと耐えかねている。

それこそ「あ゛~!!!」というため息が出てしまったので、今回はそのため息の意味でも話してみたい

  • どうして「卒業」するのか?

それは高校でも大学でも、同じことばっかりやってたらバカになるからだ。バカにならなくたって『楽しいことでさえずっとやっていれば、飽きる』ように勉強も人間関係も定期的にリセット・リビルドしたほうがいい。

 

勉強自体はどこにいても何をしてもし続けるものだが、その内容は興味や必要に応じて変わっていかないといけない。特に、高校までの勉強というのはそのスタート点に過ぎない。高校の普通科なんて偏差値にかかわらず、現状では「きっと何者にもないお前達」だ。少しでもカンのいい子どもはそのことに気づいてるから、「青春」という立場を大人ほどよく思わないで、大人になりたいと願う…が、大人になるとそれさえ忘れて「耳をすませば」や「涼宮ハルヒの憂鬱」なんぞの作り話見てうらやましがったりする。

 

悲しくも、大人になってしまった自分からすれば、大人になった方が自分の立場がわからんようになってしまうことを知ってる。しかし、うわべだけの学問で「わかった気になる」「何かになれるように教えられる」ように教育されていたから、学問は恐ろしい。

 

「なる条件」 「勉強するための道具に過ぎない」試験勉強を熱心にやることが美徳になってしまって、その先がない。ないから仕事を通じた使命感がなく私利私欲に走る人、病む人が出現する。

 

もっとひどいと「仕事に貴賎がある」と勘違いする人も出てくる。 医者や学者・高学歴の中には自らに与えられた権限や立場を「努力したのだから当然に報われるべきもの」として他者を思いやらない・見下す類の人がいるが…高度化するほどチームプレイ化していくため、どんな仕事も「役割の一つ」だ。希少性ゆえにお金・権限・名誉をもらえるが、それは「役割の性質」であって、仕事そのものが偉いわけではない。*1

 

勉強をすること自体が褒められるが、そんなものは目的ではなく、手段。それも朝から晩まで勉強ばっかりしてる途上国の人を賛美してる人はきっと「田舎っぺの頭でっかちなんだろうなぁ?」と思うわけだよ。そんな人が増えても、医療現場や企業の中で「今の立場にのし上がった俺は偉いんだ」と我欲で組織や権力をしゃぶりつく人が増えるだけで、お客も国も組織も、次世代の若者も誰も幸せにならない…。

 

お金儲けするにせよ、人の役に立つにせよ、好奇心を追求するにしたって、あるときから「勉強するだけじゃダメ」な時が来るが、それが見えない人が歳をとって「子どもに不健全なものを見せない」「勉強だけしていればいい。途上国を見習え」とか言ってる。日本という国、あるいは自分の会社や出世してきた道しか知らない田舎っぺの価値観は非常に疲れる。

 

ここで言う「田舎っぺ」とは「視野が狭い」という意味で「地方に住んでる」という意味ではない。東京に住んでたって東京しか知らない、歩き回って新しいものを探したり、見つける能力のないやつは田舎者だよ。

その程度の見識・世界観しか持ち合わせない人間が英語を勉強して世界に出る?迷惑千万だよ。人に話したいこと・言いたいこともない奴が「グローバル人材になって国際舞台で活躍する」とか言われても、(子どもの頃に勉強ばっかりでロクに経験も積まず)英語と試験の点数ぐらいでしか自分自身を説明できぬ人が外国に出て行ったって、何も話せない。それは日本人でも中国人でも同じ。 

  • 大学生で勉強しないのを文科省が嘆いていたけど、むしろ反対だよ!

僕が大学にいた時、「授業数増やそう」「大学生にもっと勉強させよう」とか文科省から大学に圧力がかかってたんだって。(複数の教授の証言)

ただ、それってすごくバカバカしくて、名門と呼ばれる大学ほどその文科省からの要請を無視して休みを長くとって学生が旅出たり、遊んだりしてたのよねぇ…

 

試験勉強を卒業して、「自分で課題を見つけて勉強する時間と設備と人材を如何に使うか」を考えるのが大学なのだから、試験勉強だけやってる奴は三流だね。…卒業三流、留年二流、中退一流なんて言葉が早稲田にはあるけど、あれはどの大学にも言えることだと思う。学校に価値が見いだせない人(ほかに価値のあることを見つけた人)は大学になんぞ来なくていいし、くる必要もない。

 

極端なことを言えば「単位はあげるから授業を聞きたいやつだけ来なさい」でいいし、そういう方針の教授は又聞きでもいるし、実際に見たこともある。

 実在する人物でも、漫画でも「全員退学を目指す」とか、「授業にみんな来ないと言うなら、それぞれにやりたいことがあって良いことだ」という人を知ってる。

「勉強すれば偉くなれる」「朝から晩まで勉強しろ」論者もいる一方で、ゴリゴリに勉強する場所「大学」という場所では「何者にもなれない学生」よりもずっと何かになって学校を出ていくことが望ましいと考える人もいる。

 

そのぐらいに世の中は広いが、勉強ばっかりしている人にはそういう話が聞こえてこないし、見えてこない。

 

そもそも、勉強の意義をわかってない奴が授業とか試験勉強のための書籍ばかり読んでる。「もっと深く知りたい」と思うと、教科書や新聞のニュースを疑って掛かるようになるのだが、その段階に行く前の「机上の勉強」ばかりを絶賛してるから話がおかしい。教科書の先を見据えてこそ実践と真理があるのに…。

 

実践するために必要なことは机の上で学んでいてはどうしようもない。経済学部ならお金を使って遊んでみるべきだし、社会学系なら当事者に出会ってみるべきだし、農学系なら実際に植物動物を育てるべきなんだけど…子どもの時にそういう事をバカにする親がいるわけだ。

 

「何と戦ってるんだ?」と問われたら、「考えのない空気と戦ってる」と答えたい熟慮せず置かれた前提、無難な結論、机上の空論・人間臭さがない綺麗事。それらこそが最も怖い。発する人は考えがない分だけ悪気もないし、違和感を感じて反論しても、聞こえがキレイな分だけ、なかなか賛同者が集まらない

 

…だけど、直感的に気持ち悪いと思うような群集心理・ごく当たり前の常識は疑ったほうがいいし、疑う力があってこそ学問は役に立つ。どうせ、賛美するなら「勉強」そのものではなく、「好奇心」や「鋭い知性」を持った人間に対して人々が賛美を送る世の中を望みたいものだ

 

 

「正しくないけど役に立つ」ってサブタイトルが僕は好きですね。いい意味で心についた脂肪が取れて、マッチョになった人間の考え方に見えるので

 

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ツイッターやってるよ~

 

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*1:そこを履き違えると偉い人も報復を受ける。仕事しない医者は看護師に助けてもらえないし、有権者を見捨てた政治家は任期を満了すれば報いを受け、学者や言論人は疫病神・狼少年のように扱われる。