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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

「度胸と直感」の鍛え方


 

これについてはすごく納得したため、その話を書きたい。

 

  • なぜ直感力と度胸が大事なのか?

未来予測のお話の中で出てきたことだが、直感と度胸が大事なのはむしろ学問や好奇心の探求に関する全てに言えることだ。

 

中野剛志の専門分野である経済学という学問は非常に意見が多様に対立した学問である。そのくせあまりにも多様すぎて、多数派の言う事をそっくりそのまま言っておけば専門家が名乗れるような側面もある。

 

「経済学を知ってる俺」をちやほやして欲しいだけ・学者を名乗りたいだけなら批判されないようにのらりくらりと事なかれでそれらしいことを言っていればいい。大学や専門家から学ぶときも質問や反論をぶつけずにノートをとっていれば、「知識・理屈」は少なくとも手に入る。

 

ただ、それだけで終わるような人は学問なんかしないほうがいい。まして、結果的には発信者になるような学者・評論家、あるいはライターや作家にはならないほうがいい。

 

批判される度胸があることが自分の理屈をまとめたり、質問・発信する上では大事なことだ。

 

質問・発信する事はエネルギーのいることだ。まず自分の意見をまとめないといけない。次に、相手と自分の立場を議論の中で違っても聞きたいことを聞き出す・反論を見聞きして他者の意見を活かして行かないと質問・発信を進歩させることができない。

 

そして、その前段階として直感があることが大事になってくる。

理屈自体は意見の性質に問わずたくさんの量が出ているし、これからも出し続けられるため、「論理的であることが正しいこと」とも限らない。「部分的にはどちらも正しいことが情勢によって正しさの割合が変わっていく」というのが経済学の場合は厄介なところで、どちらの言っていることも素人からすれば部分的には納得できてしまう。

 

穴が見つけられない時・世論が言ってる正しいことが「納得できない」時に、それとなく仮説を立てる、ぼんやりとひらめく事ができるスキルが自分の知識を広げる・意見を持つきっかけになる。 

そのきっかけがぼやけている人が質問しに行っても、欲しいモノが得られない事がある。あるいは言いくるめられて聞きたいことが聞けなかったりする。

 

知識と度胸があっても、その知識を使いこなす・当てはめる直感がなければ、自分の論理や聞きたいことが導き出せない。

知識と直感があっても、それを裏付けるために誰かに発信したり、聞きに行く度胸がなければ、「薄々思ってること」以上にはならない。

知識だけならば、百という理屈の中で自分自身の正しさを証明するために、どんどん知識を得る分野・ソースが狭まっていき、挙句の果てには机上の空論と化す。

 

その問題を指摘した中野剛志さんの話に思うところがあって、ここから続きを書いていきたい。(が、その前にアイキャッチ)

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撮影場所はお台場の猫カフェです。猫が眠たい時間帯に行ったので、睨まれちゃいました(´・ω・)

  • ギターを弾くより、何でも話せる女友達を作るほうがモテる近道だと思う

皮膚感覚でわかってもらいたいので、前々から納得できない事柄について少し語っていきたい。

 

釈然としないのが「モテるためにギターを始める」というやつだ。だが、ギターが続く人はその動機からむしろ「ギターオタク、音楽オタク」になっていく。音屋とは実際に会ってみるとエンターテイナーよりもオタクっぽい人の方が多い。

そのオタクが実際に女性と付き合うと「ほとんど無職で、なおかつ趣味人なだけでみんなが期待しているようなかっこよさより、むしろ手間の方が多い。」と言われがっかりされてしまう。会社と音楽を両立している人でさえ、彼女との付き合いは「私と音楽と仕事のどれが大事なの?」みたいに言われてしまう。

 

皮肉なことだが、僕に女友達が大学生以降にできたきっかけ、あるいはギター弾きの友人に彼女ができたきっかけは「いるべき場所にいたから」以上の答えがない。

「いるべき場所」というのもいわゆる「金と女が集まる場所」でも何でもない。ただ、深く話せる場所を確保し、何度も何度も話していくにつれて「僕が思っているよりも女性ってこういう生き物なんだ」とカンが働くようになる。

 

元々は興味が近いからと言う理由でお会いした人物であった。その人とつながってから、何人も交流がある女友達ができるようになり、ブログや座談会で女性の意見やBL文化について他の人よりもしゃべれるようになった。

モテるというのが恋愛関係・肉体関係しか指さぬなら僕のはモテてはいない。だが、聞きたいことを教えてくれる女性が複数名いる事、つまり【異性の人脈】をモテと呼ぶなら僕はモテる部類になる。

 

言い方を変えてみよう。

学校で人間の脳みそは引き出しに例えられることがある。

「知識を吸収するために予習・復讐を重ねることで知識を入れた引き出しからより早く、より正確に知識を引き出すことができるようになる。これが勉強するうえで大事だ」

この感覚は「直感を鍛える」のと近い。

 

バンドマンや芸人になって、女が近寄ってきてもその女の考えてることがわからないと、お付き合いなんかできない。恋愛でも友人関係でも女の人が「あ、こういう人物なんだ」と気づいた瞬間から興ざめし始める。だが、それにさえ経験のない人は気づかない。

 

「直感」とは経験に裏付けられた懐疑、及び懐疑を表現する力のことである。

経験すること、失敗することそれらを反復することによって頭の中の引き出しが整理されて、「この事象ではこう考えたほうがいい」という答えもしくはヒントが頭の中で勝手に出てくる。

 

知識ではなく経験であることが大事だ。経験の方が知識よりも汎用性があり、また時代や論争によって揺らぐことが少ない。

知識は論争の道具であって、直感を補助するものだ。直感を鍛えるなら「明確に間違うこと」よりも「曖昧に正しいこと」を目指してざっくりと組み立てる練習をしたほうがいい。

 

ざっくりとした仮説を組み立てる時には知識よりも経験の方が役に立つ。心理学なんか知らなくても商売をすればお客の気持ちが、デートっぽいことをすれば女性の気持ちがわかるようになる。知識・学問とはそれを説明するわかりやすさ、明確さをもった道具のことである。それ自体を積み上げても使いどころが実用できない。(教条主義・原理主義に陥りがちになる)

 

度胸については「意識・認識を変えてしまうこと」でつく。

批判反論、恥をかくことは「大人の泥んこ遊び」だ。周りの人から大変そうに見られるんだけど、むしろそのぐらいやったほうが達成感になるし、相手にも自分にもそのやったことが記憶が残る。

記憶に残る仕事をするとその時に批判的だった周りからファンができたり、仕事を頼まれたり、次の作品では褒められたりする。

 

批判されたり、反論されたりするのはそれだけ骨のある人が見に来てる証拠だから、むしろ喜ばしい。(あんまりどうしようもないものを目にすると、やり取りするのをやめたり、子ども扱いしてその場を逃れようとする傾向があるから、大人に扱われる分だけでもいい方だと思ったほうがいい)

 

服が汚れるのが嫌な人はスポーツなんかやらないで家で本を読んでいたらいいし、批判されること・恥をかくことが怖いなら、なんでも人のせいにできる商売・趣味を選んだほうがいい。…そもそもそんな商売あるのかね?

 

だって、自分が今言ったことだって半年以内に穴があることに気づくし、1年すれば「言いたいことがわかるが…」と渋々と見る形になり、3年もすればちゃんと勉強している人はもっと理論が上乗せされたり恥ずかしがる程度には成長する・変化する。

 

結局は度胸を発揮するのも、直感を働かせるのも自分のためなんだよ…人の目線や反応ばっかり気にしてるけど、それが理由でちゃんとやらない人はそれこそ自分を裏切ってるわけだ。

 

 

 

 

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