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かくいう私も青二才でね

知ってるか?30まで青二才でいると魔法が使えるようになるんだぜ?

生きる悪知恵 西原理恵子

読書日記

生きる悪知恵 正しくないけど役に立つ60のヒント (文春新書 868)

…久々に「バイブル」と呼ぶにふさわしいほどの良質な本。僕はそんな本だからこそ、「どう語っていいか」悩んでるし、はっきりと言えば答えなんか出てない。

  • 「悪知恵」というタイトルの本当の意味

西原さんってどこまで行っても知識が体系的でないし、論理的かと言われると、高度に汲み上げられているわけでは決してない。シンプルに経験則の思いつきで切り込んでくるタイプの人。
多分、高学歴な知識人がもてはやされているこのご時世には「お手本にしてはいけない類」だと子どもの時に教わる人。だけどね…そういう人の方が子どもの目にはたくましく見えるんだ。

これは当ブログもそうだが、この相談は文章を書くときに「話すように」書く。文章としてロジカル、黙々と「組み立てる」ような文体ではなく、相手の影が見えるぐらいに「話す」んだ。

これが「相談に答える本だから」という側面ももちろんあるだろうが、あの西原さんの自画像が誰かに説教しているのが見えるような書き方をしてくる。それも表情まで出てしまうような書き方をしてくる。

細かくは広辞苑引用して後述として、結論だけ先に言おう。
『知恵は語られるもので、知識は読んで学ぶもの』なんだ。

悪知恵というタイトルは西原さんの多くを語っているね。まず、「悪」の意味だけど、元々は「猛々しく強い」「突出したもの」なんだよ。古代中国では「命令・規則に従わないもの 」なんだ。

るろうに剣心という漫画を知っている人は相楽左之助の背負ってる「悪」と、斎藤一の決まり文句である「悪・即・斬」のことを思い出して欲しい。左之助が背負ってる「悪」は別に「悪いことします」って意味じゃない。古代中国の方の意味(政府の命令に従わなかった(とされる)者)であったり、「突出したもの」という意味なんだ。

ちなみに、この「悪」の意味は近代になって変わるため、斎藤一の「悪即斬」はどちらの見方でも読める。「犯罪者を取り締まる」という現代的な「正義」の意味でもあるだろうし、「強いものと戦う」悪でも一致するし、公人として「お上から見た悪」を斬るという意味でも通じる。

西原さんの言う「悪」も単なる悪巧みじゃなくて、「世間の規律とは異なっているけど、生きていく上では突出して強い考え」なんだ。

次に「知恵」だよね。比較対象として、「知識」と併記させてもらいましょう。
知識(knowledge)…知られている内容。厳密な意味では、原理的・統一的に組織づけられ、客観的妥当性を追求しうる判断の体系。
知恵(wisdom、wit)…人生の指針となるような、人格と結びつく哲学的知恵のこと。

…多分、なんとなく使い分けている人が多いけど、辞書で引くとこんなに違う。知識は「客観的妥当性」があるもので、知恵は主観的なもの。

せっかくだから、英語の意味も少し拾ってみましょう。
knowledge(知識)…1、知識・学問・学識。2、認識・理解・識別
wit(知恵)…1、知力・理解力・思考力・頭の回転。2、機知・機転。3、理性・正気・心の平静

こっちの方がわかりやすいですね。知識とはインプットで、知恵とはアウトプットなんです。知識はいくら羅列しても「客観的に正しいこと」だけど、知恵は「実践できること」であったり、動的なアクションとして起こっていくことなんですね。

具体例が欲しい?じゃあ、こんなのはどうだろう?
心理学では相手との親密さによって、近づいても不愉快でない距離感が異なる。大学に行って心理学をかじるような人はそれを「心理学」として学ぶが、僕の前職のヤクザはそれを「喧嘩や脅しのテクニック」として学ぶ。僕は心理学を知ってるから「そんな知識もないのかお前は!」と思うわけだが、あちらから言わせれば「相手が怖がるような知恵をこちらがするだけだ!知識を知恵に応用できないお前は機転が利かないね」となる。

これは心理学に限らず、経済学だって、なんだってそう。「知識」は「知恵」として実行される前のもので、知恵は知識を応用して出来るか、経験によって偶然出来上がるもの。経験なんて客観的なものじゃない。

「生きる悪知恵」とは単なる嘘付きでもずるの手法でもない。世間で言われているものとは少し違う「悪」(一般的には「王道」でないもの)ではあるけど、「知恵」(実用的な哲学・教訓)をあなたに授けますよ…という本です。

  • 多分、知らず知らずのうちに高望みしてる

「自分の手を汚したくない」「恥をかきたくない」「保証ある身でいたい」「人から尊敬されたい(尊敬されなくてもいいけど、バカにはされたくない)」…まぁ、こんなことを考えちゃんですよね。こういう見栄とか、甘えみたいなものを捨てると判断の幅がおおきく広がる。

西原さんの発言はそれらを相手に捨てさせた上で選択肢を広げさせる事が多い。「何を解決すべきか」という的を絞らせること。
そもそも、「ローリスクハイリターン、手間少なめ、名誉もある」というポジションはない。あったとしても先客がいるか、たくさんの前提の上に成り立っているもの。

悩み相談がうまい人って悩みを解決する方法を考えることはもちろんのこと、悩みそのものを懐疑したり、相談者の特質なんかも良く見ているんだよね。西原さん何かは悩み相談しにきた「お客」に対する批判や間違えの指摘をちゃんとやっている。

学校の成績で頭がいい人(偏差値エリート)と、現場たたき上げのキレモノの違いは「前提を疑う力がある」ってところなんだ。西原さん何かは間違いなく後者。

偏差値とたたき上げってのも「知識VS知恵」なんだよな。客観的に正しい答えがあるものでないとテストで問えないんだからテストできるもの自体が「知識」なんだよ。知恵を表現するロジックやレトリックの「テスト」はできるかもしれんけど、知恵そのものを問うのは難しいんじゃない?点数によって客観的に出すこともふくめてのはなしだけど。

  • 悩み相談の多くは自分の周りで答えが転がってるものor答えがないもの

答えが出せないんじゃなくて、これでいいか悩んでいるとか、気づいているけど納得できない(やりたくない)事に背中を押してもらうために人は悩みを相談すると思うんです。

たとえば、僕も有村悠さんやあままこさんなどはてなでブイブイ言わせたブロガーさんと対談した時にあれこれと相談した。だけど、その多くは薄々答えが自分自身の中で出ているものを表現しきれなかったから、両氏にうまく成分化してもらったり、知恵貸しとして散らばっていたものを束ねてもらったに過ぎない。それこそ錬金術のごとく「無から有を生み出す」発想を期待もしてないし、生み出されることもなかった。

相談というのは面白くて、実は悩んでいるんじゃなくて、答えを形付けて欲しいから相談にくることが多い。誰が言ったか忘れたけど、「相談とは相談しにいく相手によって既に答えが決まっているようなもの」なんだって。

僕もそうだし、僕が気に入った西原さん、岡田斗司夫さんなんかも悩み相談をされやすい人達だが…共通点は「ズバッ」と言えること。ある意味で「ハッタリ上手」な「知恵」(頭の回転)が働くこと。見る人が見れば「すごい」んだけど、知識への信仰が強い人・その人が嫌いな人から見ると「思いつきの気分屋」でしかないタイプの人。

自分が悩み相談をする、した相手(マイミクの科学者や、ナース、有村悠さんなど)について考えてみても…ズバズバ言うタイプですね。ネット上では自分語りする人を「自意識が高い」と遠ざける傾向があるけど、悩んでいる時ってそういう人の方が自信・元気をもらえたり、なんとか言葉にしようと頑張ってくれる傾向があるのよね。あとは野次馬根性で思考ゲームとしてを楽しんだりできる。

西原さんみたいなおせっかいおばさん、肝っ玉母ちゃん系の人種って絶滅危惧種だけど、僕はむしろこういう人の方が頼りになって色々しゃべっちゃうんですよね。(※僕も「はてなの絶滅危惧種」(命名『id:mametanuki』)と呼ばれてるから気が合うのだろうか?)

悩み相談だったり、人に詮索を入れて悩みを見つけ出すのは楽しくて楽しくて仕方ないんだ。すごく疲れるからたいていの人は「持ち込んでくれるな」という事を言うけど、西原さんの本には悩みを相談する楽しさ(この人なら「こう答えるだろう」という期待感)と、悩み相談の楽しさ(建前を見破り、相手が思っている回答にたどり着く。あるいは相手の無い物ねだりを自覚させる)事の両方が詰まってる。

具体例出して?いや、出さない。自分で読んでください。すごい面白いから、絶対読んでください。

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